第五話
黒服の男――正規部隊の人間であるらしい男と引継ぎの手続きを終えた後、遊祉と涼穏はココロと行動を共にする事になった。
「で、俺らはこれからどうすれば良いんだ?」
「エレクトール教授に付いていけば良いんですよ」
「は? それだけ?」
「それだけです」
涼穏は遊祉の質問に簡潔に答える。
「なんか府に落ちねぇな。そんな感じで良いのか」
「そんな感じと言いますが、ニート先輩。エレクトール教授はここ情戦特区に賓客として招かれている立場なのです。よって下手に怪我でもされれば大問題ですし、況して利用しようとしたり危害を加えようとする連中も少なくないでしょう。それに……」
涼穏は言いづらそうに言葉を濁した。迷った素振りを見せるが結局口にする事にしたらしい。
「言い方は悪いですが……、監視という意味もあるのでしょう」
「監視、か」
情戦特区で定められている特区法は戦術プログラムその他の技術の流出を防ぐ意味合いも持っている。故に外から来たココロが特区法に抵触しないように見張るのが遊祉達の仕事という訳だ。
「ユーシ、リオン。わざわざ付き合わせすまんのう」
「いえ、これが私達の仕事ですので」
「ところで俺達は今、何処に向かっているんだ?」
「中心街です」
「中心街? 第六地区の?」
「中心街にある百貨店の地下で物産展があるそうなのじゃ。ココロは一ヶ月前からこの情戦特区に来ているが、ずっと研究室に篭りっぱなしでのう。もうそろそろ限界なのじゃ。たまには外に出て羽を伸ばしたい」
聞けば百貨店の地下での物産展は多くの店が販売ブースを設け、それぞれに商品を販売しているらしい。
「色々な物が食べられるとあってな。楽しみなのじゃ」
ココロはそう言って快活な笑顔を見せた。
百貨店である大型デパートに到着した遊祉達はそのまま地下へと向かう。
地下は既に多くの人で賑わっていて、熱気が立ち上っているようだった。
「ユーシ、早く早く」
ココロは遊祉の右腕を掴んで引っ張っている。上目遣いでこちらを覗き込んでくる様子に遊祉は一瞬息を吸い込んだ。
まだ子供とは言えココロは端正な顔立ちだ。よくよく見れば見るほど、その整った造詣には美しさを感じずには居られない。透き通るような碧眼にくっきりとした長い睫毛、子供独特の丸い輪郭も有用に働いている。柔らかい感触がふよふよと肋骨の辺りに触れている。
そんな様子を見て涼穏が眉間に皺を寄せた。
「ニート先輩、近いですよ」
「いや、俺に言われても……」
「ええと、エレクトール教授」
「なんじゃ、リオンも早く行こうではないか」
「……、は、はい」
「お前、弱いなあ」
「……ニート先輩にそんな事を言われたくは無いです」
遊祉の指摘に頬を染める涼穏。そんな様子を見て遊祉もまた肩を竦めた。
一方ココロはと言うと、遊祉を引き摺りながら一軒の屋台の前で足を止めた。
「買うのか」
「うむ」
大判焼きの屋台だ。香ばしくも甘い匂いが食欲を刺激している。
ココロは懐の財布からカードを取り出し、屋台のおっさんに声を掛ける。
「店主。餡子で頼む」
「お、外人さんか? ああ、悪いな譲ちゃん、現金で頼むわ」
「なんと」
がっくりと肩を落とすココロ。どうやら現金は持っていないらしい。
値段を確認すると一個百円の良心価格だった。
「俺が買うか?」
「む。ユーシ、ココロは子供ではない。助けには及ばぬ」
いや、子供じゃん。と遊祉は思ったが、ココロの意見を尊重した上で言葉を続ける。
「エレクトール。大人の女性なら上手くご馳走になる術を身に着けておくべきだ。そうだろう」
「……、ふむ、そう言う考え方もあるのじゃな。ではすまぬが、宜しく頼もう」
「ああ」
ココロの扱い方に手ごたえのようなものを覚えつつ、遊祉は餡子の大判焼きを一つ買う。
「ほら」
大判焼きを手渡すや否やかぶりつくココロ。その豪快な食べっぷりは子供のそれに相応しくて実に可愛らしいが、本人にそれを言うと「子供扱いするな」と怒るやも知れない。
「美味しいのう。ユーシも食べるか?」
「良いのか?」
「断らずとも良い。元々はお主からの貰いものじゃからな」
「ではお言葉に甘えて」
遊祉は食べかけの大判焼きの一部を貰う。口に含むなり甘すぎず素朴な味が広がった。
「か、……」
気付けば涼穏が遊祉の隣に居た。大判焼きを租借しながら彼女を見ると顔を真っ赤にしながら口を金魚のようにぱくぱくと開閉している。
「か、間接……」
「…………?」
遊祉は何やら分からずに首を傾げる。すると涼穏は先を続けた。
「間接、キス……」
そんな事を吐き出すように、何とか言い切る涼穏。
(お前、本当に中学三年生かよ……)
間接キス如きで焦る涼穏を前に遊祉はそんな事を思ったが涼穏は尚もぷるぷると震えている。
「き、きキスなんて早すぎます! 私達はまだ学生です! 清く正しい生活を送るべきです!」
「何じゃ、リオン。顔が赤いか熱でもあるのかの?」
ココロは涼穏の顔を覗き込みながら、心配そうな目付きで見遣る。
「い、いえ何でも……何でもありません」
「お主も食べるか?」
ココロは涼穏にも大判焼きを差し出した。
差し出した箇所はココロと遊祉が齧った場所だ。それを見て涼穏は千切れる程に首を振った。
「い、要りません!」
「なんじゃ、餡子は苦手なのか?」
「あの、えっと、いえ、そういう訳では……」
しゅん、と寂しそうな表情を見せるココロを見て涼穏は必死に取り繕うとしていた。
振り回されてるなー、と遊祉はその様子を暢気に眺めていた。
「に、ニート先輩の所為です」
「え、何それ理不尽じゃねぇ」
「う、ううううるさいです。何が何でもニート先輩の所為です」
そう言って涼穏は遊祉から視線を外した。
面倒な奴。遊祉は涼穏を見てそう思った。