十九話 サーカス団員の男性
「よーしよしよし!!えらいぞ!よく頑張ったな。しばらく休憩にしよう」
ペットの犬や猫その他諸々のしつけと同じように、言われた事が出来たら少し大袈裟なくらい誉める。様々な動物を使役するサーカスでも大事で忘れてはいけない基本だな、と入団したての僕はしみじみ実感していたりする。夢叶い未熟なりに必死に汗を流して練習した後に、動物たちに癒される。至福の時ってやつだ。
きついから好きじゃなきゃやってられないよ、と言われている仕事が世の中にはある事実を知っている。ではサーカスは?と聞かれたら。僕にとっては【好き】から、【もっと好き】になることが出来た。そんな仕事だと思う。
――ところで。
少し疑問があるので聞いてほしいのだが。
今時の子はサーカスをあまり見たがらないのだろうか?団長によると昔は公園などで練習していると自然と子供が寄ってきたらしいが、今は全然寄ってこないどころか、子供自体がいない事が格段に増えたような。何々、近頃騒音問題だったり遊具の安全性の問題がTVとかで取り沙汰されている影響をモロに受けているのでは、か。ははぁ、世知辛い世の中になったもんだね。ゆとりだの面白おかしく騒がれていた僕たちの世代より更に生き辛くなってないか?全く、なんだかなぁ。そう遠くないうちにこの辺りでサーカスを開催するのに、今のままでは充分な集客を見込めそうにない。
「せっかくお前たちが頑張ってるんだもんな。沢山のお客さんに見てもらおうなー。お客さんたち、きっと大喜びだぞ。絶対に成功させような!」
と熱く語ったものの。子供を含めお客さんを出来るだけ多く呼ぶにはどうしたらいいだろう。ポスターを多目に作って商店街に貼らせてもらうか?それとも来場者に何かプレゼントを考えるか。いくつか策は浮かんだが、もう少し考えを詳細に練りたいところ。帰り道に普段寄らない道を通ってみたらアイデアが湧いてきたりしないだろうか。などと雑念まみれの頭で練習を再開したせいだろう。どうにも練習に身が入らず団長に体調が悪いならとっとと帰って寝ろ、明日も休んでいいぞと早めに返されてしまう体たらく。情けないけど集中力が切れると事故が起こる可能性も増すので助かった。頭を冷やしつつ、回り道して帰るとしよう。
「駄菓子屋か。子供向けに駄菓子くじを作ってみるのも面白いかもしれないな」
「服屋は店内のポップの作り方が目を引くな。ポスター製作の参考になりそうだ」
「猫カフェ....そうだ、ライオンやトラ等の猛獣は危険だけど、猿とか小動物とのふれ合いコーナーを終演後に儲けるのはどうだろう。ポスターに書けばよりキャッチーに映るんじゃないだろうか。思い付いたアイデア、今度まとめて団長に相談してみるか。俄然楽しみになってきたぞ!」
段々と上機嫌になりつつ辺りを引き続き探索していると。
「なんだ?あんな所にも店が....雑貨屋か」
【みずいろめがね】という店名にどこか童謡めいたものを感じつつ、参考になる物があるかと気軽な気持ちでドアノブを回してみる。
――カランコロン
「....へぇ」
雑貨屋って思った以上に幅広い年齢層向けなんだな。あれはアンティーク時計で年配受けしそうだし。あっちは手鏡で若い女子向け。でもってこっちは怪獣フィギュアとぬいぐるみ。男の子が食いつきそうだ。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
柔和そうな店主さんだな。
....せっかくだし、店主さんにも意見を聞いてみるか?ここの商品は色々使えそうな物が揃っているし。意見は多いに越したことはないだろ。
「ええと、実は近々この辺りでサーカスを行うんですが、集客方法に四苦八苦していまして。例えば何か子供の喜びそうな物でなるべく安価な、在庫数が多いものはありませんか?集客の呼び水になれば、と思いまして。もし何かオススメがあれば、細かいことは団長と相談して決定する予定なので【購入予約(仮)】という形にして頂けると有り難いのですが。すいません、突然このような不躾なお願いをしてしまって」
「サーカスですか。いいですね。童心にかえりたくなります。予約(仮)の形式、かまいませんよ。お子さま向けのオススメですと....こちらの【みずいろくじ】は如何ですか?丁度最近思い付いて始めたもので、大きい箱の中には小さい人形やヘリコプターなどのおもちゃが入っていて、いわゆる【つかみ取り】方式になっております。お子さま同士でおもちゃの交換も出来ますし、コミュニケーションの促進と集客の呼び水どちらにもなるかと。そしてこちらはお子さま向けでなく、お客様にオススメさせて頂きたいのですが」
「いいですね。団長と相談してみます。今度は団長と一緒に伺うことになるかと。....それは、種、ですか?」
「フォーチュンシードと私は呼んでいます。育てるとどのような花が咲くかは、育ててみないとわからないという一種の運試しが出来ますよ。ふふ、不思議な種でしょう。....如何ですか?」
からかわれているのか、僕は?しかし相談した手前、断りづらい。ぼったくり価格ではないようだしひとまず買ってみるか。
「ではその種を一つ、下さい」
「ありがとうございます。....丁度頂きます、ありがとうございました。またお待ちしております」
「もしかして僕は押しに弱いのか?ごり押しに耐えられずOKしてしまうタイプなのか?」
帰宅してから購入したやたらどぎつい色をしたどう見ても怪しさ満点の種を眺めること数分。今更ながらなんで買ってしまったんだろうか。今度はきちんと断ろうと決意しながらも種を育てないのは勿体無い、と粛々と種を育てる準備を終わらせた僕は断われる男になれる日まで遠そうだ。
「終わりっと。あ、やべ、団長にメールしないとな。心配への感謝とか謝罪とか、相談したいことも解りやすくまとめないと。....手前だけど仕方ない、か」
種を植えてから数日。結論から言うと、店主さんは柔和ではあるが相当食えない、というか他人をからかうのが好きな人らしい。(本人の前では口がさけても言えないが)何故かって?咲いた花を知ればわかるさ。
「どう見たってパンジー、だよな。そりゃそうか。あんな怪しさ満点な話、あるわけないもんな。ま、勉強代と思えば安いもんかもな....ん?」
無意識に植木鉢の側を見ると、懐かしいものが落ちていた。
「ワッペン?あー!これ、実家から間違って送られてきたやつ!俺が幼稚園の時の服に母さんがつけてくれた残り!送られてきた服の間に紛れ込んでたんだよな。....あれ?引き出しにしまってなかったっけ?んー、昨日台風で家がガタガタ揺れた時に落ちてきたかな?ま、そんなこともあるよな。」
ショーの動物にスモック着せて、このワッペンつけて当日お客さんに見せたらウケるかも、なんて。
下らないことを夢想しながら、日々は過ぎ行く――
数十日後。雑貨屋【みずいろめがね】にて。
「ニャァア」
「見てごらん、ルピ。この間のサーカスの様子がテレビに映っているよ。改めて見ても大盛況だったね」
「ニャアアン」
「開演前の子供たちだね。高揚した様子がなんとも子供らしくて可愛いではないか」
「ニャアーン」
「お、【みずいろくじ】もアップで映してくれたのか。有り難い」
「シャーッッ!」
「ルピ、大丈夫だよ。このライオンは画面の中なんだ、実際にいるわけではないさ。」
「ミャアア」
「それにしても....はははっ、出てくる動物みんな幼稚園児みたいな格好をしているな。この発想はなかったよ。そそられるな、斬新で。あの日生で見ていた時も笑いを堪えるのが辛かったのを思い出した。ルピもいつか着てみるかい?」
「ニャアアン♪」
「おお、乗り気だね。ふむ、面白い。そうと決まればまた作っておくよ――」




