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第二十五話

 次に花音が目を覚ましたのは見知らぬベッドの中だった。

 現状を確かめようと起き上がる花音の頭に激痛が走る。


「…………ッ」

「無理はしない方が良い」

 横から声を掛けられる。振り向いた先、椅子に座るのは遊祉だった。


「……何処よ、ここ」

「四階の内の一室だ。たまたま開いてたから中に入らせて貰った」

 どうやら花音が気絶した直後、彼女を背負って非常階段からここへ逃げ込んだらしい。



「……ごめん」

「どうして謝る」

「だって……迷惑掛けちゃったみたいだし」

「お前の所為じゃないだろ」

「……こんな時にどうして気を遣うのよ。あたしはあんたの足手纏いで、しかもずっとあんたを落ちこぼれだって馬鹿にしてた。あたしは見捨てられても仕方無かったんじゃないの」

「さっきも言っただろう。俺だってお前の立場なら俺にムカついてた」

「でも……ッ」

 その時になって花音はようやく気付いた。


「……あんた」

 遊祉は右手で左肩を押さえていた。こちらに見えないよう隠してはいるが、そもそもずっと肩を押さえている時点でおかしい。


「怪我、してるの?」

「掠り傷だ」

「……うそ」

 花音は立ち上がり遊祉の元へとゆっくりと歩いていった。そして彼の右手をゆっくりと退ける。遊祉は特に抵抗をみせなかった。ただただ、罰が悪そうに視線を退けている。


「あんた、これ……」

 肩の辺りが大きく破かれた服。それに気付かなかったのは破かれた辺りを押さえていたからだろう。遊祉の服は大きく割かれていて血で濡れていた。


「これ、何処で怪我したの?」

「…………」

「言ってよ」

「……非常階段で、人形をお前から追い払おうとしてな。やっちまった」

「あたしを助ける時じゃないの!」

 遊祉は再度、濡れたハンカチで左肩を押さえる。それを見て花音は膝から崩れ落ちる。



「何でよ、もっと糾弾してよ。お前の所為だって言ってよ。あたしが、あたしが自分の限界を、自分のメモリを見誤って、それで背伸びしたプログラム使って、それでフリーズして……しかも気絶して重い荷物になって…………」

「お前の所為じゃない」

「全部全部……今、あんたがこうして痛い思いをしているのは、あたしの責任じゃないの」

「……お前の所為じゃない」

 遊祉は尚、糾弾する言葉を口にしなかった。花音の目に涙が浮かぶ。


「あたしの今の気持ちを教えてあげようか?」

「お前の所為じゃない」

「すっごく惨めな気分よ」

「…………」

 それ以上、遊祉は言葉を口にしなかった。押し黙ったまま、花音を見据えた。



「あたし、あんたに馬鹿にされている気分よ。自分の実力見誤って、失敗して、それで馬鹿にしていた筈の相手に助けられて、それでこうしてフォローされているのよ。最悪の気分」

「…………」

「……ホント、最低よ。……あたし」

 花音はぽつり、と言葉を吐く。一人きりで取り残された言葉は行方も知れず、何処にも届かない。



 彼女の頬を伝う涙はとめどなく溢れた。遊祉はその様子をただ黙って見ていた。









「……ごめん」

 それから暫く経った。結局遊祉は花音を勇気付けることも、慰めることも。勿論、糾弾する事もなくただただ肩を押さえて黙っていた。


 花音の謝罪の言葉がぽつりと漏れ出た。



「落ち着いたか?」

「……恥ずかしいわ。あたし、取り乱しちゃったし」

「俺はそれを見てどう思えば良いんだ? 得したと思えば良いのか?」

「出来るだけ早く、速やかに、その記憶を失くしてくれると良いわ」

 体育すわりをした花音は太股に顔を埋めながら言う。


(こいつ、さっき怒らなかった癖にどうしてこんな時だけそんなつまらない事言うのよ)

 花音は憤りを覚えると共に、どうして良いか分からず途方に暮れる。


「それで、どうするの?」

「早めに志燎達を合流したい所だが……今も携帯は繋がらないみたいだしな」

 遊祉は自身の携帯電話を眺める。その表示は今ももって『圏外』のままである。  


「取り合えずまた志燎達の部屋を目指すってのが妥当だろう。今もあいつらが部屋に留まっているとは思わないが、何かしら場所のヒントくらい残しているかも知れないし」

「あんた、怪我は……大丈夫なの?」

「怪我? ああ、だから言っただろう? 掠り傷だって。これで動けないってんなら休めたんだが、そうも言ってられない」

 遊祉は立ち上がった。それに合わせて花音も立ち上がる。


「……それ、借りにしといてあげるわ」

「なんかお前って思ってたよりずっと頑固だな。まあお前の好きにすれば良い」

「分かっているわよ。何かあったらあたしに言って。一度くらいなら手伝ってあげるから」

「それ、何でも良いのか?」

「エッチな事言ったらぶっ飛ばすから」

「お前、俺を何だと思ってるんだよ」

 肩をすぼめる遊祉。それを見て花音は相好を崩した。


「じゃあ、早くここから出るわよ」

 花音が部屋を出ようとドアへと近づいた時の事だった。


 ドアの向こうからとんとん、とノックが為される。花音はそれを聞いて立ち止まった。

 思わず花音は振り向き遊祉の方を見る。遊祉は警戒するようジェスチャーで伝えた。


 遊祉は花音を後ろに退けるとゆっくりとドアに近づき、そして右手をドアノブに近づけた。



 ――――瞬間。遊祉はバックステップをする。それとほぼ同時、轟音と共にドアが破壊された。花音は下がってきた遊祉と共にドアとの距離を取り、状況の確認に務めた。


「……お前は」

「大丈夫ですか!?」

 破壊されたドアの向こう、そこから返ってきたのは誰であろう涼穏の声だった。


 その隣にはココロの姿もある。どうやら二人共無事のようだ。


「ニート先輩、無事ですか――――って花音! どうしてここに居るの!?」

「い、いやちょっと事情があって……。それよりどうしてあたし達の居る場所が分かったの?」

「この先輩を探している途中、血痕が見つかってあとを辿ったらここに……」

「そうじゃ! お主、左肩から血が出とるぞ!?」

 ココロが心配そうに遊祉へと駆け寄った。遊祉は近寄ってきたココロに対し、頭を撫で落ち着くよう務める。



「大丈夫だ。動く分には支障はない」

「あまり驚かせないで欲しいのじゃ。……無事なら何よりじゃ」

 ココロはほっと胸を撫で下ろす。遊祉は肩を押さえながらにこりと微笑む。



「一先ずここを移動しましょう。このドアを破壊する為にかなり大きな音を響かせました」

 涼穏が提案し、四人は一先ずその場を後にした。



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