ひとつの事件の終わり
終わったかな?
外部のマイクが拾う音を聞きながら、操縦席のシートに身を沈め、彩兼は祈るようにその時を待っていた。
自分の立てた作戦で人が命を懸ける。その緊張感からこの数時間、彩兼の精神は相当疲弊していた。
衛士達の歓声が聴こえてくると、喜びよりも安堵感が勝り一気に気が抜けてしまったようである。
このまま眠ってしまいそうだった。
アリスリット号の背面で船外機が接続される音がした。
かしましい声がして、少女達が帰ってくる。
今日はすっかり2人に助けられてしまった。
ファルカがいなければメロウ族の若者は食われていた。そしてルルホがいなければファルカが食われていた。
「まったく、すごい子達だよ……」
アヤカネはデッキに出て、素晴らしき褌少女とノーパン人魚を出迎える。
「おつかれ、2人共怪我はないか?」
「うん、だいじょうぶ」
「わたしも大丈夫です」
「そうか、よかった。ファルカは仲間のところに行かなくていいのか?」
砂浜では小舟で上陸してきたシャルパンティエ公爵が、フリックス長官の横で討伐した鰭竜を満足そうに眺めている
協力してくれたメロウ族達も混じってお祭り騒ぎになっているようだ。
対岸の方にも騒ぎを聞きつけた近隣の人が集まってきているのが見える。
屍となった鰭竜はもちろんだが、アリスリット号への好奇の目も相当向けられているようだ。
「アヤカネは行かないの?」
「うん? そうだね。疲れたし」
「なら、あたしも行かない。アヤカネと一緒にいるほうがいい」
「そうか」
ファルカはあまり同族と一緒にいることを好まない。孤立しているわけではないが、人と接してその文明の影響を受けたファルカは、メロウ族の原始の生活に馴染めなくなってきているのだという。
「ヘックチ!」
小さくくしゃみをしているのはルルホだ。
「ルルホは寒かっただろ? シャワー浴びてきな。ファルカもな」
人魚のファルカはともかく、9月の日本海はさすがのルルホも冷えただろう。
水素ジェットエンジンのおかげでアリスリット号は真水もお湯も潤沢だった。
温かい真水が出るシャワーは、この世界でここでしか味わえない贅沢である。ルルホは気に入っているようだが、ファルカはちょっとお湯を嫌がる。しかしシャワーでしっかり塩を落としてからでないと船内には入れない決まりになっている。
シャワー室に入るルルホ、ファルカはデッキにあるホースでカラスの行水だ。
「おっと忘れるとこだった。ほれ」
「うん? なぁに?」
アヤカネがファルカに手渡したソレは回収しておいた彼女のパンツだった。
砂浜では、衛士達によって鰭竜の死体を埋めるための穴掘りが急ピッチで行われている。あと数時間もすれば腐敗によってあのあたりが悪臭に包まれることになるだろう。
彼らも頑張ってはいるが、まぁ、間に合わないだろうと彩兼は踏んでいる。
鰭竜の死体の扱いについては、是非標本として欲しいという公爵と学園の希望があり、肉が落ちるまでその場に埋めておく事が予め決まっていた。
「さて、向こうまだ忙しそうだし、先に上がらせてもらおうか」
「え? いいんですか? アヤカネさん。今回の立役者なのに」
さっきからこっちに向かって手を振っている衛士達の姿が見えるが、手伝わされたらかなわんと、気がつかないフリを決め込んでいるのである。
シャワーから出たルルホは丈の短い浴衣のような着物姿に着替えて、濡れた長い髪を丁寧にタオルで拭いている。
湯上りの火照った肌に、湿り気を帯びた黒い髪がしんなりと張り付き、年齢以上の色香を醸し出す。
ポニーテールを下ろした姿も新鮮だった。
「まぁ、いいさ、学園のみんなも心配してるだろうし。それに腹も減ったろ?」
「すいたー」
水をかぶって、髪なんて洗いざらしでOKのメンテナンスフリーな人魚姫も同じように着物姿である。
「そういえば、もうお昼ですね」
「うん。何食べよう?」
「お肉!」
「魚がいです」
肉好きのルルホが魚と言って、魚が主食のファルカが肉という。
顔を見合わせる2人。
彩兼はその様子が可笑しくてつい吹き出してしまう。
「あはは、それじゃ仕方ない。どっちも食べよう。鰭竜退治の打ち上げだ。豪勢に行こう」
「「わーい!」」
バンザーイな少女達。それを見て彩兼はまた笑った。
しかし、彼女達と過ごす幸せな時間が僅かな間だけだということを彩兼は知っている。なぜなら、自分は必ず元の世界へ帰る方法を見つけ出すと、信じているからだ。
いずれくる別れの時、せめてそれまでは……。