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海の魔獣と波間を駆ける少女達

「なんなのよ、これはーーっ!!」


 翌日。

 マイヅルの港では作戦開始に備えて、順調に作業が進められていた。


 そんな中、メロウ族と話をつけて帰ってきたファルカが、ソレを前に目を吊り上げている。

 ソレとは、鰭竜を釣り上げるために用意された人魚型をした疑似餌である。

 学園の生徒や、街の鍛冶屋の手によって制作された代物で、現在アリスリット号の船尾にある、牽引用ウインチへの取り付け作業が行われているところであった。


「ちょっと、アヤカネ。なんなのよこれは!?」

「みんなが頑張って1日で用意してくれたんだ。文句言うなよ」

「そうだけど。これよ。あたし、こんな下品な胸してないわよ!?」

「……この疑似餌は別にお前を模したわけじゃないぞ?」

「嘘! 絶対これあたしじゃない! この胸のとこ以外!」


 この人魚型の疑似餌は設計図だけ簡単に書いて、あとは町の職人や学園生に制作はまかせていたのだが、悪乗りしたのか、人魚=ファルカの印象が強いのか、完成した疑似餌はファルカによく似たものになっていた。

 体長は人魚形態のファルカとほぼ一緒。わざわざ金髪のかつらを被せ、顔まで精巧に彫ってある。

 ただし、一目見て当人と大きく違う点が一箇所あって、それがファルカがごねてる胸の部分である。

 ファルカも割と大きい方だが、この疑似餌のそれはオリジナルをはるかに上回るボリュームがあり、さっき彩兼も触ってみたが、これで人肌の温度だったら完璧というくらい、設計以上の高い完成度を誇っていた。

 異世界職人、驚異の技術力である。


「さっきから、通りすぎてく人がみんな無駄に揉んでいくのも腹立つのよねー」


 そう言ってファルカがその手でむにむにとその擬似おっぱいをいじりまわす。まるで本物のように柔らかい。


「あまりいじるなよ? そこには近隣からかき集めた鱶殺しの肝がしこたま詰め込んであるんだからな?」

「うげ!?」


 鱶殺しとはこの世界にいるふぐのでっかい奴である。もちろんその肝は猛毒で鱶も食べたら死ぬと言われていることからそう呼ばれている。

 猛毒が詰まっていると聞いて、慌てててを引っ込めるファルカ。

 獣の内蔵を元につくったその擬似おっぱいの中には、片側約3キログラム。人間なら数千人分にあたる致死量の肝が詰め込まれていた。女性の乳房の感触に近いものになってしまったのは、あくまで偶然、副次的なものである。

 しかし、これだけの毒物でも、正直あの怪物相手に彩兼はあまりあてにしていない。少し弱らせることができればいいな、くらいにしか思っていなかった。


「で、メロウ族の方では話ついたのか?」

「あ、うん。みんな協力してくれるって。警邏の人たちが出してくれた象や鹿で、夕方までには来ると思うよ」


 頷く彩兼。

 作戦に必要なものはこれで全て揃った。後は綿密な打ち合わせである。

 彩兼は周囲に聞こえるように声を張り上げる。


「よし!ミーティングを始めよう!」


 そのミーティングは日が沈むまで続いた。その後は船出に備えて各自早めに休むことになった。

 明日、無事鰭竜を討伐したあかつきには盛大な宴を催すことを約束して……。




 明けて早朝。霧立ち込めるマイヅル港を出航するアリスリット号。

 そこでアリスリット号は2隻の船と合流して船団を組む。

 どちらも2本マストの木造洋式帆船で、30メートルクラスの大型の船だ。

 公爵家所有のユジーヌ号。白く塗られた船体に公爵家の紋章が入った美しい船であるが、それほど豪奢な装飾はない。機能性を重視しているようだ。

 それよりやや大きいサラザール号。こちらはサドガ島との定期便として使われている船である。

 ユジーヌ号の甲板上で船の指揮を執るシャルパンティエ公爵の姿は、実に堂に入ったものであり、先祖代々船乗りの家系というのも伊達ではないらしい。

 鉤爪船長のような、船長服と帽子をかぶりバッチリ決め込んで、相当な気合の入れようである。

 それもそのはずで、ユジーヌ号の甲板は50人ものメロウ族の女性がひしめき合うように乗り込んでおり、肌色で溢れていた。そこはもうハーレム状態、桃色パラダイスである。

 対してサラザール号の甲板は同じくメロウ族の野郎が詰め込まれている。

 そんなわけで、サラザール号のクルーの殺視線がさっきからユジーヌ号に向かって飛びまくっていたりする。

 そんな2隻の様子を苦笑しながら眺める彩兼達。

 ビキニパレオのファルカと、褌ライフジャケットのルルホを傍らに、今日は彩兼もライフジャケってを身につけている。

 両手に花状態の彩兼にもサラザール号の水夫達の妬みの視線が飛ぶ。


 マイヅル湾を出てからしばらくしてすぐソナーに反応があった。


「なんだあいつ。しっかり近くにいるんじゃないか」


 とっくにどっかいってました、となってもつまらないが、こうもあっさり見つかると拍子抜けである。

 かなり近くまで近づいてきているにも関わらず、アリスリット号に襲いかかるでもなく、一定の距離をとってついてきているようだ。


「まいいや。作戦開始と行こう。それじゃファルカ、鍵針には気をつけろよ?」

「おっしゃあ!」


 疑似餌の背中から伸びた、人間をまとめて3人ほど串刺しに出来そうなくらい大きな鈎針。先端は鋭く返しが入っていて陽光を受けて鈍色に光っている。

 海面にいい感じに浮かぶように設計されているため、本物よりは軽いがそれでも人間並みの重さは有るはずのその疑似餌を、喜々として頭上にまで持ち上げる。そして……。


「どっせぇぇい!」


 海に向かって10メートル程放り投げた。


「おー、さすがの馬鹿力」

「むふー、任せたまえ!」


 実は別にぶん投げなくても、疑似餌は牽引用ウインチに繋がれていてそれを緩めていけばよかったのだが、ファルカがそれをやりたがったのだ。

 アリスリット号のウィンチに繋がれているロープは、鋼より強く絹糸よりしなやかな特殊素材を用いたロープを使っているので、鰭竜を相手に切断の心配はない。

 鰭竜釣りの始まりである。


「かかんないなー」

「あんまり美味しそうじゃないからとか?」

「るるっぽ放り込んでみようか?」

「やめなさい」


 作戦開始から小一時間程が経つが、どうにも引っかかる様子がない。

 鰭竜が近くにいないというのなら仕方がないが、それがそうでも無いらしい。

 最初はソナーの探知範囲ギリギリのところあたりをついてきていたのだが、だんだん近づいてきて、そのうち海面付近をうろうろし始める。

 やがてアリスリット号などがん無視で、2隻の帆船の周りで頭を出したり、飛んだり跳ねたりし始めた。

 ユジーヌ号、サラザール号の甲板上は大騒ぎである。

 クジラが船に興味を持って寄ってくることはある話で、鰭竜がそういった行動をとってもおかしくはない。

 つまりはじゃれてきているのである。

 しかし、ぶち殺すつもり満々で来た側からしてみれば、挑発されてるようにしか感じないわけで、船団は殺気立った雰囲気に包まれ始めていた。


「……もしかして、あたし達馬鹿にされてる?」

「落ち着け。じゃれてきてるだけだ。あの鰭竜、案外ただの寂しんぼなのかもしれん」

「あ、でもあっちの船、やばそうです」


 ルルホの指差す方を見ると、サラザール号の甲板が騒がしい。どうやらメロウ族の男が何人か飛び降りようとしている。他のメロウ族や水夫達が止めようとしているが、どうも厳しそうな雰囲気だ。


「もー、あいつらしょうがないなぁ」


 ファルカと同年代の若い連中らしい。

 若さ故の無謀さというところか、ファルカに良いところ見せたいだけなのか……。

 どこの世界にもいるんだなーと、眺めていたら、サラザール号から3つの小さな水しぶきが上がった。


「あー、もー、やりやがった!」


 呆れるやら、はらはらするやら、怒るやら、複雑なファルカ。

 どうやら騒ぎが起きているのは、サラザール号の方のみで、シャルパンティエ公爵が指揮するユジーヌ号の方はまだ落ち着いているようだ。

 サラザール号の様子を見てすぐに救助のためロープを下ろしている。


「さすが公爵様。で、あっちはどうするか……」


 鰭竜にしてみれば、面白そうなの見つけてはしゃいでいたら、なぜかそれがご飯くれたといったところだろう。

 飛び込んだメロウ族を捕食しようと大喜びで向かっていく。


「あたしちょっと行ってくる!」

「何? ちょっと待て!?」


 彩兼が呼び止めるも、ファルカは迷うこと無く海に飛び込んでしまう。

 ひらひらとデッキに舞い落ちる純白のパンツ。


「すまん、ルルホ。船外機で出てくれ。馬鹿共のフォローを頼む!」


 アリスリット号に2機搭載されている船外機は、補助動力であると同時に、水上バイクとしてに分離独立して活用できる。


「わかりました! あの子ちょっとぶん殴ってきます!」

「頼む」


 ルルホは左側の船外機に慣れたように跨ると、操縦桿を起こし、それを変形させる。

 左右連結した船外機が、双胴の水上バイクになってアリスリット号から分離、モーターを唸らせ、猛スピードで波間を駆ける。


 さて、粋がって飛び降りたメロウ族の若者3人はというと、早々にパニックに陥っていた。

 その手には精霊魔法で海水を凝縮、固形化させた矛が握られているが、これが鰭竜に全く通用しなかった。

 矛を突き刺そうとしても、鰭竜に触れた瞬間、霧散し消えてしまうのだ。

 鰭竜は確かに早いが目で負えないほどではない。また、小回りが利かないらしく、大口を開けて襲いかかる鰭竜を今はなんとか躱しているが、背後を見せれば間違いなく食いつかれるであろう恐怖で、逃げることもできず、神経をすり減らしていく。

 1人のメロウ族が2人の仲間を逃がすために自ら囮になろうと、果敢に鰭竜に挑んでいく。

 水の槍を手にして気を引こうとするが、無常にも鰭竜はそれを無視。脱出しようと背を向けた1人に向かって一直線に進んでいく。

 あわや、捕食される寸前、白い鱗をもつ美しい人魚がそこへ割って入った。ファルカだ。

 海水がファルカの頭上でドリルのように渦を巻き鰭竜にも匹敵する速度でその鼻先を掠める。

 ファルカから発生している水圧で、食われそうになったメロウ族の男は弾き飛ばされて難を逃れる。

 メロウ族の奥義コホリンドリュー。

 海水を操り固形化させることでメロウ族はそれを武器とするが、ファルカのそれは回転させることで、機動力と攻撃力を引き上げている。

 普通の生物ならこれで大穴を開けられるほど強力な精霊魔法で、メロウ族でもその使い手はそうはいない。

 しかしそれをもってしても、鰭竜には傷ひとつ付けることはできず、また魔力消費が激しいためファルカも相当疲弊することになる。

 仲間を助けることに成功したファルカだったが、状況は見事に悪化させていた。

 ファルカはこれでも彼らにとっては大事なお姫様なのだ。彼女を助けようと、また数人飛び込んでしまったのである。

 鰭竜にとっては入れ食い状態だ。


「早く船に上がって!」


 海面に顔を出して、仲間に船に戻るように促すファルカ。

 その隙を鰭竜は見逃すはずがない。大口を開けてファルかを狙ってくる。

 しかしその牙の一本が、横合いから飛翔してきた矢によって弾け飛んだ。海中に姿を消す鰭竜。

 見ると併走する船外機のシートをふくらはぎでグリップし、弓を構えるルルホの姿。

 ポニーテールをなびかせて、重心移動で華麗に船外機を操ってみせるその姿に、船上から歓声が上がる。


「捕まって!」


 ルルホが投げたロープのついた救命浮き輪を掴む。ファルカが、船外機に引っ張られていく。そこに一拍遅れて水中から巨大な口が現れて閉じた。

 ロープを手繰り寄せながら、どうにかファルカが右側の船外機へとよじ登ると、その頭に頬を膨らませたルルホの拳骨が落ちる。


「「馬鹿っ!」」


 そして、ルルホと船外機のスピーカーからの彩兼の声が綺麗にハモった。


「うぅ……ごめん」


 涙目で頭をさするファルカ。反省はしているようである。


「お前が飛び込んだおかげでメロウ族の連中がまた何人か飛び込んじまった。救助のフォローするぞ、いいな? 2人とも」

「「了解」」


 ルルホとファルカが船外機の上で、お互いの平手をパチンと打ち合わせると、連結していた船外機が左右に分離、それぞれ海上のメロウ族を引き上げ中の採掘船へと波間を駆けていく。


 ファルカを食べ損なった鰭竜が船に上がろうとするメロウ族を狙って海面に姿を現した。

 その背中にルルホの放った矢が突き刺さるが、鰭竜はまったく気にしている様子はない。

 大熊の心臓を一矢で射抜ける強弓も、鰭竜にとっては小さな刺が刺さる程のものでしかないようだ。

 二本、三本と矢が刺さって、ようやく意識をこちらに向けることができたようだ。

 続いてファルカが船外機で鰭竜前方へと回り込み、海水から形成した刃ですれ違いざま鰭竜を切り裂く……ことなく、やはり刃は鰭竜の表面で霧散し全くダメージを与えることはできなかった。


「あ~、鰭竜の流体推進のせいだな。奴の方が精霊への干渉力強いから、同種の精霊使った魔法はかき消されるんだろ」


 アリスリット号の操縦席上にあるハッチを開き、自らも水中銃で鰭竜を狙いながら冷静に考察を述べる彩兼。


「そんなぁ」


 しょんぼりファルカ。すっかり役立たずである。

 メロウ族の精霊魔法は通用しない。だったら物理で殴ろうと、その変に武器になりそうな物が落ちてないかとファルカはあたりを見回す。

 そして、すっかり忘れられ、波間に浮かぶ自分に似せたソレを見つける。


「ファルカ、何やってるそっち行ったぞ!」


 ファルカめがけて突き進んでくる海面に浮かぶ黒い影。

 ファルカはその疑似餌を急いで船外機へ引き上げると、ヤケクソのようにその影めがけて思い切り投げつけた。


「どりゃぁぁっ!」


 放物線を描き落下する人魚型の疑似餌。

 意味がないと思われたファルカの行動だったが、鰭竜は誰もが思いもよらぬ動きを見せた。

 大きく海上へと躍り出た鰭竜が空中でぱくっとそれに食らいつき、海中へと消えたのだ。


「「「あ」」」


 呆気にとられる彩兼、ルルホ、ファルカ。

 ガクンと揺れて、海中へと引かれていくアリスリット号。


「フロート展開、反転180度、最大船速。ウインチ巻き上げ開始!」


 思わぬ僥倖に喜んでる暇はない。音声入力でアリスリット号に指示を出し、彩兼は船内に飛び込みハッチを閉める。

 小さく軋む船体。バランスを大きく崩し横転しそうになるになる寸前、黒いフロートがアリスリット号を囲い込むように膨らみ、それを防いだ。

 爆音と水しぶきを上げて加速するアリスリット号。鰭竜を引ずるように海原を駆け、随伴する2隻の船の間を通過する。

 アリスリット号から甲高い警笛がなった。作戦第二段階への合図である。

 メロウ族が船から次々と船から飛び降りていくと、アリスリット号に引っ張られた鰭龍に並走を始める。


 精霊魔法にはその空間において使える力が有限であるという特徴がある。

 彩兼の理論で言えば、魔力と呼ばれる因子Xで突然変異した微生物、バクテリア等と謎の力で交信して使役することで引き起こされる現象である。

 それならば同じ精霊の力、を一定の間隔内で何人もの使い手が一度に使おうとするとどうなるか?

 答えは、精霊の力は分散してしまい、得られる力は弱くなるである。

 彩兼の狙いは、鰭竜の武器である口を封じたところで100人以上のメロウ族を投入。一斉に精霊魔法を使わせることで鰭竜の精霊魔法による力を弱めることにあった。

 鰭竜は体の造りを、精霊魔法による流体推進に特化させている。つまり、精霊の力が使えなければ泳力はガタ落ちしてしまうのだ。

 この状態ならば銛など武器を使えば、討伐も可能かもしれない。しかし、鰭竜の巨体とその膂力は健在で、メロウ族も精霊魔法が使えず力を発揮できないため、苦戦は免れない。犠牲が出ればその分鰭龍に精霊の力を与える事になるため、リスクが非常に大きい。

 彩兼が目指しているのは誰ひとり犠牲を出さない完全勝利だ。

 流体推進さえ使えなければ、鰭竜の泳力は大したことはない。アリスリット号は丸太を引くように西へと舵を切る。

 メロウ族の速度に合わせて、およそ1時間ほどで、目的の場所が見えてきた。

 弧を描く美しい砂浜。向こうの世界でそこは天橋立とよばれていた。

 作戦はいよいよ大詰めだ。

 再び警笛が鳴り響き、メロウ族と船外機の2人がその場を離れていく。

 精霊の力を取り戻す鰭竜だったが、全力のアリスリット号に搭載された2基の水素ジェットエンジンの本気はそれをはるかに凌駕する。

 2つの噴射口には4枚のベクトル変更パドルがクロス状に取り付けられ、船の方向を自在に変える。

 なんでこうなった? という問いに譲二は清々しい程の笑顔で言った。ATD-Xが格好良かったから真似してみたと。

 燃料である水素は、ソーラーパネルで得た電力で海水を分解して作り出している。

 元々は燃料電池と超伝導モーターが取り付けられる予定だった。ところが……、小型高性能淡水化装置を作っていたはずの譲二、しかし完成させたのはなぜかジェットエンジンだった。

 そのときの譲二のドヤ顔は脳裏に焼き付いて離れない。母親が写真にしっかり残していたようで、後に遺影として使われた。

 この摩訶不思議な譲二マジックに比べれば、精霊魔法など理科の実験程度に思えてしまうくらいである。

 燃料である水素の残量は残り3割。ジェットエンジンは強力だが、燃費も悪い。メロウ族の協力が無ければここまで鰭竜を引っ張ってくることはできなかっただろう。

 砂浜へ向けて全速力で進むアリスリット号。


「フロート最大展開。上陸モードへトランスフォーメーション」


 アリスリット号の周囲を囲うフロートが、船体を持ち上げるほどにまで大きく膨らみ、アリスリット号はホバークラフトへと姿を変える。

 ジェットエンジンと、ベクトル変更パドルの搭載で可能になった水陸両用形態だ。

 任意に展開できるフロートは、元々は安全にどこでも接岸できるように搭載されていたが、その機能を拡張。ジェットエンジンのパワーで船を浮かび上がらせることが出来るようになり、噴射口に付けられたベクトル変更パドルで方向転換も行える。


「くっ!」


 アリスリット号が砂浜を走り抜けた後、一瞬背後から引かれたかのようにがくんと船が大きく揺れた。

 砂浜に乗り上げた鰭竜。その重量に耐え切れず、ついにワイヤーの先にあった巨大な鈎針が、鰭竜の喉を割いて外れたのだ。

 鮮血をまき散らしながら暴れ、のたうつ鰭竜。普通の鯨ならば陸に乗り上げると自重で動けなくなるが、さすがは魔獣といったところだろう。

 しかしそれもしばらくのことだった。

 上陸モードを解除し、海面でドリフトするかのように水しぶきを上げて急静止したアリスリット号。

 その操縦席から、砂浜の様子に目を向ける。


「さぁ、仕上げです。長官」




 弓状の砂浜にはすでに警邏庁の衛士達が配置を終えて待ち構えていた。

 漆黒の具足を身に付け、巨大な太刀を背負った警邏庁長官フリックス・フリントと、その部下の精鋭達だ。

 狭い場所故、数は多くない。50人もいないだろう。

 しかし、陸に打ち上げられた鰭竜を仕留めるには十分だった。


「弩、放て」


 車輪のついた台車で運ぶ、大型の弩はこの世界で人が持つ最強の兵器である。

 それが2基、フリックスの下知の元、弩から太い杜が放たれ、鰭竜の首を貫き、腹に突き刺さる。

 フリックスが軍配をふるう。

 瀕死となった鰭竜を、槍を構えた衛士達が左右から取り囲む。


「総員、獣槍構え……進め!」


 幅広で無骨なノコギリ状の先端の横に半月状の刃ついた二股の長槍は、対人用にはほとんど使えないだろう。衛士達はその半月状の刃を上に、地面に対して垂直に構え、雄叫びを上げて砂浜を駆けていく。

 獣槍は魔獣を殺すための武器だ。突き刺さしてから、、真下に向けて渾身の力と体重をかけながら引き抜く。ノコギリ状の刃は肉を引き裂きながら抜けていくようにできている。

 為すすべもなく、全身を切り裂かれ、虫の息の鰭竜。

 その眼前に立ち、フリックスは背中の太刀を抜く。鰭竜は美しい砂浜をその血で真っ赤に染め、力なく濁った目だけをフリックスに向ける。


「ふんっ!」


 鉄塊のような太刀が振り下ろされる。そして鰭龍は頭を叩き割られ、息絶えた

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