第二十一話
クレミアを案内した後、自宅へと戻った花音は浮かない様子で玄関の鍵を開ける。
玄関へと入り靴を脱ぎ捨てふらふらとした足取りで自室へと向かい、ベッドへと倒れこむ。
「……ほんと、どうしよっかな」
花音は今日一日を思い出す。補修を終えただけでも疲れたのに、他にも色々有り過ぎた。
「いつ、あの娘に話せば良いんだろ……何でこんな事になってんのかな……」
花音は盛大な溜息を吐いた。肺に溜まった泥をぶちまけるような溜息を吐いても気分は少しも晴れなかった。それどころか問題が雨のように花音へと降り注いでいる気がする。
「クレミアさんも言ってたし……多分、涼穏には話した方が良い。話す、べきなんだろうけれど……、鬱だよなあ……、きっと悲しむだろうし……あー、もう」
その役目が、それを話すのが何故自分なのだろう。花音はここへ帰って来るまでに何度となく思った事をまた考えてしまう。
思考のループだ。いつまで経っても抜け出せない。
身体が鉛のようだった。このままベッドに沈み込んだまま起き上がりたくない。
そんな時だった。携帯のバイブが鳴る。
「……誰よ、こんな時にい」
携帯を取り出し相手も確認せずに通話口へと出る。
「恋ヶ窪花音君、だね」
開口一番、そんな事を聞かれた。
「え、誰よ、あんた」
不審に思った花音はまずそう尋ねた。相手の声は機械音声のように無機質だった。恐らくは何かしらの方法で声を変えているのだろう。
「君に良い事を教えてやろう。セントラルホテルに行くと良い」
「セントラルホテル? 何で? だから誰よ、あんた」
「……、志燎涼穏に危険が迫っていると言えば分かるかな?」
「は!? 涼穏!? 一体どういう事なの!?」
その返答を待たず通話は切られた。ツーツー、と無慈悲な音が耳に響く。
「どういう事なのよ、もう!」
花音は鞄を持って、またも家を出た。自分の出せる最高速度で駅へと急ぐ。
「訳分かんない! ――――涼穏!」
心臓が早鐘を打ち息が切れる中、花音は友達の名を叫んでいた。
オリエンタルホテル四十二階。とある一室で豪奢な椅子に座る小黒田薇は携帯を取り出す。
「……籠橋か?」
『……はい、お呼び、でしょうか?』
小黒田が電話を掛けた先、何処か怯えるような声で言葉が返って来る。
「敵はどうやらセントラルホテルに居るらしい。動け。良いな?」
『えっと……良いんですか? 今、ココロ=エレクトールの確保、は、志燎真緒の役目なんでしょう?』
「今、上から連絡が入った」
『はい?』
「俺は結果を急がなければならない。だが、志燎真緒は手段を選び過ぎる」
『……ええと。要するに』
「構わん。やれ」
『わ、分かりました』
籠橋と呼ばれた男は上擦った声を最後に通話を切った。
「志燎真緒。甘すぎるのだよ、お前は。結果こそ全て……この俺が手本を見せてやろう」
くく、と小黒田の口から不適な笑みが零れた。
「奴などに手柄を取られてたまるものか。結果を出すのはこの俺だけで良い。セフィロトに……あの御方に目を掛けて貰えば俺の出世なぞ楽なものよ」
小黒田は高笑いを浮かべ、四十二階より下の景色を見下ろしていた。




