第1章 こんにちは異世界 「閑古鳥の墓場」
「ここら辺にあると思うんだけど…。」
ギルドを出た俺たちは、街の南東に位置するエローナさんにオススメされた宿を探している。その宿は値段は相場と変わりないが、部屋は綺麗にされて美味しい朝食付きで評判が良いらしい。
「シンジ、シンジ、ここじゃない?ほら、名前も合ってるよ。」
ラフィの指差す方には探していた《渡り鳥の宿場》の看板があった。特に変わったところもない、いかにも宿な建物に入る。
「いらっしゃい、宿泊したいのかい?」
「あぁ、一週間くらい頼みたい。」
「あぁ、それなんだがね、今満室で空いてないんだよ。」
「え、そうなんですか!?」
「今は競技場でイベントがあるから、ここの街に来る人が多くてね。もしかすると他の宿も空いてないかもしれないよ。すまないね、食事だけなら食堂で食べていけるよ。」
エローナさんがオススメするくらいだから評判は良いと思って楽しみにしてたが空いてないとは。競技場のイベントなんて知らないし、それが原因で泊まれないとは思ってもみなかった。
他の宿を探すにも疲れたし、もう18時でお腹も空いたので、ここで夕食を済ませることにした。
この世界の食事情はどうなのか不安もあったが、全く心配いらなかった。
むしろ日本とほとんど変わらない質で、箸も使う。ちなみに俺は唐揚げ定食、ラフィは焼き魚定食でどちらも500アレクだ。
「ねぇねぇ、宿はどうするの?さすがに初日から真っ白な男との野宿は嫌なんだけど。」
「真っ白は余計だろ。」
「近くに宿があるのかもよく分からないし、そもそも空いてるのかも疑わしいってピンチよね?
あ、この魚美味しい。大根おろしと合うわね。」
「最終手段としてはギルドにどうにか泊めてもらうってのはあるけど、宿は探してくれと言われたし、俺としてもこれ以上は迷惑かけたくないからできれば避けたいな。
あ、この唐揚げうまいな。ニンニクが効いてる。」
「あの〜。」
俺たちは宿のことはそっちのけで、それぞれの定食に夢中になった。思えばこの世界に来てから初めての食事で一刻も早くお腹を満たしたい。
「あの〜、すいません。」
自分のをある程度食べるとラフィの魚が気になり始めた。ちらっとラフィを見ると、ラフィも同じ気持ちだったようで唐揚げと俺を交互に見ていた。
俺たちは同時にに頷いて交換に同意し、二人の箸が新たな味を求めてテーブルの上で交差する。
「確かに『確かに』魚も『唐揚げも』美味しいな。『美味しいね。まぁ、こっちの焼き魚の方が美味しいけど。』」
「おい、それは聞き捨てならんぞ。絶対唐揚げの方が美味しいだろ!」
「えっとー、話を、」
「絶対焼き魚よ!そのままでも、大根おろしとでも美味しいのに最後はお茶漬けにできるんだから!」
「お茶漬けだと…!?」
「そっちはレモンかマヨネーズくらいじゃない。よっと。」
「あっ!」
「うん。まぁ、美味しいけど。」
「なんでもう一個取るんだよ!最後の一個だったのに!お詫びにお茶漬け寄越せ、謝罪とお茶漬けだ!」
「え、なんでお茶漬けあげなきゃいけないのよ!謝るから、謝るからお茶漬けは許して、」
「いいえ、許しません。」
「楽しみにしてるんだから!」
「俺もです。」
ラフィが駄々をこねるので、勝手にお茶漬けを作ろうと自分の茶碗を手に取り、箸を焼き魚に伸ばす。その箸の侵攻を止めるために敵軍の箸が俺の箸を挟む。
そうして第一次食卓戦争が始まっ…らなかった。
「あの!話を聞いてください!」
「うぉ、ビックリした。今お茶漬けを食べるために忙しいんだ。」
「あげないから諦めて。」
「そういうことだ。食後にしてくれ。」
俺のすぐ隣に少女が立ってるなんて気付かなかった。ラフィも初めて気付いたようで驚いている。
「宿をお探しなんですよね?」
「あれ、話が進んでる?」
「でも確か今は競技場のイベントでどこも宿が満室だと思うんですけど、どうするおつもりですか?」
「どうするもなにも探さなきゃいけないんだから困ってる。どこか空いてる宿でも教えてくれるのか?」
「はい、その通りです!ぜひ私の宿へいらしてください!」
「お、本当か!?ん、でも待てよ。なんで君の店は空いてるんだ?」
「えっと…。」
「今どこも満室なんだろ?もしかして評判が悪いんじゃないのか?
「…。」
「そこのところどうなんだ?」
「あーあー、シンジ最低。」
ラフィが指を少女に向けながら一言。なんで俺が最低なのか?気にしなければいけないことを聞いただけなのに。
少女をよく見てみる。
肩が震えている。顔が俯いている。そこから落ちる数的の涙…。少女の涙というものは不思議だ、罪悪感が洪水のように溢れ出てくる。
この世界に来てまだ1日も経ってないのに二人目である、俺が泣かした女の子は。
「えっ、あ、ごめんって!ごめん、そんな責めるつもりじゃなくて、ただ疑問を言ってみただけだから!そ、そうだ泊まるから、君の店に泊まらせて頂くから泣かないで!」
「ではお二人様をご案内いたしますね!」
彼女はパッと顔を上げて笑顔を向けて来た。泣いた後なんてどこにもなかった。これも二人目である、俺に嘘泣きをした人は。
「今のって嘘泣き!?」
俺は彼女の演技に驚愕し、
「さぁ、なんのことでしょうか?」
彼女はしてやったりと笑顔で、
「やっぱりお茶漬けは美味しかったわ!」
ラフィはいつのまに作ったのだろうか、お茶漬けを全部食べ終えて満足そうだった。
そんな三者三様の顔で《渡り鳥の宿》を後にした。
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「ここが私の宿です。」
南東にいた俺たちはさらに東へ進んでいたが、例の彼女はそう言って一軒の建物の前で立ち止まった。
着いた宿はボロボロだった。誰もいないのだろう、明かりも付いてなかった。
今さっきいた宿が《渡り鳥の宿》ならこっちは《閑古鳥の墓場》だろう。
「ねぇ、もしかして中もこんな感じなの?さすがに綺麗にだよね?」
ラフィは俺も気になっていたことを聞いてくれた。さすがに汚いと泊まる気にはならない。
「一部屋だけは綺麗にしてあります。」
「一部屋?」
「ですが他の部屋はあんまり…ですね。すいません。」
「えっ…。」
一部屋しか綺麗な部屋がないってどういうことだ?
「一部屋しか利用できないのは困るな。少なくとも俺とラフィで別々に泊まりたいのに。」
「えっとー、それがですね、その部屋は私も使ってる部屋でして、」
「えっ?」
まさかの従業員共同部屋…なんだそれ?
「泊まるなら3人一緒の部屋ということになります。」
「マジで?」
「で、でも3人でも十分な広さですし、ベットも二つあるので…どうか泊まっては頂けないでしょうか?」
「うっ…。」
胸の前で手を組み、顔を少し傾けてウルウルした目で見ながら頼まれると断りにくい。
それに一週間くらいならそこまで問題ではないし、そもそも女の子たちと同じ部屋に泊まれるってかなりラッキーなことだと気付いた。
こんなこと今までなかったので、少し、いや、めちゃくちゃドキドキする!
「まぁ、少しの間ならお、同じ部屋で、泊まってもいいかな。」
「ほ、本当ですかー!?」
彼女は本当に泊まってもらえるとは思っていなかったのか、俺の返事に戸惑いと嬉しさが混じってるのが分かる。
「シンジがなんで同じ部屋ってところで鼻の下を伸ばしたのか気になるけど、野宿じゃなくてちゃんと泊まれるなら私もいいよ。」
「ありがとうございます!ではこちらへどうぞ。」
彼女は先に入って明かりを点けてくれたので、早速俺たちも入る。
ちなみにこの世界に電気はない、がその代わりを担っているのは魔力である。今電球のようなものに明かりが灯っているが、あれも魔力を直接流すと内部で魔力が光に変換されて明るくなっている。
そして驚いたことに、この世界には電化製品ではなく魔動製品がある。
簡単に違いを説明すると文字通り、電気ではなく魔力を動力にしているのと、電気はお金を払って供給され、使いたい時にスイッチを入れるだけだが、魔力は自分のものだから無料ではあるが、魔力を直接流して初めて起動できるという違いがある。街灯なんかの、いわゆる公共のものは魔力線という電線みたいなものを使って魔力を供給してるらしい。
彼女は部屋を使ってると言ってたのでここに住んでいるのだろう。中に入ってすぐの受付や、右のほうにある食堂らしき広い部屋も掃除はされて、そこまで汚くはなかった。しかし客に提供できるかと言われれば、もう少し綺麗にした方がいいだろう。
そして彼女はその広い部屋に俺たちを案内し、いくつかあるテーブルから1つ選んで、イスも一緒に手早く拭いてくれた。そして温かいお茶を持って来て、3人がテーブルに揃う。
「まずは改めてここ《レミングスの館》に泊まっていただきありがとうございます。私がここのオーナーで12歳のヒメナと申します。オーナーといっても私しかここに従業員はいませんが。」
なんでこんな宿に1人だけで?そんな疑問は当然思い浮かぶが、その意を汲み取ってくれたようで話が続く。
「気になりますよね。なんで子供がしかも1人でだなんて。暗い話にはなりますが、ここはもともとは父と母がやっていた宿です。
しかし私が8歳の時に父が冒険者として緊急クエストで呼ばれ、そのまま帰らぬ人となり、そのために母は気落ちして病気となり10歳の時に死にました。なので私がこの宿を受け継いだという形でオーナーになりました。」
さっきまで呑気に、訓練もなしに冒険者で稼ごうとしていたが、やはりそんな甘いものではないのだと知る。
「しかし、ただの10歳の女の子に宿を経営することはできるはずもなく当時から客は来ませんでした。
…幸い、ここは借りている訳ではなく借金もなかったのですが、お金が蓄えられていたわけでもないので、さすがに2年間もギルドに土地代を払っているとお金が無くなってしまって…というわけで本当に泊まっていただいてありがとうございます!」
わざわざ席を立って、綺麗なお辞儀をしてくれたが、別に何をやったわけでもないので少しむず痒い。
「お、おぅ、俺はシンジだ、よろしくなヒメナ。にしてもなかなか大変だったんだな。」
「私はラフィよ。ヒメナちゃん、」
「は、はい。」
「今まで一人で大変だったかも知れないけどもう大丈夫よ、」
なぜかヒメナの手をしっかりと握るラフィ。
「あれ、なんか嫌な予感。」
「私たちがヒメナちゃんを守って、宿も繁盛させてあげるから!」
どこにそんな自信があるのか教えていただきたい。
「おい、何勝手なこと言ってんだよ、俺たちはここに来たばかりで生まれたての冒険者だぞ。宿の経営なんて出来るわけないだろ!
それにラフィはギルドに、俺は《妖精の食卓》に雇ってもらってるんだからそんな暇ないぞ。」
「う、確かにそうね。で、でもなんとかしてあげたいの!」
「その気持ちは分かるけど…。」
確かになんとかしてあげたい。頼る人もいないのだろう、両親が死んで2年間も一人なのは12歳の少女にとってはかなり辛いことだろう。
しかし、俺たちも俺たちの生活があるので簡単に助けるといっても実行は難しい。特に金銭面で…そこで俺は思い付いた。
「大丈夫ですよ、シンジさん、ラフィさん。お二人の気持ちだけで十分です。それにまだ今月分は土地代は払えるので安心してください。」
「月いくらなんだ?」
「え、えっとー、ここは東の端なので30000アレクで済みます。突然どうしたんですか?そんなこと聞いて。」
今後の生活でどのような出費が発生するのかは分からないが、住む場所を確保できるのなら、これは安いのかも知れない。
「ヒメナにも俺たちにとっても良いことは何かなって考えてただけだよ。それで一つ提案なんだけど、ここに無料で泊まらせてくれ。しかもずっと。」
「シンジ!何言ってるの!?」
「ラフィ、落ち着け。ちゃんと俺たちも対価は払う。その対価は俺たちがいる間、その土地代は俺たちが払う。しかもヒメナの生活費も俺たちが払う。」
「シンジ、それって…。」
そう、お互いにWINWINな関係を築くためには、この手がある。
「ああ、ラフィの思ってる通りだ。ヒメナが欲しいのは定期的な収入、そして俺たちが欲しいのは安価で長く居られる場所、俺たちは収入があるとはいえ相場通りの宿に長居出来るような余裕はないからな。つまり…。」
「つまりなんでしょう?」
まだ疑問符を浮かべるヒメナを横目に、ラフィに視線を送る。
「『一緒に住まない?』」
2人で一緒に提案する。
「え、うそ、」
「嘘じゃない。」
「だって、それだと二人に迷惑です」
「迷惑じゃない。」
確かにさっき会ったばかりだが、子供がそんなこと気にするもんじゃない。まぁ、俺も大人ではないけれど。
「こんな汚い宿に泊まって頂くのも心苦しいのに。」
「俺たちで少しずつ綺麗にしよう。」
こっちだって、貸してもらう方なのだ。そのくらいは当然の義務だろう。
「でも、だって、だって…。」
嬉しさ2割、困惑8割といったところだろう。あと一押し。
「ヒメナちゃん、2年間ずっと寂しい思いしたんじゃない?誰にも甘えられずに、ずっと一人でこの広い宿で生活してたんでしょ?でもね、もう大丈夫。私たちが守ってあげるから。」
「でも、さっき会ったばかりなのに、な、なんで、そんなに優しくして、くれるんですか?」
「俺たちだって誰にでもこんなに優しく出来るわけじゃない。君だから、ヒメナだから俺もラフィも守りたくなったんだよ。」
「そうよ、ヒメナちゃんだからだよ。」
そういってラフィは、すでに半分泣いているヒメナの後ろから優しく抱きしめた。人の優しさ、温かさに久しく触れてなかったのだろう。ヒメナはラフィの腕の中で号泣した。
「また女の子を泣かしたけど、今回のシンジは最高ね!」
「あぁ、そうだろ。ラフィも女神みたいだったぞ。」
「実際に女神よ!あれ、シンジったら泣いてるじゃない。」
ほとんど泣いたことなんかなかったが、泣くのもなかなか良いものかも知れない。
「うるさい、ちょっとヒメナからのもらい泣きだ。お前だって泣いてるだろうが。」
「そうね、途中から平気を装ってたのが分かって、本当に可哀想だったから。」
「あぁ、そうだな。」
「この子を守ってあげなくっちゃね。」
「責任重大だな。」
そうして俺たちは絶対にヒメナを守るのだと、それぞれ心に誓った。
だいぶ長くなってしまいました。住むところを見つけるのはやはり難しいのです。