第二十話
遊祉と涼穏はココロの宿泊先であるセントラルホテルに到着した。このセントラルホテルはココロが元より宿泊していたホテルとは別となっており、移動の際の手続きはココロと共にこの情戦特区に来ていると言う助手によって行って貰ったそうだ。
「ところでエレクトール、その助手とやらは……」
「うむ。今は正規部隊のところへ行っておる。今回の護衛に関する手続きを再度行わなければならないと言っておったが……」
ココロは若干沈んだ口調で答えた。先程、電話越しではあるが件の助手にたっぷりと説教を貰っていたからだろう。
「……後で会った時、どんな事を言われるか。気が滅入るのう」
そう言ってココロは遠い目をして先を嘆いていた。
「ニート先輩」
執行部に本日の予定を報告していた涼穏が戻ってくる。
「では先輩から一度、家へ帰って戴いても宜しいですか?」
「え、何で?」
「エレクトール教授と一緒に泊まるのなら色々準備があるでしょう」
「俺は別に大した準備なんて無いが」
「……。お風呂はどうするんですか? その着替えは」
「別に一日くらい入らなくても」
「……行ってきて下さい、早く」
「だから一日くらい」
「ニート先輩。ただでさえ一緒に居るのが嫌なのに、風呂に入っていない先輩とは一緒に居たくないです。絶対」
「潔癖な事で。分かったよ……」
そう言って遊祉は肩を竦め、その場を去った。
「まったく……不潔な人です」
その後姿を見て涼穏はそう呟く。
「まあまあ涼穏。そうカリカリするでない」
「カリカリなんてしてません」
「そうかの?」
「そうです!」
ココロの不思議そうな表情から目線を外しながら涼穏は言う。
「まあ良いがの。……ところで涼穏」
「何でしょう?」
返事をする涼穏にココロは楽しそうな表情でこう言った。
「一つ、行きたいところがあるのじゃが……良いかの?」
「行きたいところ?」
涼穏のその言葉にココロは思い切り強く頷いて見せた。
「……レンタル、ショップ?」
ココロの行きたい場所とはレンタルショップの事だった。ココロはレンタルショップに入ったかと思うと真っ直ぐにアニメ棚へと向かう。
「アニメ、ですか?」
「うむ。日本のアニメは面白いからのう。特にこのアニメがの――」
ココロはそれから自身のアニメ知識について喋り続ける。
「あ、あの……」
涼穏は周囲を眺めてオロオロとたじろぐ。ココロの様子が周囲の注目を集め始めていたからだ。銀髪の可愛らしい女の子がアニメについて嬉々として語っていれば注目を集めるのも当然と言えた。
「む、どうした? 何故ココロは注目されているのじゃ?」
「良いからお目当てのアニメを早く借りて下さい」
涼穏はそう言ってココロを急かす。ココロは不思議そうな表情をしながらお目当てのDVDを幾つか手にしていた。
(何処か大人びてるけど、アニメが好きなんてやっぱり子供っぽいところがあるんだなあ)
うきうきしながらレジに並ぶココロを見て涼穏は笑みを零していた。
第二地区の住宅街の一角に済む遊祉は第三地区にあるセントラルホテルへ着替えを取ってくるのに大した時間は掛からなかった。ものの一時間程で戻った遊祉はココロに電話し、部屋番号を聞いた上でセントラルホテルのエントランスから入り、エレベーターを上がる。
ココロの泊まる部屋は5階の五〇二号室だ。部屋の前に立った遊祉はノックをした後にココロにドアを開けて貰って中へと入る。
部屋の中はベッドが二つ置いてある、そう広くない部屋だった。その一つのベッドの上で涼穏が正座をし、テレビ画面を凝視していた。愚痴の一つも言わないところを見ると、そもそも遊祉が戻った事に気付いていないらしい。
「……どうしたんだ、こいつ」
遊祉は涼穏を指差してココロへと尋ねる。ココロは何処か嬉しそうににんまりと笑っていた。
「…………?」
遊祉はココロの意味するところが分からず、画面を見遣る。
画面に映っていたのはどうやらアニメ番組で奇天烈な音楽と共にOPが流されている。ココロはそれを食い入るように見つめていた。
「志燎」
「…………」
「志燎、涼穏」
「…………」
「おい、馬鹿」
「何ですか人の頭を小突いて馬鹿、って……あ、……」
頭を叩いて呼ばれた涼穏は立ち上がり遊祉へと顔を向ける。その表情は怒りから始まり、焦り、最後には真っ赤な顔をして口をあんぐりと空けていた。
「意外だな。お前もアニメなんて見るんだなー」
「え、あ、アニメ? えっと、いやそんなでも無い、ですよ? 偶々見ていただけです。ニート先輩が来るまでの暇潰しで……別に面白いとか、そう言うのでは……」
「え、面白くなかったかの、リオン?」
涼穏の様子を見てココロは不安げな表情で涼穏を見上げる。涼穏は目を泳がせた。
「え? えっと……あの、……き、興味深かったですよ? ええ、けれど、やはり子供向けですし、その……あの……」
「…………」
ココロはそれを聞いて目に涙を浮かべる。涼穏は思わず大きく首を振った。
「そうじゃないです! そうじゃないですが、えっと……」
「良いじゃねぇか、アニメぐらい。普通に見れば」
「アニメなんて見ません! 私はそんなに子供じゃないです!」
「でも集中して見てたじゃねぇか。面白かったんだろ?」
「それは……その……。……、何でも良いじゃないですか!」
涼穏はそう言ってリモコンに手を伸ばし画面の映像を巻き戻していた。
「巻き戻してまで見るのか?」
遊祉はニヤニヤしながら涼穏へと尋ねる。
「え、ええ。途中まで見てましたから最後まで見ないと……その……」
「ところでお前は着替えを取りにいかなくても良いのか?」
「……。後で行きますから少し待って下さい」
「お前は本当に素直じゃねぇよな」
「うるさいですよ、ニート先輩! 放っておいて下さい」
怒号を上げながらも涼穏は決して画面から目を離さず、遊祉はそれを面白そうに眺めていた。
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