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八話 絵本の世界に憧れる男子校生

「お会計――円になります。プレゼント用ですか?」

「いえ、自宅用で」

「かしこまりました。....丁度おあずかりします。ありがとうございました」


「あー....また『プレゼント用ですか?』って聞かれちゃったな。わかるよ。僕が逆の立場だったら学ランきた高校生が絵本買うって、小さい弟か妹にでもあげるのかな?とか思うもんな、普通。でも残念、自分用なんだなこれが。....誰に向かって言ってるんだ、僕」


母親に読み聞かせてもらった絵本や幼稚園で時々先生が読んでくれたとても大きい絵本(正式名は大型絵本、らしい。そのまんまだな)。幼心にも深く楽しめた事は未だ鮮明に覚えている。


――りんご、おいしそうだな。

――いろりって、そんなにあったかいのかな。

――たかい木だなぁ。のぼったらどうなるんだろう。おりるときこわそうだな。

――えほんのせかいに、はいりたい

なんて思ってたっけ。

新しい作品を読み聞かせてもらう度に、絵本の中の世界への憧れが強くなっていった。

一度でいいから、入ってみたい。高校生になった今、現実を知って叶わないとは理解しているが絵本好きは変わらずこうして定期的に絵本を買っている。

(なんとなく気恥ずかしくて親や友人には内緒。内緒といえば、世の中の男子高校生といえばいわゆるエッチな本の隠し場所としてベッドの下を選ぶと聞いた。一方僕はというと、ベッドの下には絵本が隠してある。....なんだろう、この差。僕がより幼稚に見えるのは気のせいだろうか。悲しくなったのでこれ以上は止めよう。)


「とにかく目当ての絵本を買えたのは良かった。げ、気付いたらバイトの面接の時間だ。急がなきゃ」

最近特に絵本買ってるからな。バイトして多少でも稼いでおいて、また絵本を買う資金にしたい。面接先の本屋は....ええと、あの角の先だったよな。近くて助かった。

(ちなみになぜ絵本を買った本屋を面接先にしなかったか?というとまず単純に求人を募集していなかったから。後は今から行く面接先の本屋さんの雰囲気が好きだと思ったから。って、本当に誰に向かって言ってるんだ?僕)


「....いやいやいや、嘘、だろ....」

閉店のお知らせ。

へいてんのおしらせ。

ヘイテンノオシラセ。

俺の目が間違っていなければシャッターが下りていて、張り紙に無慈悲な文章が書かれているんですが。どういうことでしょうかこれは。

予定ではこれから面接して熱意を語ってバイトが見事に決まって、絵本貯金への一本が踏み出せるはずなんだよ。コツコツ通帳に預金額が増えて、上手にやりくりするんだって。信じたくない....

「僕の目が間違ってるって、言ってくれぇ~....急すぎだろ、しかもこっちは数日前に面接予約してたのに電話の一本も無しとか!なんだよそれ!ありえないだろ!....はあ」

仕方ない。また新しいバイト先候補、探すか。このへん他に良さそうな本屋あったっけ?まいったな。とりあえず....今日は帰ろう。心が折れた。ポッキリいった。回復不能クラスかもしれない。さっさと帰ってご飯食べて宿題済ませて、寝よう。普段なら寝る前にベッドに寝転びながら絵本を読むんだけれど、もうそんな力も残ってないかもしれない。


「飼い犬に手を噛まれる....は違うか。鳩が豆鉄砲をくらったよう、うん、これだな、まさに今の気分。すっきり。虚しいけど。あーもう、本当にありえな....ん?」

ふと目に入ったのは、雑貨屋の看板。【みずいろめがね】と書いてある。木目調の板が暖かさを醸し出しており、親しみやすくそれでいて独創的なデザインが疲れた心に染み渡っていく。

まるで――

「一個の物語ができそうな看板、か....絵本、みたいだな――」

雑貨屋なんて全然入ったことないしあまり興味がないのに、何故か視線が釘付けになっている自分がいた。帰る前に少しだけ入ってみようか。入ってみて合わなければ出ればいいんだし。

「百聞は一見にしかずって言うしな。いきますか」



「よいしょ、と」

ゆっくりとドアを開く。

なんだか物語の主人公になった気分だ。棚の一角に並んでるぬいぐるみたちは心強い仲間ってところか。友人に知れたら笑われてしまうこと間違いなしの妄想を初めて来た店で思いっきりフル回転させてしまう僕ってもしかして相当メルヘンで痛いやつなのではとか考えてはいけない。

「いらっしゃいませ」

出迎えてくれた店主さんといつだったか母親が読んでくれた仕立て屋さんの絵本に出てくる世話好きの女性の姿が重なるのはどことなく包容力を感じるからだろうか。

はにかんだ顔がまたそっくりで、まじまじと見つめずにはいられない。

「お客様、何かお困りですか?それとも、何か商品をお探しでしょうか?お気軽に仰って下さいね」

「あ、ええっと、特に困ってはないです。ありがとう、ございます....」

「ふふ、どういたしまして」

(うう....自分でも解る。今の僕の受け答え、完璧に挙動不審だよなぁ....恥ずかしさで死にそう。や、やっぱ帰ろう、早急に、速やかに)

はい、出口に向かって回れー、右。店主さん、なにも買わずにごめんなさい――


――ガタッ。パラパラパラ


「え?わ、わぁっ、すいません!」

肘が棚に触れて商品を落としてしまうなんで、ますますもって挙動不審じゃないか。早く拾って帰ろう。何落としたんだ。

「?これは....種?」

雑貨屋って何でも売ってるんだな。家庭菜園やってる母さん連れてきたら喜びそう。珍しそうな種だし。

「フォーチュンシード、と私は呼んでいます。育てると、面白い運試しが出来ますよ」

「運試し、ですか....?」

「フォーチュンシードはとても不思議な種。何の植物が育つか解らない。育った結果は一人一人違う。つまり、自分だけの花ができる....というわけです。どうです、騙されたと思ってお客様もおひとつ、いかがですか?」

「は、はあ....」

――胡散臭い。あまりにも、胡散臭すぎる。店主さんが世話好きの女性というより、チェシャ猫に見えて来たんだが。かといって手ぶらで帰りにくくなったし....それに、新しい絵本を買ったときのわくわく感を感じるのは何故だろう。

....一か八か、乗ってみるか。

「じゃあひとつ、下さい」

「かしこまりました。....こちらお釣りです、ありがとうございました、またお越しくださいませ」




「やーっと帰ってきたー....家に余分なプランターまだあったんだ。土は母さんが使ってる余りを貰ったし、準備はこれくらいでいいかな」

あとは野となれ山となれ。白紙の絵本はどんな物語を見せてくれるのか。え?また脳内お花畑になってるって?――忘れてくれ。頼む。



そんなこんなで準備して、種を植えて、水やりして。案外適当にやっても植物って育つんじゃなかろうか。ハイスピードで成長した種は花を咲かせ、実をつけていく。つつがなく育っていく種と同じように日々も変わりない――はず、だったのだが。

「う....のど、かわいた」

夜中に猛烈な喉の渇きを覚え、目を覚ます。台所に水飲みにいくか。....あれ?枕って、こんなに大きかったっけ。ベッドだって、掛け布団だって、巨大に、なってないか?いや。

「僕が....縮んでる、のか」

あ、夢と現実がごっちゃになってるやつかこれ。まだ夢を見ているんだ、きっとそう。なーんだ、安心。ほら、頬をつねったって痛くも――

「いててててっ!そんな....馬鹿な」

まさかの現実。

面接先が閉店していた時と比較にならないくらいまずくないか、これ。どうするんだ。そもそもなんで縮んだ?どこのファンタジーだよ。....アリスに薬を飲んで縮んだシーンあったな、そういえば。現実逃避したい、いや、してる。全力で。

「とりあえず水が飲みたい....ドアの下にちょっと隙間があるからくぐって....っと。よし、通れた!問題は台所についてから――え」


プチ。


『あら嫌だ、何か踏んじゃったわ。虫かしら。嫌ね、もう秋なのに。スリッパ履いてて良かったわ、ティッシュで拭いて....うん、これでよし』




奇しくも植物の実が弾けたのは、夜中だと知らないまま、身を弾けさせた者が一人。




数日後、雑貨屋【みずいろめがね】にて。

「今日の営業も無事終了。さて、TVでも見るとするか」

『――明になってから、4日が過ぎました。警察官総出の捜索が続いていますが、未だ見つかっていません。母親の○○さんは涙ながらに――』

「ニャンッ!」


プツンッ


「あ、こらルピ!リモコンを踏んでは駄目じゃないか。最近いい子にしていたから油断していたよ。....ああ、もしかしてお腹が空いたのか?ほら」

「ニャアーン♪」

「全く調子がいいな。なに?もっとほしい?」

「ニャアアア」

「わかったわかった。今回だけだぞ。ゆっくり食べるといい」

「ニャアー」

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