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8 僕は、君を知ってる

 金曜の朝、バケツ運びのウォーミングアップを終えた守口は、鉢植えの花に目を止めた。ポールに巻きついた朝顔のようなつる草に、大輪の白い花が咲いている。先日売れた紫のクレマチスと同じ種類のようだった。

「クレマチスって白もあるんですね」

「ああ、その子は日本産で、カザグルマっていうの。でも偉いじゃない。花の名前を覚えるなんて」

「勉強してますから」

 強気の笑顔で守口がスマートフォンをすっと取り出す。さあ休憩、と椅子に座ったみどりに画像を見せる。

「姐さん、新作です」

「…………あんた黄色好きね」

 他に言葉が見つからない、というようにみどりが画像を見つめて黙る。スマートフォンの画面には、黄色のチューリップに水仙とフリージア、クリーム色のカーネーションがのびのびと花瓶に挿さっている。

「野菜はやめて、シャープな感じを出そうと思って」

「うん、言ってることは正しいと思う。野菜をやめたのもいいことだと思う。色をそろえるのも王道だと思う。チューリップの葉も入ってるから、春らしくて可愛い」

 やった、と守口がぐっと拳を握る。落ち着いた口調でみどりは続けた。

「でも、高さがバラバラだし、配置やバランスをなんにも考えてないから、どの角度から見てもどこか残念。放っておいてそのまま育っちゃったみたい」

「難しいですね」

 真剣な表情で頷く守口に、問題はそこじゃないのよ、とみどりがスマートフォンを突き返した。

「あんた、なんで花瓶を勉強机のど真ん中、それもカロリーメイトとか鳩サブレの缶とか、CCレモンの缶と一緒に置いてるの? 言っちゃなんだけど、亡くなった人の机みたいよ」

「……西に黄色で金運が上がるって話だったし、僕の机が西にあるから実践してみたんですけど」

「そういうのは風水の先生に見せなさいよ。私に見せるんなら、花を飾ることを主目的に。そして花はウチで買えっつの」

 そうでした、と守口がそそくさとスマートフォンをしまって作業を再開する。みどりもため息をつきながら立ち上がり、アレンジメントの準備に入った。作業台には花に付け足すピックが置かれている。

 ピックの細い棒の先には、小さな熊や赤いハートが付いたものや、ハッピーやサンキューなどのメッセージが付いている。今回は母の日向けのものらしい。

「なんか、クリスマスケーキの飾りみたいですね。花とケーキって似てるのかも。やわらかくて壊れやすいし、ナマモノだから作り置きもできないし」

「ナマモノってより生き物だからね」

「フレッシュなのは大事ですもんね。母の日にドライフラワーってあんまりないし」

 もう明後日か、と守口が散乱している葉や茎をポリ袋に詰める。みどりは小さなカゴと緑色の給水スポンジを用意しながら言った。

「ダメではないんだろうけど、『お母さんありがとう、いつまでも若く綺麗で元気でね』って贈るなら、ドライフラワーよりプリザーブドフラワーじゃない? きれい、枯れない、色褪せない。そしてウチには置いてない、けどね」

 枯れないんですか、とポリ袋の口を結ぶ守口に、そう、とみどりが答える。

「生きている花ではないから、枯れるっていうより劣化する。水分の代わりに有機溶剤が入るんじゃなかったかな? モノによっては十年持つって言われてる」

「なるほど。ドライフラワーがミイラなら、プリザなんとかって剥製なんですね」

「……あんたって時々すごいと思うわ」

 荒れた手に花ばさみを持ち、花の茎を切る。毎朝必死に花の水揚げをするみどりを見ていると、花を乾燥させることにちょっと抵抗を覚えてしまう。

「花屋さんでバイトするようになったから思うのかもしれないですけど、花をドライフラワーにされるのって空しくないですか? こっちは枯れないように必死なのに」

 少し悔しげに言うと、みどりは手を止めて笑った。

「愛しかたの違いでしょ。プレゼントされたバラを、生けて楽しむ人もいれば、逆さ吊りにして長く楽しむ人もいる。人間でも、死んだら土に還してあげたいって人もいれば、いつまでもそばに置いておきたいって人もいる」

「げ、死体をですか」

「お骨でしょ。あと、今は遺灰だか遺骨だかで合成ダイヤモンドを作れるみたいよ。ミイラや剥製よりはマシだけど、私なら、そうまでして残りたくないけどね」




 午後三時を過ぎたころ、逢坂おうさかはオフィスを離れた廊下の隅で、携帯電話ごしに男の報告を聞いていた。

南雲なぐもです。……やはり、先発グループからの全回収は厳しいです。というより……少し妙ですよ』

「ああ、聞いている。消えただのと言ってるモニター達だろう? 竹中はあの調子だから仕方がないが、少し用心したほうがいいかもしれないな」

『前に逢坂さんが言っていた、妨害者の可能性……ですか?』

「アレを気に入りすぎたモニター達が、同じ噓をついてる可能性もゼロではないがね。一応、確認してもらいたいんだ。そっちのリストは、竹中もまだ手を付けていない」

 手元の書類をちらりと見る。手にしているのは、竹中が提出したワイルドローズ未回収モニターのリストだった。

『ええ、追加のアンケート結果を参考に絞り込みました。『あなたの内側で起こった変化』と『いつもと違ったできごと』、この二つの質問に反応があったモニターをあたっています。当たりを引いたモニター達にとって、あれはラッキーアイテムでしょうから』

 南雲の言葉に逢坂が鼻で笑う。噂やジンクスのおかげで、商品が思わぬ方向から支持されるのはよくあるが、今回は特に思い込みの強い客層に気に入られたようだ。

「よろしく頼むよ。ただし、おかしな気配があったらすみやかに対処してもらえるかな」

『もちろんです。今も回収の見込みがあるモニターを調査中です。先ほど、中学生らしき女の子が帰ってきたので、話を聞けるようなら……っと今、その子が出てきましたので』

 失礼します、と一方的に電話が切れた。




 授業が終わり、守口が再び橘フラワーへ向かっていると、住宅街の一画に見覚えのある制服姿の女の子が歩いていた。

 ノリコちゃんじゃん、と思わず目で追っていると、『ノリコちゃん』はかどにある家のドアノブに手をかけ、すみやかに鍵を開けて入っていく。

 ここの家の子だったの? と立ち止まり、まじまじとその家を見る。ふと横を見ると、少し離れたところに、携帯電話を耳に当てながら様子を窺っているスーツ姿の男がいた。背格好からして、『医材屋さん』の深見ではない。

 なんなのこの人、と見ているうちに家のドアが開き、『ノリコちゃん』が現れる。男が即座に携帯電話を閉じ、ドアを施錠している『ノリコちゃん』に近付いた。

「すみません、エトウさんのご家族ですよね?」

「え……」

 赤いフレームの眼鏡をかけた『ノリコちゃん』の顔色が変わる。

「今、こちらから出てきましたよね」

 確かめるように男が近付く。深見より背は低めで、目つきもそれほど怖くない。黒っぽいスーツに水色のネクタイを締めた、三十前後の男だった。

「えっ…………あの、私」

「それを見せてもらえませんか」

 当然のような男の要求に、『ノリコちゃん』の顔がこわばる。その手にはなぜか『プフランツェ』のボトルがあった。

 守口が思わず駆けだして、とっさに『ノリコちゃん』の手を掴む。

「ほらノリコ、塾に送れるよ、早く行こう」

「え、」

「は?」

 驚く二人の反応に構わず、守口はいつかの深見を思い出しながら男を睨み、少し強めな声を出した。

「うちの妹に何してたんですか。用があるなら保護者に了解とってくださいよ」

 いえでも、と何か言いたげな男を無視し、行こう、と『ノリコちゃん』の手を掴んだまま走り出す。住宅街の抜け道は把握しているので、追われたところで振り切る自信はあった。『ノリコちゃん』もまったく遅れずについてくる。


 ほどよく遠ざかったあと、もういいかな、と公園で立ち止まった守口が息を整えながら言った。

「すごいねノリコちゃん、走るの得意なの?」

「……ええと、ノリコじゃないです」

 ほっとしたような、困ったような顔で『ノリコちゃん』が訴える。うーん、と考えながら守口が尋ねた。

「じゃあ、なんて呼べばいい? 僕は守口。守口葉一」

「…………ユキです」

「そっか。まあとりあえず、困ってるように見えたから、連れ出してよかったんだよね?」

 あの人変な感じだったし、と守口が笑いかける。返答に困った『ユキ』が、不思議そうに尋ねた。

「あの、公園にいた人ですよね?」

「っていうか、僕だよ! ぼくぼく。あのときは顔がおかしかったけど、これが僕の本当の顔だから!」

「……あ! 病院の」

 ほっとしたように『ユキ』が笑い、あのときはすみませんでした、と恥ずかしそうに頭を下げ、手にしていた『プフランツェ』のボトルをポケットに入れる。ラベルには『ワイルドローズ』の文字が見えた。旧バージョンのか、と守口がこっそり思う。

 ベンチに二人で座り、守口が花屋として病院に出入りしていることや、アレルギーで顔が腫れていたことを説明すると、『ユキ』は心配そうに守口の顔を見た。

「生き物で、顔が腫れちゃうんですか」

「好きなんだけどね。ペットは飼えないかもしれないなあ。金魚くらいにしておかないと」

 残念そうに言う守口に、『ユキ』がにっこり笑った。

「あ、私のところ、グッピー飼ってますよ」

「グッピーいいね! 飼うの難しくない?」

「実はグッピーって飼いやすいそうですよ。あ、ええと、お兄さんが言ってたんですけど」

「お兄さん? ひょっとして、あのときあった人?」

 はい、と頷く『ユキ』を見て、冷徹そうな深見の顔を思い浮かべる。あのあと杉原に見せてもらった深見の名刺には、医療機器会社の名前と、『深見 蛍』という名前が印刷されていた。でも、さっきの家の表札は『深見』ではなかった。

「……お兄さんのこと、『お兄さん』って呼んでるの? 怖いから?」

「え? ぜんぜん怖くないです。昨日もドーナツ買ってきてくれたし、すっごく優しいですよ。勉強も教えてくれるし、毎日とっても楽しいです」

 『ユキ』がにっこり笑ってみせる。少し悔しいような気持ちを覚えながら守口がため息をつく。

「えらいなあ。僕は勉強が楽しいなんて思ったことが、あんまりなかったな。今もだけど」

「ちゃんと教えてくれる人がいるから、すごく楽しいです」

 本当にうれしそうな『ユキ』の横顔を、いい子だなあ、と守口がぼんやり眺める。眼鏡のフレームに触れながら『ユキ』が続けた。

「お手伝いできるのも楽しいし、ご飯食べるのも楽しいです。あと、このごろはコンビニで買い物するのがとっても楽しくて」

 どれも普通のことにしか思えないけどなあ、と腕を組む守口の顔を、そうですか? と『ユキ』が大きな目で覗き込む。少し迷ったあと、守口は『ユキ』の顔を見ながら言った。

「僕さ、君を知ってるような気がする」

「……あの、何度か会ってるからだと思いますよ。病院に来てるお花屋さんなんですよね? 時々見てましたから。お兄さん……モリグチさんも、私をなんとなく覚えてるんだと思います」

 当然のように『ユキ』が言う。五秒ほど考えた守口は、うん、と笑って『ユキ』を見た。

「そっか、そうだよね、気付かなかった」

「そうですよ。気付かなかったのは、真面目にお仕事してるからじゃないですか」

 にっこり笑う『ユキ』に、守口は何度も頷きながらうれしそうに言った。

「そうなんだよ! 僕、真面目なんだよ!」

「あの、もう行かなきゃいけないので」

 少しだけ困った顔で『ユキ』が立ち上がる。そうなの? と守口も続いて立ち上がり、一瞬だけ真面目な顔をして、眼鏡をかけた制服姿の少女に言った。

「……別人だね。僕が知ってる子によく似てるけど、その子より、明るくて可愛いから」

 えっ、と目を見開く少女に、気をつけてね、と守口は笑って手を振った。少女は一瞬戸惑うと、ぺこりと頭を下げて走っていく。少女の消えた方向を眺めながら呟いた。

「……やっぱり、僕はあの子を知ってる」


 まだ日辻町ひつじちょうにいた頃に、何度かあの子を見たことがある。

 高校受験のあとで引っ越しを控え、名残りを惜しむように散歩した日にも彼女はいた。

 日辻町はなだらかな山のふもとにある地域で、当時はその奥にダムや企業の施設が作られている途中だった。

 町を見下ろす高台を抜けて、住宅地のはずれにあるバス停を通る。そのバス停はきちんと作られた小屋になっていて、雨をしのげるようになっていた。

 通りかかるたびに、他の利用客に混じってその子はいた。バスが来る時間じゃなくても、ベンチに座って教科書を見ている。クリーム色のブラウスに、少しくたびれたようなベージュのスカート。ふんわりした髪は長くて、小学校の四、五年生くらいに見えた。

 最後に見たときも、あの子はバス停で教科書を開いていた。問題に詰まっているのか、少し首を傾げてぼんやりと一点を見つめている。

 エレベーターとか押入れとか、ちょっとした小さな空間を気に入ってしまうことは自分にもあるけれど、その子はそれを楽しんでいるようでもなかった。大きな目はどこか空ろで、教科書だけを見ている。

 どこか不思議な雰囲気を感じながらも、守口はバス停を通り過ぎた。話しかける理由がない。俯いていたけれど、泣いてるようには見えなかった。

 教科書を見ながら首を傾げていたあの子の、一瞬見えた表情を思い出す。

 わからない問題を教えてあげるくらいなら、できたんじゃないか。




「逢坂さん、南雲です。……少しいいですか」

 南雲は、路上に停めた車の中で、再び逢坂に連絡を取っていた。ああ、という応答を待たずに早口で問う。

「竹中があれから、当たりを回収していないというのは本当ですか」

『そうだが、どうした?』

「妨害者の可能性を考える前に、竹中が信用できるのかを考えるべきでは」

『竹中は、ワイルドローズとハイデローゼの区別はつくが、ワイルドローズの当たりとハズレの区別はつかないよ』

 のんびりと言う逢坂に、南雲は苛立たしげな声を出した。

「本当ですか? 竹中がハズレだけを提出して、回収した当たりを隠している可能性は考えなくていいんですか。……河出かわいでが動いている可能性も」

『河出はいないじゃないか』

「……なら、行方をくらませた上で、竹中と組んでいる可能性は」

 南雲が言葉を切ると、逢坂はなだめるように言った。

『組んでいるなら、竹中もこんな面倒で無駄な真似はしてないよ。ばら撒いたワイルドローズは三百本だ。そこからヒントもなしに当たりだけを引くのは不可能だ』

「当たりを引いたと思われる……神秘体験を得られたと思い込んでいるモニターは七十人ほど。その中で、先発品を配送した時期と重なるのが五十件ほどで、この地域に集中しています。そこから回収できたモノのうち、当たりは九本」

『河出が流した当たりは三十本だ』

「食べきったと言っているのが三件、紛失したと言っているのが十六件、連絡がつかないのが二件。これに回収できた当たりの九本を足せば三十本です。つまり、回収できなかったモノが、当たりということなのでは?」

『まあ、数は合うな』

 逢坂が疲れたような声を出した。南雲は車の座席に寄りかかりながら言う。

「モニターが隠している可能性もありますが、口をそろえて『紛失した』と言っているのは、やはり妙なんですよ。何者かが当たりのモニター全員に接触して、プフランツェを盗んでいたのならともかく」

 責めるような南雲の言葉に、逢坂が唸るような声を出した。

『ん……、さすがに、現実的ではないな』

「ですから、竹中が怪しいと言っているんです。回収はできませんでしたが、私が出向いたとき、家族らしき子供がアレを持っていました。モニターが返却を嫌がって隠しているというよりも」

『……竹中が?』

「そうです。逢坂さんが前に言っていた、あの女が少しヤバいっていう話は、なんだったんですか」

『……ああ、偶然知ったことなんだが、彼女は更生施設の出身なんだよ。犯罪歴にはならなかったようだし、本人から聞いたわけじゃないから詳細は知らないが、彼女は中学生の時に、人を殺している』


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