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20 逆転の切り札

「なんのつもりだ」

「小百合さんが自分の味方をしないなら、小百合さんの味方を私がするんです」

 名刺を取り出した杏梨に、乃梨子が携帯電話を手渡した。顔を顰める深見の前で電話が繋がり、南十字さくらです、と杏梨が話しはじめる。へ? と守口と杉原が顔を見合わせた。

「……そんなわけで、一緒に聞いてくれますか? 深見さんは、『小百合さんは悪い人でなければいけない』って考えています。それを、小百合さんも否定しないんですよね。深見さんの味方をしてるみたいに」

 怪訝な顔をする深見と対峙しながら、杏梨が続ける。

「でも、八月十四日のことは、小百合さんが悪い人じゃなくても説明がつきます。深見さんの『小百合さん悪い人説』と、私の『小百合さん悪くない人説』、どっちも説明がついて、どっちも証明はできません。深見さんは、どっちの話を信じたいですか?」

「……信じたいだの信じたくないだのは、すでに真実と離れたところにある考えだ」

「じゃあ、つじつまが合って、それを小百合さんが認めたら、私の話を真実として認めてください。……小百合さんもゆうべ、『つじつまが合うなら認める』って言いましたよね。それは『小百合さん悪くない人説』でも、有効ですよね?」

 窓の外は暗くなっていた。食堂にいた他の利用客の姿はすでにない。厨房の照明は落とされ、配膳コーナーもブラインドが下ろされている。

 携帯電話に耳を澄ましていた杏梨が、深見を見ながら言った。

「みんなが認めるなら、認めるそうです。……小百合さん、このまま聞いててください。私は、小百合さんに悪意は存在しなかったという前提で、八月十四日の行動を説明します」

 食堂の入口に人がいないことを確認した乃梨子が頷く。まずその前に、と杏梨は携帯電話に耳に当てたまま、話をはじめた。

「ゆうべの小百合さんの質問の意図について。あれは『深見さんは殺していない』ことの確認です。小百合さんは当時、『自分の母親を殺したのは深見さんだ』と思った。……あの質問は、そういうことですよね?」

 質問? と首を傾げる守口に、杏梨が頷く。

「はい。『誰かを殺そうと思ったことはありますか』は、『誰も殺してない』ことを確認するための、遠回しな質問ですよ。『私の母を殺したのは深見さんですか』という質問では、自分が殺してないことを示唆してしまうから、できなかったんです」

 ね、と電話の向こうの小百合に、杏梨は一方的に語りかける。

「だから本当は、殺していないんです。殺したのが深見さんなら、自分が身代わりになる。殺したのが深見さんじゃなくても、疑いは自分に向けられなくてはならない。小百合さんは、そう考えているんです」

 腕を組んだまま、深見が片目だけを開けて睨む。杏梨はかまわず続けた。

「小百合さんが母親の死体を見つけたとき、本当は、割れたステンドグラスがあったんです。『なんとかする』と言っていた深見さんが、殺してしまった……小百合さんはとっさにそう思ったんです。だから川に捨てたんです。証拠を消すために」

「……それが、五時五十分に深見さんが見た光景ですね。竹中さんは自分が母親を殺したと証言して、深見さんとの繋がりを徹底的に否定した。『深見さんが殺した』と思い込んだ理由は弱いですが、行動と理由のつじつまは合いますね」

 ね、と杉原が視線を送ってドクターペッパーを飲む。杏梨が笑って頷いた。

「理由はほかにもあると思いますけど、家の事情を知っていて、小百合さんのために動く可能性がある人って、深見さんしかいないです。……前に、小百合さんのお部屋で『大切な人』の話をしたとき、小百合さんは『最悪の事態は避けることができた』って言ったんです。大切な人を、最悪の事態から守っているんです」

「そして、事件が起こった時点で、竹中さんの身内はいなくなっている。つまり、竹中さんが守るべき人間は、深見さん以外に存在しない、ということですね。問題は、何から守っていたか、ですが」

「小百合さんが避けたかった『最悪の事態』は、『深見さんに真相を知られること』です。『最悪の真相』から深見さんを守るために、小百合さんは潔白を主張しないんです」

「杏梨」

 耐えきれないように深見が声を出した。苛立たしげに足を組み、両目で杏梨を睨む。

「お前は、どうして向こうの肩を持つ?」

「……小百合さんが今も深見さんを大切に思っている『証拠』としか思えないものを、私は見ているからです」

 深見にまっすぐ視線を向けながら、小百合と繋がっている携帯電話に語りかける。

「私は、つじつまの合う真相を、ある程度説明できます。でもそれは、ずっと小百合さんが守ってきたことです。……小百合さん、続きを深見さんに話してもいいですか?」 

 小百合の応答を待っていた杏梨が、不意に携帯電話を耳から離した。瞬きしながら液晶画面を眺める。

「切れちゃった」

 電話をかけ直そうとする杏梨に、杉原が小さく笑った。

「まあ、『言わないで』と言ったら、杏梨さんの話を認めることになりますからね」

「……だから、どうして言い切れる」

 怒っているような、焦っているような表情で深見が問う。杏梨は再び小百合にコールを続けながら答えた。

「私は、『小百合さんのなかに、深見さんへの悪意はない』と確信しています。その前提で八月十四日に起こったことを考えると、つじつまの合う説明ができるからです」

 繋がらなくなっちゃった、と杏梨はしかたなく携帯電話をポケットに入れ、深見に説明を続けた。

「まず、その手段を小百合さんが言えないことからも、川を渡ることは不可能と考えます。説明すべき点は、深見さんが家に到着した五時四十分過ぎ、お父さんが施錠したはずの玄関の鍵が開いていたこと。洗ったティーカップが台所にあったこと。そして小百合さんの『お母さんに指輪を返し、紅茶を飲んでカップを洗った』という発言です」

「ああ」

「その日、深見さんはお母さんから留守番を頼まれて、二時の約束に遅れたんですよね。お母さんは出先から電話をかけてきて、深見さんに外出を許可した。家を出たのは一時五十分、向こうの河原に着いたのは、……二時十分くらいですか?」

「二時五分過ぎだった」

 細かく訂正する深見に、けっこう走ったんですね、と杏梨がひそかに微笑む。

「でも、小百合さんはいなかった。なぜなら、小百合さんはそのころ、深見さんの家で、お母さんとお茶を飲んでいたから。深見さんのお母さんは、小百合さんを家に連れてくるために出かけていたんです」

「……へ」

 守口が間抜けな声を出す横で、パインソーダを飲んだ乃梨子がゆっくり頷いた。銀縁の眼鏡を押さえている杉原の隣では、深見が目を見開いている。

「お母さんは、深見さんを家に足止めするために留守番をさせて、小百合さんに会いに行ったんです。そして約束の十分前に家を出た小百合さんを捕まえたあと、深見さんに電話で外出許可を出し、タクシーで小百合さんを家に連れていったんです」

「そんな、息子の嫌がるようなことを」

 CCレモンを飲みながら、守口が迷惑そうに呟く。杏梨も同情するように頷いた。

「深見さんが探していた二時から四時のあいだに、小百合さんは深見さんの家で、お母さんと紅茶を飲み、指輪を返した。そして深見さんが戻ってきたときも、小百合さんはまだ家にいたんです」

 へ? と守口がCCレモンの空き缶を握ると、間抜けな音が響いた。固まっている深見に、杏梨が説明を続ける。

「……そう考えると、説明がつくんです。小百合さんが来ていることは、隠されていた。でも、そのままお母さんは深見さんたちと出かけてしまった。四時三十分、カップを持たされて別室にいた小百合さんは、誰もいなくなった家で自分の使ったカップを洗い、玄関の鍵をかけることもできずに帰ったんです」

「それなら、竹中さんは五時に自分の家に着きますね。……約束の場所に竹中さんがいなかったこと、指輪を返したこと、紅茶とカップ、玄関の鍵の説明もつじつまが合います」

 杉原が微笑みかけると、杏梨は小さく頷いて、少しだけ声を大きくして言った。

「私には、この状況、深見さんのお母さんがそうさせた以外に、考えられないです。……小百合さん、違うって言ってもいいんですよ。『深見さんのお母さんは、小百合さんに約束を破らせて、指輪を取りあげるような人じゃない』って」

 えっ、と守口と杉原が振り向き、深見も食堂の入口を見る。そこには、携帯電話を握りしめた小百合が俯いていた。


「小百合さん」

 動こうとしない小百合を、杏梨が腕を引いて連れてくる。椅子を勧めても座ろうとしない。杏梨は、小百合と深見のあいだに立って続けた。

「あんまり悪く言いたくないですけど、深見さんのお母さんって、感情が激しくて、怒りを抑えられない性格だったんですよね? そしてたぶん、嫉妬深い。童話に出てくる継母みたいに」

「でもさ、二人が付き合ってたこととか、指輪のことを知ってるのは、お父さんだけじゃなかったっけ」

 小百合と深見をちらりと見ながら守口が尋ねると、杏梨が頷いた。

「つまり、指輪のことをお母さんに話したのは、お父さんということになります。深見さんや小百合さんに理解があるし、お母さんにも理解を求めようと、小百合さんの話をしてしまったんじゃないでしょうか」

「……でも、理解してもらえなかったんだよね」

「……お母さんと小百合さんのあいだで、どんなお話があったのかはわからないけど、深見さんからもらった指輪をお母さんに返したくなるくらいですから」

 小百合を気遣いながらも杏梨が断言する。深見がうめくような声で呟いた。

「それが、母親の指に……」

「深見さん、夕方にお母さんの指を見ましたか?」

「……よくは見ていない」

「指輪はしてたんですか」

「普通に、指輪はあった、と思う」

「お母さんは、普段指輪をしている人なんですか」

「いや、時々しか……」

 狼狽するような声で深見が答える。

「それなら、夕方深見さんが見た指輪が、小百合さんの指輪です。飾りの部分を内側に回して隠せば、普通の指輪に見えますよ。小百合さんの細い指に合った指輪を、お母さんは無理やり自分の指につけたんです。だから指輪は抜けなかったんです。最後まで」

 杏梨の言葉に、守口がぞっとしたように息を飲む。考えながら杉原が尋ねた。

「……ところで杏梨さんは、竹中さんのお母さんを殺したのは、『竹中さんでも深見さんでもない』と考えているんですよね」

「そうです。そしたら、残っているのは誰ですか?」

「……あの、さくらさん」

 小百合が困ったような声を出す。ごめんなさい、と杏梨は小さく謝り、深見に向き直った。

「小百合さんのお母さんを殺したのは、深見さんのお母さんか、お父さんのどちらかです。深見さんがアルバイトに入ったあと、二人の乗った車は、しばらく道路の反対側にあったんですよね。深見さんがアルバイトに入った四時三十五分から五時三十分近くまで、この二人がどこで何をしていたのかは、誰も知らないんです」

「……だとすると、俺の父親が完全に嘘を言っていることになる」

「そうです。どちらかが小百合さんのお母さんを殺して、そのあと、二人は川原に向かったんです。……どちらもなにも、お母さんだと思いますけど」

 杏梨がひかえめに言うと、深見が迷うような目をして尋ねる。

「でもそれは、こいつにも可能な話じゃないのか」

「小百合さんが自分の母親を殺す理由は?」

「麻薬中毒の禁断症状で暴れた母親に、応戦したんだろう」

「ステンドグラスを捨てる理由は?」

 一瞬たじろいだように深見が黙り、低い声で答える。

「……縁を切ろうとした」

「小百合さんが、指輪を深見さんのお母さんに返したから、そう思ってるんですか?」

「それで説明がつくなら仕方がない。……そのほうが俺は納得できる」

 そう言って目を逸らす深見に、杏梨は穏やかに、ゆっくりと言った。

「私の話はつじつまが合ってないですか? それとも、信じたくないですか? 信じたいとか信じたくないというのは、すでに真実と離れたところにある考えだって、深見さんが言ったんですよ」

「そこまで自惚れた考えを持てるほど、おめでたくはない」

「……じゃあ、小百合さんが今でも深見さんを大切に思っている証拠を出せば、私の勝ちなんですね」

 くだらん、と鼻を鳴らす深見に、杏梨がにっこりと笑う。待ってください、と小百合が落ち着いた声で言った。

「さくらさん。どっちも説明がついて、どっちも証明はできない、って言ったでしょう。その前提なら、仮にそんな証拠があったとしても、それは使ってはいけないカードではないですか」

「……それもそうですね。じゃあ使いません」

 叱られたような顔で杏梨が肩をすくめる。小百合は説得するように続けた。

「それにもう、理屈ではなく感情の説得になってしまいます。あとはそれぞれの心の問題です。私の心や感情を論じることに意味はないし、深見さんもそういうことには、すでに興味はありませんよ」

「でも深見さんは、どっちの話も説明がついて、どっちの話も証明できないのに、片方の話しか信じようとしないんです。深見さんのお母さんを殺して、ステンドグラスを叩き割って川に捨てたって」

「それでもつじつまは合います」

「私はその逆なのを知ってます。小百合さんは誰も殺していない。ステンドグラスを叩き割ってもいない。……深見さんを嫌ってない」

「叩き割ったとは誰も言ってないような」

 ぼそりと呟く守口を無視して、杏梨が真剣な顔をする。それは、と言いかける小百合にかまわず続けた。

「未だに自分の潔白を主張しようとしない理由はなんですか。小百合さんはなんのために、今でもそんなふうに犯人でいようとするんですか」

「私は潔白ではないからです」

 当然のように答える小百合に、杉原が口を挟む。

「失礼かもしれませんが、深見さんのお父さんの、お母さんを『今』見失った、という発言を嘘だと仮定すれば、自然に他のつじつまが合います。つまり、水死は事故ではなく、深見さんのお父さんによるものだと、私も考えます」

 小百合がくちびるを噛んで顔を逸らした。杏梨が穏やかに続ける。

「小百合さんがこれを認めたくない理由はひとつです。自分を守ることよりも、深見さんの家族の名誉を守ることを優先したんです。深見さんのために」

 杏梨はゆっくりと小百合に歩み寄り、問いかけた。

「つじつまが合っていて、みんなが認めるなら認めるって、小百合さんも言いましたよね? 小百合さんが紅茶を飲まずにカップを洗って、大雨のダムを渡って、二人のお母さんを殺したなんていう深見さんの話と比べて、どっちのつじつまが合っていて、どっちの話をみんなが認めると思いますか?」

 杏梨が強いまなざしを向ける。俯いた深見の顔は誰にも見えない。杉原は次の言葉を待っている。守口も気遣うような目をして黙っている。乃梨子も心配そうに小百合を見た。

 しばらくの沈黙のあと、小百合は息を吐き、目を閉じた。罪を告白するように、静かに答える。

「……わかりました」

 杏梨は肩の力を抜き、にっと笑った。はい、と乃梨子に手渡されたピーチソーダを飲み干し、おいしい、と呟く。杉原は小百合を椅子に座らせると、微笑みながら言った。

「杏梨さんの勝ちですね」

「……あの、先ほどから気になっていたんですけど、あんり、って……?」

 困惑したように小百合が尋ねると、ごめんなさい、と杏梨が『南十字さくら』と名前を偽ってしまった経緯を話す。爆笑する守口をよそに、杉原がこれまでの事情を補足して説明した。

 乃梨子と杏梨が、深見に協力してプフランツェを集めていたことや、深見が二人をかくまうことになった経緯、さらに二人が行方不明の子供であることを知り、小百合が唖然とする。

「ちなみに、最初に気付いたのは僕です」

「そこはどうでもいいから」

 すかさず打ち消す杉原を、守口が横目でじろりと見た。

「杉原さん、最初ぜんぜん信じてくれなかったもん。気付いたりひらめいたりしたのは、僕と杏梨ちゃんだからね。……洗ったカップのことは僕もわからなかったけど」

「偉そうに言うな。洗ったカップのこと『も』だろ」

 杉原が守口を睨み返すと、あの、と小百合が申し訳なさそうに口を挟んだ。

「カップを洗ったのはその……それまで、いろいろあって、少しぼんやりしていたので、ついなんとなく、です」

「いえ、いろいろは十分わかります」

 杉原と守口が、思わず声を揃えて言う。俯いたままの深見を気にしながら、小百合が説明した。

「あの日、お茶をいただいて、いろいろお話ししたんですけど、……深見さんのお母さんは、私と深見さんが会っている場所を知っていました。というより、家の裏から見ていたようです。私の家も知っていて、あの日も私が家を出たら、そこに深見さんのお母さんがいたんです」

「えっ怖い、なんで家知ってるの」

「お父さんでしょう? 深見さんの」

 怯えたような顔をする守口に、しれっと杏梨が答える。小百合が頷きながら言った。

「杏梨さんの考えたとおりです。私の環境をこれ以上悪化させないために、深見さんが、お父さんに相談してくれていたんです」

「……環境というのは、薬物中毒だったという竹中さんのお母さんに関連することですか」

「そうです。私は、家のことや、母の素行を隠しているつもりでした。でも深見さんは気付いていて、対策を考えてくれていたんです。そんなときに、私と深見さんが会っていることをお母さんが知ってしまって、……それで深見さんのお父さんは、説得しようとして、指輪のことも含めて話したそうです」

「そのことも、深見さんのお父さんから?」

「知ったのは、だいぶあとです。私が施設に入ってしばらくしてから、深見さんのお父さんが尋ねてこられました。そして私に言ったんです。人生の支援をさせてほしい、と」

「支援というのは、お金ですか」

「はい。理由は教えてくれなくて、どうしても知りたいなら、お金を受け取って、勉強して学校を卒業してほしい、と言われました。だから言われた通りに、学校に入って勉強することにしたんです。でも、深見さんのお父さんは、手紙とお金を遺して……」

 小百合が口ごもると、杉原が頷いた。

「……亡くなられたんですね。事件の日も、深見さんのお父さんは休んでいましたし、そのころから病気の兆しがあったのかもしれないですね」

 俯いたままの深見をちらりと杉原が見る。小百合は表情を消して言った。

「手紙で知ったことですが、あの日、アルバイト先で深見さんを車から降ろしたとき、深見さんのお父さんは、お母さんのしている指輪に気付いたそうです。それを問いただすと、お母さんはとても怒って、私の母親と話をつけると言って、飛び出したそうです」

「深見さんが車を降りた直後なら、四時三十五分。橋まで五分、そこから十分かけたとしても、五時前に竹中さんの家に着きますね」

「深見さんのお父さんは、体調が不十分で……急いで私の家に駆けつけましたが、間に合わなかったそうです。深見さんのお母さんは、私の家に深見さんのステンドグラスがあったことに、激しく怒っていたそうです」

 言葉を切った小百合は、目を閉じて続けた。

「……私の母も、まともな状態ではなくて……ステンドグラスは割られて、その欠片でああいうことになったそうです。そして深見さんのお父さんは、お母さんを連れて裏の川原へ……。沈むのを確かめて、すぐに車に戻ったそうです」

「……五時に竹中さんの家を出たとして、川原に到着したのが五時五分。……その五分後に河原を後にしたなら、五時三十分に車に戻れます。そして深見さんに、『たった今』お母さんが飛び出していった、と嘘を言った」

 確かめるように杉原が呟く。守口も複雑な表情で頷いた。

「そして竹中さんは、深見さんの証拠だと思って、ステンドグラスを川に捨てたんだ」

「……あれは、勘違いだったんです。とても似ていたから」

「え」

「杏梨さんの考えたとおり、夕方、私はお母さんに言われて隣の部屋に隠れていました。そして急に三人で出かけてしまったと思ったら、誰かが戻ってきて、何かを探しながら、ひとりごとを言ったんです。『あいつのためにも、死んでもらうしか』って」

「ええ」

 思わず守口が声を出す。俯いていた深見が驚いて顔を上げた。申し訳なさそうに小百合が続ける。

「呟くような男の人の声で、私は深見さんの声だと思ったんです。……だから、割れたステンドグラスと、死んでいる母を見たとき、深見さんがしてしまったことだと、とっさに思ってしまったんです」

「……本当は、免許証を取りに来たお父さんの声だったんですね」

 杉原が納得して頷いた。

「それから深見さんの家を出て、自分の家に戻りました。そこには死んでいる母と、割れたステンドグラスがあって……。私は、私のために深見さんの未来が潰されてしまうのは、どうしても避けたかったから、証拠を消して私が先に自供してしまえばいい、って思ったんです」

「えええ」

 守口が目を見開く。小百合は再び表情を消し、杏梨を見ながら、説得するように言った。

「私は潔白なんかじゃないんですよ。とても恐ろしいことをしているんです。私は、警察がどういう判断をするのかわからなくて、自分が母に切りつけたという証拠を作らないと信じてもらえないと思いました」

 立ち上がった小百合は、不可解そうな顔をする杏梨に向かって静かに続けた。

「だから私は、ステンドグラスを捨ててから、死んでいる母に、食器棚のガラスで傷をつけました。傷口が一致しないといけないって思ったからです」

 小百合は深見に歩み寄り、その目を見て言った。

「お父さんは手紙で、自分の口から真相を深見さんに言えなかったことを、悔やんでいました。黙っていようと決めたのは私です。深見さんの未来に、重くて、下ろせない荷物を持たせてしまうことになりますから。私はそれまで何もお返しができなかったので、それを引き受けようと思ったんです」


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