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第二十二話

 セントラルホテルのエレベーターに乗り、階下に降りながら遊祉は頭後ろを掻く。


「……失敗した。少しあいつをからかい過ぎた」

 アニメを鑑賞する様子があまりにおかしかったので、ついちょっかいを掛けていると終いには部屋を追い出されてしまった。


 幾らからかい甲斐があるとは言え、少しやり過ぎたな。遊祉は反省しつつ、エントランスへと降りる。



(エレクトールの護衛については志燎が居れば多分問題ないだろ。と言うか今は俺が居た方が邪魔になる。ほとぼりが冷めるまでそこらで腹ごしらえでもするか)

 そう考え遊祉はホテルを出ようと玄関口へと近づく。


「新戸、遊祉?」

「……お前は」

 遊祉が玄関口で擦れ違い、声を掛けられたのは先程執行部第九支部で会った少女――恋ヶ窪花音だった。


 先に見た際、綺麗にセットされていた栗色のハーフアップは解け掛けている。額には汗が滲んでいる、いやよく見れば花音の全身は汗でびしょびしょだった。



「どうしたんだ、そんなに慌てて」

「ねえ、あんた! 涼穏を知っているでしょ!? 今何処に居るの!?」

 遊祉が尋ねるや否や質問には答えず、花音は遊祉の肩に掴みかかった。その表情は鬼気迫るもので遊祉は面食らってしまう。


「あの娘は大丈夫なの? 怪我とかしてない? ねえ、何処にいるの?」

「ちょっと待て、良いから落ち着け」

 遊祉は右手を上げて落ち着くよう求める。花音は興奮している様子だったが、徐々に冷静さを取り戻した。


「悪かったわね」

 花音は遊祉の肩から手を離した。そこで一度深呼吸し、息を整えた。


「それで、どうしてこんな所に居るんだ?」

「それは……ええと、……あんたこそどうしてこんな所に居るのよ。それより涼穏は?」

「志燎? あいつもここに居るが……だからどうしたんだよ」

 花音はその質問に舌打ちしつつ、言う。


「色々よ。それより涼穏に会いたいから部屋番号を教えて」

「部屋番号。ご、……」

 そこで遊祉は口を閉じる。涼穏は今もまだアニメ鑑賞中だろう。見栄っ張りな彼女の事だ。恐らくその姿を遊祉は愚か花音にも見せたくないんじゃないだろうか。


「ご? どうしたのよ?」

「ご、……あー、ごめんな。今、涼穏は執行部の仕事中でな。今、忙しくてお前には会えそうにない。もう暫く待ってやってくれないか?」

「暫く? どのぐらいよ?」

 苛々した口調で尋ねる花音に対し、遊祉は言葉を濁しながら答えた。



「ちょっと、クライアントと仕事の件について話し合い中でな。簡単には終わりそうにない」

「……それであんたはどうしてここに居るのよ。あんたも執行部じゃないの?」

「俺は、なんつーか、役立たずって言われてな。追い出された」

「成程、それは当然だわ。あたしだったらあんたみたいな落ちこぼれと一緒に仕事なんてごめんだもの」

「……お前、執行部でも俺に当たりがキツかったけど、何か恨みでもあるのか?」

「……。無いわよ」

「ならあれか、あの日か」

「殺すわよ」

「悪かった。悪い冗談だ」




 それから暫くの間、花音は遊祉を親の敵とでも言いたげに睨めつけていた。その間、遊祉は身から出た錆とは言え針のむしろに居るような居心地の悪さを感じていた。







「……これで良い」

 携帯の画面に目を落とすとそこには通話終了の文字が記載されていた。それを確認した後に次は発信履歴を見る。発信履歴の上二つは登録されていない番号――恋ヶ窪花音と小黒田薇の携帯電話番号が表示されていた。


「薇さんは僕の推察通り、少し進言するだけで動いてくれた。彼はとても働き者だ。それでこそ『物語』の渦中に居るに相応しい」

 小黒田薇は承認欲求が強く、大きく肥大した自尊心は『物語』には都合が良い。


「そして恋ヶ窪花音君。彼女は当初の予定から外れていたが、彼女は是非とも介入させるべきだ。彼女の存在は今、とても貴重だ。ここに一つの『物語』があるとするならば、彼女はきっと登場人物に相応しい」

 恋ヶ窪花音。志燎涼穏の無二の友人である彼女。そして志燎涼穏の姉であり現在行方不明となっている筈の志燎真緒の「今」を知っている彼女。そして何より彼女の抱えた火種は――きっと『物語』に相応しい。



「これら二人の逸材、そして志燎真緒。彼女は今、使うのは勿体ない。彼女はもっと大事な時にこそ扱うべき人物だ。彼女の役割はもっと先だろう。だが、これで彼女も大きく動く」

 男の切れ長の目が怪しく光を帯びた。口元は愉快に、されど純粋な笑みを覚えている。 


「そして志燎涼穏。彼女もまた極めて重要な登場人物だ。彼女無くして『物語』は成り立たないだろう。だが――――」

 それよりも男は一人の少年に目を付けていた。


 彼はきっと誰よりも『物語』の介入を望んでいないだろう。

 しかし『物語』は彼の事を必要としている。



 『物語』にはいつでもどう転ぶか分からない、言わば濁りを見るべきだ。彼のような濁りはきっと『物語』を怪しく、しかし面白く転がしてくれる。


「――――新戸遊祉。僕は君のような存在も待っていた」

 新戸遊祉。さながらポケットに入れて忘れていた万札を今一度見つけた時のような、一握りの幸運。彼はきっと『物語』には必要だ。


「これで役者は揃った。今日これより『物語』は転がり始める。僕はそれを『期待』している」

 輝く金色の長髪が宙に踊る。男は高らかに謳った。




「さあ、この僕に魅せてくれ、君達の持つ、そのキャラクターとしての魅力を!」

 男――クレミア=トレイスは目をキラキラと輝かせ、子供のように笑っていた。

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