第三十三話
「――――では執行部第九支部ミーティングを開始します」
遊祉の視線の先に居る真理が席を立ち上がって発言する。
テーブルには会長である深義憩心、副会長である久慈川真理の他、志燎涼穏と見慣れない者が二人座っていた。
彼らの内、前髪の長い少年を帆影 肇と言うらしい。黒髪でうねるようにくるくるとした癖毛が目元を覆い隠している。その上、猫背で小さな身体を更に縮めている姿はどう言ったら良いのだろう、言葉を選ばなければ引き篭もりの少年と言ったところだろうか。また、先程真理の紹介時に握手を交わした際も含めて喋ったところは見ていない。どうやら極度の無口であるらしい。
そしてその隣に座っているのは眼鏡を掛けた少女である五十内 幸だ。
おさげで三つ編みの黒髪、鼻の上辺りに出たそばかす、細い身体つきが特徴的な少女で、この娘もほとんど声を聞いていない。先程挨拶する時にか細い声で「よろしくお願いします」と聞いただけだ。それ以降は借りてきた猫みたいに椅子に座ったままだ。
どう見たところでコミュニケーション能力に秀でているとは思えない二人だ。遊祉は一先ず挨拶だけして徐々に打ち解ける事にした。
ミーティングの内容はあと二日に迫ったココロ=エレクトールの護衛引継ぎの件についてと、およそ二週間後に迫ったシンポジウムについての当日作業について、また件の【洗脳プログラム】関連の事件報告についてが主だったものだった。
それらの話を真理が説明する中、遊祉は真剣に聞いている涼穏へと視線を移す。
「ちょっと相談があって――――」
つい一時間程前に花音と交わした会話を思い出す。
結果的に絶望的だと思われた課題が速く、しかも高いクオリティで仕上げきれた手前、その相談事に乗ってやらない手は遊祉にはなかった。
「――――成程、ねえ」
遊祉は花音の話を聞いて、思い切り息を吐き出した。
「つまり、ええと……何だ。志燎の姉である志燎真緒が今回の【洗脳プログラム】事件に関わっていると言う事か」
「そういう事になる……わね」
花音は遊祉の言葉に力なく頷いた。遊祉は改めて項垂れる花音を見遣る。
(確かにそれならセントラルホテルで『偶然』にも出くわした事。変に事情に明るい様子だった事。全てに説明がつく)
しかし、
「こりゃまた厄介な事に巻き込まれたもんだな」
遊祉は思った事を素直に口にした。
涼穏の気持ちを考えれば真実を口にすれば彼女が傷つくのは自明の事だ。事情を隠していた花音の行動は責められる事ではない。
「ただ、お前はなんつうか、あれだな。お人好し過ぎないか?」
「……どういう意味よ」
「正直言って良いか? こんなのあいつらの事情だ。俺や、そしてお前が変に関わるべきじゃない。気持ちは分かるがこのまま黙っている訳にいかないだろ」
「そうだけど……」
「それにこんなのどんな形であれ、いつかは志燎も知ることになる。それを考えれば話してやった方がむしろあいつの為にはなるだろ」
「でも、涼穏はきっと傷ついちゃう」
「仕方ないだろ」
「仕方ないって……。あんた、涼穏の事なんだと思ってるの!?」
「お前はあいつに選択の機会もやらないってのか?」
遊祉のその言葉に花音は言葉に詰まる。
「あいつの姉が事件に関与している事は残念な事だ。けど、あいつはそれをきっと止めたいと思うだろ。ならそれを手伝ってやるのが俺達に出来る事じゃないのか?」
「あたしだって……あたしだって止められるなら止めたい。けどあの人はもうあたしの言葉なんて聞いてはくれなかった」
「志燎の言葉なら聞くかも知れねぇじゃねえか。間違っていると思うなら正す。傷つくのが怖いからと言って立ち止まるのであれば、後悔するのを待つだけだ。違うか?」
「……ふんだ。なによ偉そうに」
目元を指で押さえる花音。それを見て遊祉は黙って紙ナプキンを差し出す。
「もう……ハンカチとか持ってないの?」
「そんな洒落たもん持ってねーよ」
「……ばか」
花音が泣き止んだ後で遊祉は今後の事を相談し結果、二人で涼穏に真実を打ち明ける事を決めていた。
直後に執行部第九支部のミーティングを急遽行う為に集合の連絡が入り、遊祉はミーティングが終わった後に涼穏に声を掛け、花音と合流し話をする算段だ。
「――――それで一つ、俺から報告がある」
憩心のそのいつもと違う重い口調で、遊祉は現実へと引き戻された。
「ココロ=エレクトールに一連の【洗脳プログラム】事件に対する容疑が掛けられている」
「――――え?」
涼穏の声が上がるまで執行部第九支部の事務所内は静寂に包まれていた。




