第1章 こんにちは異世界 「デリヘリ」
あれから状況はだんだん分かってきた。それもこれも隣に座られておられるオランウータンの長老様のおかげだ。嘘だと思うかもしれないが、一か八かで話しかけてみたら話せたし、さっきまで眠りこけていた無知な自分に色々教えてくれた。
実は最初に説明があったらしいのだ。俺は気持ちよさそうに寝てたらしいので、わざわざ起こさなかったらしい。優しさ溢れるが、そこは起こしてくれよ。
単刀直入に言えば、ここは自分が天国か地獄かどちらに行くか決める場所らしい。つまりここにいたみんなは死んだ者ということだ。
自分も死んでいると聞かされて、はいそうですかとはいかなかったが、微かな記憶の中で否定もできなかったので、その件について詳しいことはあの女の子に聞くことにした。
あの女の子は一応女神らしい。女神なので生物であれば意思疎通が図れるのだとか。ならただの人である俺が喋れるのは謎だが、それも後で自称女神とやらに聞いてみよう。
「いま失礼なこと考えませんでしたか?」
「いえ、全く考えておりません。」
今さっきまで違うところを見ていたはずの視線が、気付けば首ごとこちらを睨みつけていた。なんという勘。またちびるところだった。
冷静な対応により危機も回避したので、分かったことの整理を再開しよう。
最も重要なことは、あの女神様にHeaven or Hellのどちらかを回答することだ。そして選んだ場所に連れて行くこの施設、ではなく乗り物を《デリヘリ》と呼ぶらしい。
行き先はもちろんHeavenかHellしかないわけで、ヘリでデリバリーしてるのは間違いないのだが、もっといい名前はなかったのだろうか。これならまだ厨二溢れる恥ずかしい名前の方がマシだと思うのは俺だけだろうか。はたまた、これも大人の階段を登れていない弊害なのか…。
あと分かったことといえば、神様にも星の担当があるらしくここは地球担当のデリヘルだとか。地球の生物が死ぬと神様の力かなんやらでここに送り込まれるらしい。ちなみに死んだ順に送り込まれるので、動物たちに1人人間なんてザラにあるらしい。
それならついでに天国と地獄の振り分けもできるのではないかと思ったが、勝手にその生物の生き方を評価して天国か地獄かを決めていた時代もあったのはあったらしい。だが、いちいち確認する作業がめんどくさいのと、何より送られた生物の皆様から不満があがったらしく今のシステムになったとか。
今の全体的なシステムは、全宇宙を統括的に担当する全能神様1人をトップとし、その下に銀河を担当する神様と地域ごとに担当する神様を複数人、さらに下に神様1人に星1つを担当させている、というものだ。
なんだかクレーム対応したり、担当があったり、神様の中にもヒエラルキーがあったりと会社感がにじみ出ていて親近感が湧くのは俺だけだろうか。
そして、基本的に星を任された神様が自分の補佐と一緒に、死んだ生物たちの対応をするのだ。前までは担当の神様が1人で対応をして、補佐は情報整理と別々だったらしい。これも一つの働き方改革か…。
「神様も大変なんだな…。」
「そうですよ、だから早く仕事が終わるようにあなたも即決してください。どうせ天国ですよね。はい、天国決定!」
「おいちょっと待て、そんな軽いノリで決めんな!」
気付けば俺の順番が来ていた。さっきまで隣にいたはずの長老様はすでに旅立っていた。すでに決心は付いていた様子だったので、彼こそ即決したのだろう。
「なんですか、話は簡単なんですよ?永遠に暇を弄ぶ天国か、願いを一つ叶える代わりに一生働く地獄の2択なんですから。」
そんな両極端な選択肢を即決しろというのがおかしいと言っているのだが、この女神はそんなことも分からないのだろうか。
ここで地獄について説明を加えなければならない。簡単に付け加えるとするなら、地獄というのは神様の元で働くことを指す。つまり、神様を社長としたこのブラック企業の末端で働くこと=地獄なのだ。
女神がそんなこと言ってもいいのかと思ったが、公式の名称らしく、これまで改名案も出たことはないらしい。それと、地獄希望者は飴玉効果で意外といるらしいがまだまだ足りないらしい。
「簡単に終わらせてたまるか!その2択以外に、何か違う案とかないんですかね?」
俺の言葉に女神はやれやれとばかりにため息を吐いた。
「あったとしてもそれを教えることはできないし、叶えることは私にはできないわ。」
「なんで教えられないんだよ、星を担当している神様にその後は一任しているんじゃ…、」
その時、俺の頭に一つの仮説が出来上がる。
「もしかしなくとも女神じゃないな?」
「な、何よ急に、歴とした女神に決まってるでしょ!」
唐突なことではっきりと表情から焦りが見て取れたので、追撃を仕掛ける。
「確かに、さっき服を持って来させたことから下っ端じゃないことは予想できるが、わざわざ神様が個々に聞き回らないといけないこんな仕事をする必要もない。」
「それが何よ、そんなのただの憶測に過ぎないわよ。」
「さらに!さっきの権限がない発言、そして何よりマニュアルなしで仕事ができない神がいてたまるか!!」
そうなのだ、ずっとこの女神の仕事ぶり見ていたが、なんとも粗末なもので、マニュアルをひっきりなしに見返してはおぼつかない対応を繰り返していたのだ。
「推測するに、せいぜいバイトリーダー的立ち位置なんだろ!」
当たり前だが、目の前のバイトリーダーは俺を睨みつけていた。余程悔しいのか、目には涙が溜まっているし、背中の羽も大きく開いている。威嚇のつもりなのか?
「仕方ないじゃない!初めての研修だったんだし、上手くできるか不安だったんだから!」
おい、こいつ隠そうともせずに研修とか言い出したぞ。
「でも、ちゃんとした女神なんだから!バイト扱いしないでくれる!?」
「人間代表として女神とは認められないし、そっちのシステム的にも神様じゃなくて補佐扱いだと思うんだが!」
「補佐はさっきの男で、私は女神ですー!」
ガチャ
ワイワイガヤガヤと口論を続けていると勝手にドアが開いた。お互いに驚き、一瞬静まり返る。
「え、神様が呼んでる?なんで?」
状況はいまいち把握できないが、このドアは本当の神様の意思で開いたらしい。
「呼んでるって、どういうことだよ。」
「どうもこうも、行ってみないと分からないわ。」
バイトリーダーが俺の手を引く。いつの間にかシートベルトは外れていて、ついて行くように眩しく光の漏れるドアを潜った。