第五十六話
『ふむ、どうやら繋がったみたいだな』
「天上院教授、ですか!?」
遊祉から受け取った携帯を手に取って耳に当てた涼穏は通話先から聞こえてくる声に驚いた。
『あの低脳から話は聞いている。どうやら危機的状況にあるらしいな』
「はい、今はあの……」
『分かっている、時間が無いのだろうが、すぐに終わる。君の友人であるココロ=エレクトールから君へプレゼントがある』
「え、ココロからプレゼント? そ、それよりココロは大丈夫なんですか!」
『ああ、無事だ、今は寝ているがね』
「そうですか、良かったです」
安心して腰が抜けたのか、その場でペタリと座り込む涼穏。
『くくく……、今のその危機的状況よりココロ君の心配をするとは何とも友人冥利に尽きるではないか、ただ、その君が大変な事になればココロ君もまた傷つくだろうな。だが、心配は要らない。彼女のプレゼントならその場を乗り切れる。この『プログラム』にはそれだけの価値があると私は見ている』
「この状況を乗り切れる? プログラムってそれはどういう――――」
『だが、一つ問題がある』
「問題?」
『ああ。このプログラムだが……デバック作業が終わっていないのだ。バグの可能性がある限り、デバック作業無くしてプログラムの使用は出来ない。ココロ君もそこまでは終わらせきれなかったようだ』
デバック作業は戦術プログラムの作成工程に置いて重要な作業となる。
これを行わなければフリーズの連発、無駄なメモリの使用、果ては『過情報化識失症』を引き起こすリスクさえ有り得る。
『この状況だ。天才であるこの私がデバック作業を手伝ってやらないでもないが……それでも二十分は掛かるだろう。さすがにそんな時間はあるまい? だからその場でデバック作業が出来る者は他に居るか?』
「私が出来ます」
携帯の通話が聞こえていたのか、涼穏の隣に居る真理がそう口にした。
「あと真緒先輩も出来る筈です」
真理は遠くでこちらを見つめている真緒へと視線を向ける。
『ふむ。これであと七分は削れるか。涼穏君、そこに居るデカブツを一人で何分足止め出来るかな?』
「十三分持たせてみせます」
『涼穏君……本当かい? 私の見地からは八分は君の希望的観測があると推察出来る。涼穏君、もう一度聞くよ。君は何分あのデカブツを持たせられる? 正確に言いたまえ』
「……申し訳ありませんが、七分、いや八分なら確実に。九分からはどうか……」
悔しそうに涼穏が言う。攻撃が通じない以上、それが限界だと判断したのだ。
『宜しい。ならばあと五分か。五分となれば……かなり使える奴でないといけないな。君達、誰か他に宛てはないか? 涼穏君の命を預ける事が出来、かつ優秀なデバッカーを。これを読み間違えれば我々は貴重な戦力を失う事になりかねない』
「知っています、俺の知り合いに一人」
『――――ほう。君の知り合いだと?』
遊祉は涼穏の携帯を引ったくり、千詠へとそう言った。
「俺の知り合いに一人、その条件を全てクリア出来る人物に覚えがあります。優秀なデバッカーであり、且つ涼穏の命を誰よりも考えられるような、そんな奴が」
『新戸。本気で言っていると思って良いのかね』
「勿論です」
『――――ふむ。では任せた。だがこれだけは言っておく』
千詠のその口調は厳しく、しかしそれが優しさであると遊祉は理解していた。
『失敗すれば彼女は死ぬ。そう思う事だ』
「分かっています」
遊祉は千詠との通話は一旦切ると、とある人物へと電話を掛ける。
こいつしか居ない――――遊祉はそう思い、通話先へと言う。
「恋ヶ窪、助けてくれ。志燎の為にお前の力が必要なんだ」




