五話 靴収集家のOL
ハイヒール、パンプス、ブーツにミュール。靴は女性を可愛く、或いは美しく飾り付けるために一役買ってくれる必需品。
様々な靴の中から、シンデレラの硝子の靴のようにその人に向けてあつらえたかのようなサイズとデザインの靴がきっとあるはず。私はその【硝子の靴】を探して休日には決まって靴屋廻りに精を出している。
もちろんオーダーメイドが自分にぴったりの靴を手に入れる一番手っ取り早い方法であることは知っている。でも私は思うのだ。
偶然ふらりと立ち寄った靴屋で、【硝子の靴】を見つけたら。
オーダーメイドよりもときめきがあるんじゃない?
って!
「ありがとうございましたー」
(今の店、外観も内観も綺麗だったし売ってる靴もクオリティ高かったな。悩みに悩んで目をつけたパンプス数点、今回は我慢したけどすごく好み。うん、これから定期的に行くリストに入れておこう、あまり高い靴は買えないけどそこそこの値段でいい感じの靴は選べるよね。よっし!)
「当たりの店見つけられて良かったな~日頃の疲れもふっ飛ぶカンジ!」
近頃上司に細かいミスを叱られたり残業続きだったりで落ち込んでいた気持ちが急激に回復してきた!
ブチっ。
「....ブチ?って、あーーー!片方パンプスの紐ちぎれたし紐についてた飾りとれたああ!」
前言撤回。落ち込みモードに逆戻り。むしろマイナスだわ、マイナス。
「【硝子の靴】に近いかなって思うお気に入りのやつだったのにぃいぃ....はあ、仕方ない。さっきの靴屋さんに戻って安めの靴買おうかな。想定外の出費ってほんとないわー....」
とぼとぼ、という言葉だったり効果音を本やゲームで見たことがある。
(まさかリアルに自分が使うことになるとは思わなかったなぁ)
紐が切れてしまった方のパンプスを履いた足を庇いながら先程の靴屋へ向かう。幸い距離はそれはほどないものの足取りは重い。自然と目線も下を向いて、歩く。靴、捨てるの勿体ないな。修理....また出費....はああああ。
「やってられなーっっきゃあああ!?」
今度はズシャアアア、という効果音がぴったりなほど綺麗に.... こけた。なにこれ泣きっ面に蜂ってやつ?勘弁してよ。
「あのー....大丈夫ですか?」
「へっ?」
顔を上げるとうわ、美人。女神がいたらこんな容姿なのかな。何食べたらこんな美人になるんだろう。羨ましい。嫉妬爆発しちゃいそう。
「も、もしかして話せないほど痛いんですか!?大変、救急車を」
「わああっ、すいませんすいません!大丈夫、大丈夫ですから!ご心配ありがとうございます」
「そうですか?でも見た感じ結構擦りむいていますよね、良ければ私が経営している雑貨屋で消毒だけでもしていかれませんか?ほら、あの看板の店です」
指差された先には【みずいろめがね】と書かれた可愛らしいお店が見えた。正直こけた足で靴屋まで戻るには距離があるし、擦りむいた所が痛いしで半泣きになりそうだったので物凄く有り難い申し出ではある。甘えられるなら全力で甘えてしまいたい。しかし初対面の人に(しかも勝手に嫉妬までした人に)甘えてしまっていいのだろうか。
「宜しいんですか?」
「もちろんです。そうと決まれば消毒は早い方がいいですね。行きましょう」
神様ごめんなさい。私はこんなに素晴らしい人に嫉妬してしまいました。今ここに懺悔します。
「はい、消毒完了です。お疲れ様でした」
「ありがとうございました。本当に助かりました」
「いえ、困った時はお互い様と言いますから。お役に立てたなら良かったです」
「また何かきちんとお礼させて下さい。では今日はこの辺で失礼します」
「あ、待って下さい。もう少しお時間を頂けますか?」
「?何でしょう?」
「私、最近アンクレットを自作しているんです。紐を基調としている物も作っていてこれは試作品なのですが、家に帰るまでの靴紐の代わりになりませんか?」
「こ、これは....!」
この完成度の高さで試作品なの?
思わず手に取って、パンプスに通してみる。元々のパンプスの色味を邪魔せず、紐としてもばっちり機能していて、着け心地も悪くない。
「....ぴったり、です」
「良かった。思いがけない形で活躍するものですね。それ、差し上げますよ」
「店主さんには感謝してもし切れません....あの、いくらお支払いすれば」
「試作品ですしお代は頂けません。そのままお持ち帰り下さい」
「では、ええと、何かオススメの商品はありますか?また後日お礼をしに伺うにしても、この場で何も買わずに手ぶらで帰るのはあまりに申し訳なくて....」
「気にしなくても宜しいのに。でも、そうですね....どうしてもと言うならこちらは如何です?」
「これは....種?」
植物にはちっとも詳しくないんだよな....知ってるのは小学校で育てたトマトとかきゅうり、あとはひまわりに朝顔....くらいか。他にも名前を覚えた植物はちらほらあるけれど覚えては忘れ、覚えては忘れての繰り返し。友人にある意味才能だよとか馬鹿にされたっけ。そんなこと言われたって興味ないんだから仕方ない。
この種、形はひまわりっぽいけど模様とか細かい所は違うなあ。それにやったらカラフルじゃない?何の種だろう。
「フォーチュンシード、と私は呼んでいます。ほら、食べたあとにおみくじが出てくるフォーチュンクッキーがあるでしょう?その種バージョンです。不思議なことに何が育つかは解らない。面白い運試しだと、思いませんか?」
運試しの種なんて、そんなものあるのか。嘘じゃないのか。
ああそうか。もしかしてこの種がやたらカラフルなのは店主さんが色づけしていて、見た目にも楽しめるようになっていて子供が特に喜ぶやつで。本当はなんの植物が育つのか解っているけれど。あまりにも畏まる私に気を使ってユーモア溢れる作り話をしてくれているんじゃないのか。きっとそうだ。納得。
「お安くしておきますよ。....如何です?」
「じゃあ、下さい」
「かしこまりました。お買い上げありがとうございます」
「色々良くして頂いて....では、また」
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
「これをこうして....うん、いい感じ!」
帰宅して人心地ついてから、店主さんから貰ったアンクレットの結び方や通し方を徹底的に調整してみた。帰るまでは応急処置の意味合いが強かったけれど、まじまじと見つめると本当に悪くない。悪くないどころか、とても好み。
もしかしたら....【硝子の靴】に一番近い靴が、できたかも。
気がついたら夢中で作業していて、結果は大満足。我ながら中々の出来だ。
「あの店主さんにはほんと頭上がらないな~。今度持っていくお礼、何がいいか考えとかないと。あ、そうだ」
店主さんにオススメされて買った種。正直あそこまで気を使ってもらって買わないわけにはいかないでしょ、って思って買ったけど育てる?どうする?うーん、面倒だけど花が咲いた写真を撮れば次雑貨屋さんに行った時に持っていってこんな花が咲きましたよ、ありがとうございましたーって話の種にはなるかもしれない。買ったのが種だけに。何言ってるんだろう私。
....写真、かぁ。もしかしたら喜んで貰えるかも。
あれだけお世話になったんだ。これくらいの労力を惜しんでいたらバチが当たるだろう。
「よーし!」
善は急げと道具を揃え種を植えてみて、ベランダに置いてみる。とりあえず水と肥料?に気をつければなんとかなるはず。
次の日に寮の隣室の同僚(私が住んでいるのは社員寮なのだ)がお前が植物育てるのか?ガーデニングってやつ?似合わなねー、とか言ってきたのを殴らなかったのは個人的にグッジョブ。
それから月日が過ぎるのは早いもので、あっという間に植物は花を咲かせて街は夏の終わりから秋の始まりという印象に。
「写真撮影しなきゃ。お、綺麗じゃん。どれどれ....あれ?」
植木鉢の土の傍に何か、落ちてる。
「これ!無くしたと思ってたブレスレット!な、なんでここに!?」
いくら探しても結局見つからなかったお気に入りのブレスレット。真ん中の大きめなのに媚びすぎない青い石が特に実家の傍の海の色を思い出して、泣きそうになる暖かさがあって、大好きだった。
以前部屋中ひっくり返しても見つからなくて、諦めたのに。
「フォーチュンシード....」
種が不思議な力でブレスレットを導いた?
「まさか.... ね」
とにかく見つかって良かった。
「そうそう。この青。実家が恋しいときよくブレスレットをお守り代わりにしたっけ。靴にも同じような青い石がついた【硝子の靴】があればいいのになぁ。....青い、石」
ないならブレスレットの石を、つけてしまえばいいのでは。
「ブレスレットとしては使えなくなるけど、どうしよう、やってみたい....」
葛藤すること数秒。 (決めるのは早い方がいい、は両親の口癖であるからして、見事に遺伝しているらしい)
「――できたぁ!」
紐が切れていない方のパンプスの丁度いい位置に青い石をボンドでつけてみた。強力で剥がれる心配はほぼ無し。ボンドの接着跡は見た目にも気にならない。
ついに。
ついに。
「――これが、私の、硝子の靴!」
声高に叫んでしまうくらいに最高の硝子の靴が。今ここにある。
(そういえば咲いた花、何の花なのか調べてないや)
(まぁ、いいか。不思議な花は不思議な花のままがいいってことも、あるかもしれないしね)
数日後。雑貨屋【みずいろめがね】にて。
――カランコロン
「こんにちはー!」
「いらっしゃいませ。....ああ、お客様はこの間の。擦り傷はもう大丈夫ですか?」
「その節はどうも。もう平気です。ご心配おかけしました。これはお礼です、受け取ってください」
「どうも恐縮です。後でゆっくり確認させて頂きますね。――あらお客様、その靴」
「ああ、お気づきになられました?店主さんから頂いたアンクレット、耐久性も十分ですしとても気に入ったのでそのまま使わせて頂くことにしたんです。後、ほら」
「素晴らしいですね。青い石、ですか。よくお似合いです」
「ありがとうございます。実は店主さんオススメのフォーチュンシード、あれから花を咲かせたんです。写真、良ければどうぞ。で、フォーチュンシードを植えた鉢の傍に無くしたはずのブレスレットが落ちていて。急にインスピレーションが湧いてブレスレットに付いていた石をつけてみたんですよ。お気に入りなんです」
「写真、ありがとうございます。立派に咲いていて、可憐な....大事にします。それにしても無くしたものが現れるとは幸運でしたね」
「そうなんです。もしかしたらフォーチュンシードの力が働いたのかも?なんて」
「ふふ、そうだとしたらこちらも嬉しいです。オススメした甲斐がありました」
「あ、いっけない!これから家族と待ち合わせなんです。名残惜しいけど今日はこれでいかなくちゃ」
「ありがとうございました。また、いらして下さいね」
「ニャー」
「早速袋の中身が気になるのかい?どれ、開けてみようか。」
「ニャアアアアアン!」
「おっと。フルーツの詰め合わせとは。フルーツが食べられないルピには残念だったな」
「ニャアア」
「ああ、こら、写真をかじろうとするんじゃない。これは彼女だけの【花】を写した大切な写真なのだから」
「ニャー」
「ん?私の花はどんなか?それは――秘密だよ」