第二十六話
「状況を整理しましょう」
涼穏はそう言って三人の表情を確認する。遊祉、ココロ、花音はそれぞれ頷いた。
ここは三階のホテルの一室だ。涼穏が【憧憬武鎧】による筋力変数の改竄にてオートロックのドアノブを壊し、中に入れて貰う。部屋の中に人は居なかったが、どうも宿泊客は居るようでキャリーケースが部屋の隅に置いてあり、ベッドの上には脱いだ服が無造作に置いてあった。
「このセントラルホテルの中は現在、『人形』が至るところで徘徊しています。これら一体ずつは大した強さではありませんが、集団を相手にすると厄介です。私も【憧憬武鎧】の干渉時限が迫ったところを狙われたらアウトです。よって人形がどのくらいの数、潜んでいるかは分かりませんが闇雲に攻撃するのは賢い選択ではないでしょう。少なくともこれら人形を操っている本体を見つけ、叩く事が出来なければ無闇に攻撃を仕掛けるのは止めた方が良いと思います」
「ふむ。セントラルホテルの大きさと操った人形の数を見てもこの本体である戦術プログラマーが大した腕である事が伺える。干渉限界、改竄規模、どれを取っても高い改竄能力じゃ。下手な行動は却って自らの首を絞めかねん」
「あのよ、そのまま逃げるのはどうだ? お前の【憧憬武鎧】ならそれも可能なんだろ?」
議論を交わす中、遊祉はそう提案するが涼穏はかぶりを振った。
「本来ならその提案を受け入れた方が良いとは思います。私の【憧憬武鎧】ならここから窓を割って飛び降りる事も可能です」
「なら何が駄目なんだ?」
「考えても見てください、ニート先輩。セントラルホテル内の他の客や従業員達は一体何処に居ると思います?」
涼穏は部屋の中を見渡しながら言う。
「この部屋も先程まで人が居た形跡があります。これを考えるに全員と言う訳では無いでしょうが何処かで軟禁されている可能性があります。外を見て下さい」
促されるままに遊祉は窓から外を見遣る。外には数十人の野次馬らしき人ゴミで溢れている。パトカーは二台――――いや、四台が新たにやって来ていた。
「既に騒ぎになりつつあるようです。恐らくは逃げ切れた何人かが通報したのでしょう。ココロの立場を考えると下手な騒ぎの中で出ていくのは出来るだけ避けたい」
「……、どうしてだ?」
「馬鹿ね、あんた。この娘は情戦特区の外から来たって話なんでしょ? この情戦特区は技術の流出を防ぐ為に人、特にプログラマーの出入りや外からやって来た技術者については厳しい観察が為される事も多い。それはこの娘だって例外じゃないでしょ。今、下手な騒ぎを起こせば情戦特区からの強制退去も有り得るわ」
「は? なんだ、それ? こっちは巻き込まれた側だぞ」
「……言い難いですが、今回の件はココロが原因となっている可能性も高い。火種を消すには元からと言う考え方を『議会』の者達がする可能性も充分に考えられます」
『議会』は情戦特区を取り仕切る上層部の総称だ。正規部隊を配下に置き、警察とは別の組織図を置いている。こと情戦特区では『議会』の方がより発言力が強いと言われている。
よって彼らの鶴の一声があれば、ココロの強制退去も決して有り得ない話ではない。
「リオン。ココロは別にそれでも良いのじゃが……」
心苦しそうな様子で口を挟むココロ。しかし、涼穏はその言葉を受け入れはしない。
「ココロ。先程言ってましたよね、シンポジウムでこの情戦特区の、戦術プログラムの世間認知度を少しでも上げるって。貴方の決意を私は無下にはしたくありません」
「…………」
「それに。私は今、貴方の護衛なんです。私のプライドに賭けて守り抜いてみせます」
涼穏は己の決意を語る。それを見て花音は言葉を挟んだ。
「……涼穏。何かこの娘とすっごく仲良くない?」
「え? そ、そう? そんな事無いよ、花音」
「名前で呼び合っているし……、あんたとこの娘、今日始めて会うんでしょ? 何でそんなに仲良いの? そもそもあんた、結構人見知りじゃなかった?」
「そう、かな……」
「いや、その通りじゃぞ。リオンとココロは既に大の仲良しじゃ。何せお互いの想いを語り合い、中身を見せ合った仲じゃからのう」
「は!? な、中身!? 涼穏、あんた、この娘と何したの!」
「え、は、な、何もしてないよ! してない!」
「なんでそんなに動揺しているの! と言うか何でそんなに顔赤くしているの!」
「顔なんて赤くしてないもん! 花音の気のせい!」
「一体何だってんのよ、この娘は!」
花音はココロを指差して、悔しそうに地団駄を踏む。
「ココロはリオンとはお互いにアニメを見ての感想、熱き想いを語り合っただけの事じゃ。動機や目標を知って中身も知れたしのう」
「……エレクトール。お前、もしかしてわざとやっているのか?」
ココロの言葉など聞こえてないとばかりに憤慨する花音を見て遊祉は肩を竦めた。「はて、何の事かの」とココロはココロで楽しそうに小首を傾げていた。
「と、とにかく!」
花音の追求を逃れ、強引に話を変える為、涼穏を咳払いをしつつ話を切り出す。
「騒ぎを大きくしない為にも、ココロが原因だと言われない為にも、私はここで犯人を捕まえる事を提案します。何故ならピンチであると同時にこれはチャンスでもあるからです」
「どういう事だ?」
「良いですか、ニート先輩。【製作者】には二種類のプログラマーが存在します。花音のように自身の武器を生み出すタイプのプログラマー、もしくは自らの代わりに戦うモノを生み出し、操作するプログラマーです。今回の敵は後者に当たり、そしてこのプログラマーは大抵の場合、本体自体の強さは大した事無いです」
涼穏のその確信めいた物言いに遊祉は眉を潜めた。
「何故とでも言いたげですね、先輩。まあ説明してあげましょう。何故ならこのタイプは遠隔操作するプログラムにメモリのリソースを割いている為、本体自体のサブプログラムは大したプログラムを起動出来ないんです。この規模、人形の数、そして明らかに消耗を狙っての戦略。本体は大したこと無いと声高々に主張しているようなものでしょう。私が先程、チャンスだと言ったのは本体はホテル内に潜伏している可能性が高いからです。干渉限界を考えてもそう離れた場所に居るとは思えません」
「つまりこのホテル内に居る本体を見つけ出し叩く。そう言いたいのか?」
「正解です」
遊祉の言葉に涼穏は頷いた。
「問題は本体が何処に居るか、ですが……」
「いや、リオン。それは大方、想像は付く」
「本当ですか、ココロ?」
「うむ。リオン、奴は人形をどうやって操作していると思う? 遊祉の話では人形への命令は『遊祉達の排除』。強いては『近くに居る敵の排除』じゃ。ただ、これではココロ達に止めを刺したかどうか分からぬではないか」
「と言う事は要するに本体はこちらを監視出来る場所に居るという事ですか?」
「然様。監視するのに都合の良い場所は?」
「……防犯システムの管理場所、ですか。敵は……中央管理室に居る、という事ですね。では私が今すぐ行って止めて――――」
「待て。お前、中央管理室が何処か分かっているのか?」
早速行こうと立ち上がる涼穏を遊祉が止める。涼穏は視線を宙に放った。
「ええと……規則では確か避難階辺りに置かれるのが常ですが……」
「それ、分かるのか?」
「……ならニート先輩は分かるんですか?」
「分かる訳が無いだろ」
「何威張っているんですか……。ならどうするんですか?」
またぞろ新たな問題に直面する中、ココロがおもむろに手を挙げた。
「中央管理室ならココロが知っておるぞ」
「……え?」
その言葉に涼穏が驚きの声を上げた。
「本当か?」
「うむ。ココロが狙われているのは自明の事じゃったからのう。ホテルを移して貰う際、助手に大体の主要な場所は聞いておるから全て頭に入っておる。部屋に入る前にも地図は確認しておいたしのう」
「そう言えば先程、ココロが熱心に何かを覗き込んでいたような……」
涼穏は夕方、このホテルに入った直後の事を思い出す。確かにココロは涼穏が受付をしている間、熱心に何かを覗き込んでいた。あれはホテル内の地理を確認していたのか。
「志燎、これってお前の作業じゃないのか?」
「……うるさいですね。ニート先輩に言われずとも分かっていますよ、反省しています」
遊祉の指摘に涼穏は気まずそうに下唇を噛んだ。
「……いや、それはあんたも同じ事でしょ」
「俺は良いんだよ。だって見習いだし」
「……。酷い理由ね。まるで時給分しか責任を持たないと言って好き勝手するアルバイトのようだわ」
花音はそう言って遊祉を避難するかのような目付きで睨みつけた。遊祉はそれを柳に風と受け流す。
「ま、まあ兎に角。では行きますか!」
そう言って立ち上がると涼穏は両手を組み、再度【憧憬武鎧】を起動した。




