第四話
待ち合わせに指定された喫茶店『アップルココア』は第六地区に店を構える開けた雰囲気が特徴のお店だ。
白と茶色を基調にした明るい雰囲気ながら何処か落ち着く店内は、静かに話をするのに適していて、クラシックの店内放送も気を遣ってか、耳に心地よい。
周囲を見渡すと客層はカップルと学生が半々と言ったところだろうか。カップルも若い者が多いようだった。ここ、第六地区は学業関連施設が多いからその所為だろう。
ちなみに第六地区は遊祉の通う嬰堂高校と同じ地区ではあるものの、普段あまり近寄らない場所である為、この喫茶店を利用した事は無い。
隣に並ぶように座っている涼穏は、緊張の所為か口を閉じて固まったように動かない。
ただ、遊祉とは先方に失礼にならない程度に出来る限り離れて座っていた。
「おい、大丈夫か?」
その様子を見かねた遊祉は涼穏に話しかける。
「だ、大丈夫ってどどどういう事ですか。私は緊張なんてしていませんろ」
重症だ。がちがちで呂律すら満足に回っていない。
まあ幾ら優秀なプログラマーとは言え、中学生の女の子だ。話はこっち主導で進めよう、遊祉はそう考えた。
「おい、誰か来たぞ」
待ち合わせ時間まで後三十秒と言う所で入口には一人の男性が姿を現した。スーツ姿にサングラス、ガタイの良い様はいかにもと言ったところだが、一応確認する。
「まさか、あれじゃないよな」
あの体格では守られる必要など一切感じない。
「ど、どどどうですかね?」
「……もうお前は喋らない方が良いかもな」
「なッ、ど、どういう事ですか!」
涼穏が遊祉に抗議の視線を送る中、「彼女」が姿を現した。
「――白い髪の、女の子?」
遊祉は彼女を見て思わずそう呟いた。
体格の良いスーツ姿の男性の後ろに隠れていて見えなかっただけで、一緒には来ていたらしい。まるで絵本の中から飛び出してきた少女はゆっくりと店内を見渡していた。
妖精と呼ばれる類が人間に姿を変えたら果たしてこうなるのではないだろうか、遊祉はそう思った。白くて長い綺麗な髪を纏った碧眼の少女。白い肌に聡明そうな少女はゆっくりとこちらへ向かってくる。着ているのは水色のキャミソールとホットパンツ、それに足先まで届く丈の長い、と言うより少女の身体にはまるで合っていない長めの白衣だ。
「あれは……まさか、ココロ=エレクトール教授じゃないですか!」
少女の姿に面食らっていると、涼穏が興奮した様子でそう言った。
「こころ、えれくとーる? 誰だ、有名人か?」
「何言っているんですか、ニート先輩! ホント馬鹿なんですか、馬鹿、馬鹿ニート先輩!」
「バカバカ言い過ぎた。で、あれは何だ? モデルか何かか」
「そんなんじゃないですよ! ココロ=エレクトール教授と言えば齢十歳にして博士号を取得、情報圏の研究についての第一人者であり、つい最近、『精神的階層』を発見した今最も注目度の高い天才少女ですよ!」
「……精神的階層?」
「本当に何も知らないんですね……。良いですか、かの高名な研究者であり、情報圏の発見者、プライエル=マクガイヤー教授は『情報圏はこの世界全ての情報が記録されている』と言ったそうです。それはつまり原子構造や物理的な数値のみならず私達の脳味噌で捉えているであろう情報、それどころ人間の魂までもが記録されていてもおかしくはないのです」
「そうかね」
「そうなんですよ! しかしながら現在の技術では人の感情や思惑、記憶、あるいは言語化が難しいとされる深層心理に至るまでの情報の一欠けらですら情報の取得を行う事が出来ていません。そもそも何処にその情報が保存されているかすら明らかにされていないのです」
「よー分からんが……、それは無いって事じゃねえの。そのぷらい、……えーとマクガイトさんの勘違いみたいなもので」
「プライエル=マクガイヤー博士です! それぐらい覚えて下さい! ……まあ実際そういう説も出ていたそうです。精神的構造など最初から情報圏に記載されていないのだと」
涼穏は尚も夢を見ているかのような口調で矢継ぎ早に言ってみせる。
「その説を覆したのがあのココロ=エレクトール教授なのです! 情報圏に置ける精神的階層の観測に成功したと先日、発表されたんです。しかも今度のシンポジウムでその研究発表が行われるとか! まさかこんな所でその姿を見かける事が出来るなんて!」
「……って事はつまり」
遊祉はゆっくりとこちらに向かってくる白髪碧眼の少女――ココロ=エレクトールと目があった。彼女はにっこりと笑うとこちらへと駆けてきた。
「主らが執行部より来た者達かのう」
「は、はい! 私達がえーと、あの……し、しし執行部から来た、来て、あれ? 来ました……」
「そうだが……、あんたがその、俺達の護衛対象と言う事で良いのか?」
緊張して声の上擦っている涼穏の言葉を遊祉が遮って尋ねる。
「な、何で邪魔するんですか! しかもエレクトール教授になんて口の利き方を――――」
「そうじゃ、ココロがお主らに世話になる。ココロの名はココロ=エレクトール。主らには厄介な案件であろうが宜しく頼むぞ」
ココロは遊祉の質問に答えると手を差し出してきた。
「新戸遊祉だ。宜しく頼む」
遊祉はその手を取って握手に応じた。するとココロは握手を終え、流れるように遊祉にもたれ掛かり、抱きついて見せた。
腰辺りに何やら柔らかい感触を感じた。……小さい癖に膨らみが僅かながらにある。
「ちょ、え、エレクトール教授!」
「ああ、お主もどうぞ宜しく頼むぞ」
「あ、ああ、ええと暫くの間、どうぞ宜しくお願いします――――でなくて!」
「ん? お主は執行部の者ではないのか?」
「い、いえ、私は執行部第九支部所属の志燎涼穏です。――――いや、だからそうでなくて!」
涼穏の顔は最早真っ赤になって燃えるようだった。ココロはちょこんと首を傾げる。
「な、何故ニート……でなくて新戸遊祉、さんに抱き付いているのですか!?」
「抱き付く……ああ、成程」
納得したように頷くとココロは涼穏にもぎゅっと抱きついた。
「これで良いかの?」
無邪気な笑顔を浮かべるココロにそれ以上、涼穏は何も言えずに押し黙る。
「お前ら、仲良さそうだな。良かったな」
「あ、いやそう言うのじゃないでしょうニート先輩!」
「嫌かの?」
しゅん、とした悲しげな様子をみせるココロに対し涼穏は首を振る。
「い、いえそう言う訳でもなくて……あーもう!」
涼穏は混乱した様子で頭を抱えていた。