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四話 修行中のパティシエ見習い

スイーツは多くの子供たちを笑顔にするというようなことをいつだったかTVで言っていたのを聞いたが、それは大人にも当てはまることだと思う。例えばケーキだと色とりどりの果実。ケーキごとに異なる見た目。食べておいしい。見て楽しい。何が言いたいかというと、その。スイーツは。特にケーキは、いいものだ。



小さい頃からスイーツに魅せられて気付けばパティシエになるべく修行街道まっしぐら。慣れない事よりも楽しさが勝る日々にも疲労は確実に蓄積するわけで。疲労には糖分補給しなければ。本当に好きなんだな....って生暖かい視線が刺さる気がするけどきっと気のせいさ。

「曲がり角の向こうのケーキ屋、モンブランが特に美味かったっけ。よし。買っちゃいますか。」


入った店で新作ケーキが予想外に多く並んでいて選ぶまでにかなり時間がかかったのは嬉しい誤算だな。


「~♪今日は特に奮発した、買った買った。モンブラン、新作のフルーツたっぷりタルト、ショートケーキにチョコケーキ。帰ってどれから食べるか迷うなぁ....いっそ全部並べて一気に食べるか。一つづつじっくり食べるか、一気に食べて味の七変化を楽しむか。それが問題だ。なんてね」

ご機嫌で歩いていると目の前に何か四角い物がひらり、と舞う。しゃがんで見てみると

「写真か。わ、美人が写ってる」


白髪の男性に、長い黒髪が印象的なスレンダーな女性。父娘だろうか。女性が無邪気に笑っている様子を男性が慈しみを含んだ目で見ている。僕は写真家ではないけれど、素人目から見ても思わず顔が綻ぶような。

「....いい写真だな。にしてもこんなに美人なコが知り合いにいたら、絶対ほっとかないだろうな、僕」

「ふふ、それはどうもありがとうございます....と返しておきましょうか」

「....え?」


夢、だろうか。

先程まで見ていた写真に写っていた女性が

目の前にいるなんて

やはり、その美しさには目を見張るものがある

特に瞳に吸い込まれそうに

(....って何を考えているんだ僕は!落ち着け、落ち着くんだ。これはきっと夢なんだ。ああでもこんなにいい夢なら、覚めないでほしい)



「....おーい、もしもーし、大丈夫ですか?聞こえていますか?」

我に返ると目と鼻の先に美人がいる、という状況に再び取り乱しそうになるけれど堪えた僕を誰か誉めてほしい。切実に。


「!あっ、すいません、ボーっとしてしまって。先程拾った写真に写っていた女性とあなたがそっくりなのでつい....びっくりしてしまって。失礼でした、すいません」

「そんなに謝らなくても大丈夫ですよ。お察しの通りその写真は、私の物なんです。写っている女性も、私。拾って下さりありがとうございます。先程風にあおられて飛んでいってしまって困っていたんです。助かりました。それ、渡して頂けますか?」

「あ、は、はい、どうぞ」

「改めてありがとうございました。お礼も兼ねて貴方を私が経営している雑貨屋に招待したいのですが、如何でしょう?もちろん無理強いはできませんが。貴方が持っている箱、近くのケーキ屋さんのものでしょう。雑貨屋の一角に小さいけれどカフェスペースがあるんです。ケーキに合うコーヒーか紅茶でも、良ければ淹れさせて下さい」

「そんな、い、いいんですか?」

「もちろん。コーヒーか紅茶がお嫌いでなければ....ですけれど」

「ぜ、ぜひ!コーヒーも紅茶も大好きです!」

「良かった。決まりですね。ではご案内します」

「よ、よろしくお願いします」


それからお店に案内してもらって、勇気を出して良ければ沢山ありますし僕と一緒にケーキ食べて頂けませんか、と言っちゃったりして(快諾してもらえて嬉しい気持ちと話の途中トンチンカンな返答をしてしまいおまけに変に格好つけていつもは紅茶もコーヒーも砂糖たっぷりで飲むのにブラックコーヒーを頼んでしまい盛大に噎せて落ち込む気持ちと彼女の笑顔に釘付けになった胸が高鳴る気持ちとが混じり合ってずっと動悸が治まらないというラッキーなんだかマヌケなんだかわからない体験をした)

始終舞い上がっていた記憶はありつつも舞い上がり過ぎて部分的にしか記憶がないのがなんとも情けない。店に入った所からやり直したい。気付けばもうすっかりケーキなんて食べ終わり、そろそろ帰りますという雰囲気になっているではないか。

嘆いたってどうしようもないって解っているさ。ああ、解っているとも。


「今日は本当にありがとうございました」

「い、いえ。では僕はそろそろおいとましますね」

「大したお礼もできずすいません。逆にケーキまでご馳走になってしまって。チョコケーキ、美味しかったです」

「こ、こちらこそコーヒー、美味しかったです。ありがとうございました」

「ありがとうございました。良ければまたいらして下さいね」





「はあああああー....今日は色々な意味で疲れた。でも....最高だったな」

家の自室でだらしない顔になったって今日はいいんだよ、だって運命じゃないのか?ってくらい素敵な出会いをしたんだから。え?気持ち悪い?ほっといてくれ、マンションで独り暮らしだし誰も見てないし。せめて今日だけは。

「佐和さん、か....」


そう。全体的に腑抜けていた僕。しかーし!雑貨屋でちゃっかり彼女の名前を聞いていたのだ!自分グッジョブ。自分にガッツポーズ。やったぜ。すばらしい。僕って意外とやり手かも。あ、そろそろ空しくなってきたからやめよう。

「一目惚れって、今みたいな気持ちかもしれない。またあの雑貨屋に、絶対行こう。その時は佐和さんにバッチリ告白するんだ。いや、告白はまだ早いか....まずはデートに誘うところからだな。どうやって誘おう、デート、デート....うわーまた緊張してきた!」


昂る気持ちを何とかして発散しようとして足をばたつかせる。その拍子に傍に置いてあった鞄の中身がぶちまけられてしまう。やってしまった。やっぱり俺は情けないやつなんだろうか。

「あーあー、盛大にぶちまけちゃったな。....ん?」

再び落ち込みそうになった僕の目に留まったのは、見慣れない種。

「うわ、随分と鮮やかな色してるな。鞄ぶちまけた直後に見つけたってことはどっかで何かの拍子に鞄にはいりこんだかな。半端に開いてたし。んー、何の種だ?」

暫くスマホで検索しても見つからず結局すぐ種の名前を探すのは飽き(そこ、僕らしいとか言わない)代わりに種を使った願掛けを思い付くあたりさすが僕。もういい?はい、すいません。


「この種を育てきるのに成功したらまた雑貨屋さんに行って、佐和さんをデートに誘おう!うん、それがいい。妙案」


早速道具を揃え種を育て始めてそれなりに日付が経った頃。綺麗に花が咲き、そしてー

「お、実がなってる!食べられるのか?見た目には毒は無さそうだけど....あれだ、トマトみたいな....この種、トマトの一種だったのか?んー、ちょっと危ない気もするけど....何かスイーツ作りの参考になる気もするし....」


食べるか。

食べないか。悩み続けること数分。いつか自分が作った美味しいスイーツを佐和さんに食べてもらいたい、色々な食材をスイーツ作りの参考にしたいという願望が、欲望が。理性に負けた。


「いただきます!」


ぱく。


「む、無味無臭....」

なんとも拍子抜け。これではスイーツ作りの参考にもならない。

「あーあ、アテが外れたな、ま、スイーツ作りの参考にしたい食材は山ほどあるし、いいか」

明日は自分を奮い立たせるためにカツ丼でも食べよう。佐和さんをデートに誘うミッションにも、スイーツをいつか食べてもらうミッションにも、勝つ!


なんて楽観的に考えていたんだ。この時は。

異変が起きたのは次の日。


(....何を食べても、味がしない)

世に言うところの味覚障害は砂を噛んでいるような感覚、とかいうけれど。僕の場合「味がしない」というだけでなく、痛覚、嗅覚、触覚などなど。視覚以外のあらゆる感覚が全て消え失せていた。


生きながらなして、死んでいるような。ぼんやりと宙を浮いているような、不安定さ。普通の人なら耐えられない感覚かもしれない。僕は。何でここにいるんだろう。かんがえも まとまらなくなってきた なにをすればいいんだ そうだ びょういん びょういんに いかなきゃ


ふらふら


したをめざして あるいて したへ したへ まんしょんの でぐちへ


――た!

――あんた!

――そっちは屋上だよ!立ち入り禁止!ねぇってば!




ほら

ついた





――キャアアア!

――人が!人が落ちてきたぞー!

――誰か!救急車!







同時刻、雑貨屋【みずいろめがね】にて。

「この間は中々に楽しめた。ケーキなんて食べたの、いつぶりだったろうな」

「ニャー」

「ルピも食べたいか。そうだな....近所に動物用のケーキを販売している所を調べてみるよ。少し待ってくれ」

「ニャアア」

ごそごそ。

「ん?あ、こら、商品を私の上着に入れるなと言っているだろう!歯形がつくかもしれないじゃないか。全く....甘やかし過ぎたかな?」

「ニャー」

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