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第二十八話

 中央管理室に着いた二人は合図と共にドアノブを回す。当然の如く鍵が掛かっていたので、花音のプログラム【刀身・可憐】にてドアを破壊し、中へと踏み込む。


「うわ、うわあああああああ!!」

 管理室の中に入るなり、耳をつんざく叫び声が鼓膜を揺らした。


「来るな、来るなぁああああああ!!」

 部屋の隅で縮こまり、叫び声を上げるのは線の細い少年だった。


 黒髪の天然パーマ、隈の浮き出た目元、骨と皮だけかと思うほど細い体躯。病人と見紛う程の少年は震えながら両手で耳と閉じている。左腕にはオートマトンが着けられており、それが彼を戦術プログラマーだと判断する証拠となった。


「お前が『人形』のプログラマーか?」

「ああああ!! 違う、違うんだ! そうじゃない! ぼ、ボクが騙されただけ! そう、騙されただけなんだ!」

「目的は何だ? エレクトールに一体何をするつもりなんだ?」

「あああああ!! 違う、違うぅううう!!」

「……話にならんな」

 遊祉は籠橋に注意を向けながら、中央管理室の中を物色する。


 中は幾つものモニター、通信機器、鍵の管理他、遊祉には何がなにやら分からない機械がごちゃっと置いてある。モニターを覗き込むと、映像には何も映っていない。どうやら『人形』のプログラムは既に籠橋が解除しているらしい。当の籠橋はううう、と呻きながら今も尚、小さく縮こまっている。


 通信機器の方へと遊祉は目を落とす。これで外部へ通信出来るだろうが、騒ぎになっている事から察するにすぐにでも正規部隊が突入してくるだろう。籠橋を押さえているのならこれ以上の処置は無用だ。


 その時、遊祉は通信機器が置いてある机の上辺りに不可思議なものを見つける。



「……注射器?」

 それは何処からどう見ても注射器だった。何か分からぬ水色の液体の入った瓶と共に袋の中に納まっている。


「こいつ、もしかして薬でもやってんのか?」

 籠橋を見るが、彼から何かしらの返答は無い。これ以上は預かり知れぬところだろう。


 遊祉は肩を竦めると花音を見遣る。

 花音は少年の姿を眺めながら、何事か考えている様子だった。


「真緒さん。あんたのやりたい事って一体何なのよ」

 ぼそり、と何事か呟く花音の姿を遊祉は無言で見つめた。


「……。分かっているわ。でも、後にして」

 そう言って花音は入口を見遣る。ドタドタ、と廊下側から響く足音は徐々にこちらへと近づいてくる。


「花音、大丈夫!?」

 足音の主は涼穏だった。その後ろにはココロが続いている。


「ええ、大丈夫よ。そっちは大丈夫だったの?」

「私なら心配ないです」

 心なしか胸を張る涼穏。その様子を見て花音はほっと息を吐いた。


「それで、俺には心配無しか?」

「ニート先輩なんてはなから心配していません」

「それはつまり俺が頼りになるって事か?」

「心配するに値しないだけです」

「……すげぇ言い草だな」

 肩をすぼめる遊祉。それを見て涼穏は相好を崩した。


「嘘ですよ。怪我が無くて何よりです」

「何だ、俺は認めてくれたのか?」

「冗談じゃないです。あんまり調子に乗らないで下さい」

 涼穏はそう言って視線を外す。遊祉はそれを見て何となく安心したのだった。







 その後、正規部隊の突入により事態は収束する事と相成った。


 犯行は線の細い少年――籠橋かごはし 由形よしたかの単独での犯行であったとされ、彼は事情聴取の為、オートマトンを取り上げられた上で正規部隊に身柄を拘束された。


 セントラルホテルの従業員や客は二階の客室の幾つかに分けて纏めて拘束、監禁されていたようだった。怪我人は無く、少なくとも遊祉達以外に危害を加えるつもりはないようだった。



 現場にいた遊祉達も当然ながら事情を聞かれる事となり、遊祉は「たまたま居合わせたが逃げ遅れてしまった」と話した。涼穏と花音も同じように話したようだったが、ただ一人ココロ=エレクトールだけは事情が違うとの事で正規部隊の本部まで行って事情を聞かれる事となってしまった。


「ココロ」

 正規部隊と共に車に乗り込もうとするココロを涼穏は呼び止める。その心配そうな様子にココロは「大丈夫じゃ」と微笑んだ。


「心配は要らぬぞ、リオン。なに、ほんの一日じゃ。それに悪いようにはせんじゃろう」

「そうだと良いんですが……」

「それより……さっきの事、少し考えてみてくれるか」

「さっき……あれ、の事ですか?」

「うむ。ではのう」

 ココロは正規部隊の運転する車に乗り込み去っていった。


「さっきの?」

 去っていく車を見送る涼穏へと遊祉は話しかける。


「……何でもないです。それより今日はどうするんですか? ココロの護衛、出来なくなっちゃいましたけど」

「解散で良いんじゃねぇのか? それより俺は早く帰って寝たい」

 時間は既に二十三時を回っていた。セントラルホテルの近くは今もまだ人でごった返している為、騒がしいが本来は夜も更け、静寂が姿を現す時間だ。


「それよりって……。まあ良いでしょう。本日は解散、と言う事で」

「帰り道が怖いなら送ってやろうか、志燎」

「結構です! 花音も私が送るので心配は無用です」

「そうか、気を付けて帰れよ」

「ニート先輩こそ転んでその間抜け面に更に拍車が掛かっても知りませんよ」

 その物言いに遊祉は苦笑を覚える。少しだけ涼穏の態度が軟化したような気がしたが、それは勘違いであったらしい。

 とは言え、それが彼女らしいだろう。遊祉はそう思った。



「ニート」

 ふとそんな風に考えていると、花音が話しかけてきた。


「何だ?」

「今日はその、……えと」

「……煮え切らない奴だな。何だよ」

「……ありがと」

「……。御礼言うつもりなら俺をニートって呼ぶの止めろよ」

「な、なによ! せっかく御礼言おうと思ったのに! ニートのばか、バーカ!」

「小学生かよ……」

 真っ赤な顔で文句を言う花音に対し肩を竦める遊祉。花音は顔を背けたまま、言う。


「あと、さっきの事、ちゃんと話すから。ちょっと待ってて」

「さっきの? ……ああ。まあ期待せずに待ってるよ」

「何よ、その態度。良いわ、まあ。……それだけ。じゃあね」

 花音はそう言って踵を返して涼穏の方へと向かい、二人してセントラルホテル前の騒がしい喧騒から消えて行った。


「じゃあ俺も帰るか」

 遊祉はそう一人ごちると、踵を返して歩き出す。すると、

「うおっ」

 男性の肩にぶつかり、思わずよろける。


「大丈夫かな?」

 見上げた先に居たのは金髪金眼の男性だった。遊祉よりも一回りは大きい身長だったが、体格が良いと言うよりは細身のモデル体型と言った感じだ。彼は遊祉を心配そうな表情で見つめていた。


「申し訳ない。余所見をしていたんだ。許してくれ」

「いえ、こちらこそ」

 遊祉はぶつかった男性に一言謝ると男性はこちらに柔和な笑みを返す。


「見たところ今日はお疲れの様子だ。ゆっくり休みたまえ」

「あ、はい」

「では、また機会があったら会おう。新戸遊祉君」

「…………え?」

 一瞬の事で分からなかったが、すぐに気付く。


 彼は確かに遊祉の名前を、しかもフルネームで知っていたのだ。


「ちょっと!」

 呼び止めようとしたが不思議な事に男性はあっと言う間にその場から消えてしまっていた。


 まるで掴みようのない煙でも相手にしていたかのようだ。



「…………」

 遊祉は彼が消えたであろう辺り、まだ人ごみで溢れかえっているセントラルホテル前を静かに見つめていた。








「涼穏」

「な、なに、花音。どうしたの急に」

「いや、さっきから話しかけているのに反応しないからどうしたのかなって」

「ええと、ちょっと考え事、かな?」

「……今日の事?」

「うん。そう、ちょっとね」

 涼穏はそう言って俯いた。彼女は先程のココロの言葉について考えていた。


 ついさっきの事だった。涼穏が巨大な『人形』を倒した後の事。


「リオン」

 ココロは何処か神妙な顔つきで口を開いた。


「何ですか? 怪我とかは大丈夫ですよ」

「うむ、それについては見事としか言いようが無いのう。さすがはリオンじゃ」

「ありがとうございます」

 涼穏は嬉しそうにはにかむ。


「だが、リオン。ココロが言いたいのはそれではない」

「え?」

「今回、ココロが何故襲われたか、じゃ」

「何故、襲われたか……ですか?」

「うむ」

 ココロは頷いた。その表情は怪訝なもので、何処か心苦しそうでもあった。


「のう、リオン。ココロはお主を信用しておる。だからこそ、ココロはお主に言わねばならん事がある」

「言わねばならない事、ですか?」

「うむ。今回ココロがこのホテルに居る事を言った者の数は少ない。お主とユーシくらいのもの。じゃが現にこうして襲撃があった。お主達が居なければココロは死んでいたやも知れぬ。だからこれを言う事は恩を仇で返す事になりかねん。だがそれでもココロは言わねばならぬ」

 ココロのその言葉に涼穏は口を挟まなかった。ココロは少しの間の後に言う。



「お主の友達であるカノンという少女。彼女は本当に信用に足る人物なのかの?」

 その言葉を涼穏はどう受け止めて良いか、分からずに居た。








「――――第二段階も問題なく終了した」

 金髪金眼の男性――――クレミア=トレイスは誰に言うでもなく呟いた。


 見上げるはセントラルホテル。彼はまるで芸術的な絵画でも見つめるかのようなうっとりとした夢心地な瞳を浮かべている。


「――――そろそろ次のシークエンスが幕を開ける」

 クレミアは鼻歌交じりに言葉を口にする。


 その姿はまるで舞台に上がった歌手、されどその表情には緊張は微塵にも感じられない。



「次だ。次できっと分かる。キャラクターは試されるんだ」

 喉を鳴らす。くっく、と愉快そうに崩れた笑みはとてもこの世のものとは思えない。



「序章は終わり、物語はその本質を語る――――そろそろだ」



 そんな事をゆっくりと口にしながらクレミアは夜の闇に解けて消えていった。



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