第十八話
第四地区にあるオリエンタルホテル、四十二階にて。
花音と別れた後、志燎真緒はその足でホテルへと向かい、とある一室の前にて一度深呼吸した後、ノックをする。
暫くの間の後、開かれたドアより中へと入る真緒。控えた使用人が開く部屋の奥、窓際にて椅子に座る男の前で止まる。
「良いだろう、この部屋。四十二階の四十二部屋目。俺は四十二という数字が好きだ。皆が奇異するこの数字だが、俺は好きだ。何せ死の近くには成功が転がっているからな」
「…………」
「どうやら失敗したようだな」
口を開いた男は嘲笑を込めた声色で真緒を見据える。
男はねっとりとした黒髪をオールバックにし、指全てに指輪を付け、高そうなイヤリングとネックレスを着けた中肉中背の男だった。男のそのギラギラと光った目付きはいっそそっぽを向きたくなる程に下品なものだった。
「小黒田さん」
「前にも言っただろう、真緒。俺を誰だと思っている」
「……。小黒田様」
「宜しい。何だ?」
小黒田を名乗る男は気分良さそうに頷く。真緒はただただ無表情だった。
「貴方の言う通り失敗はしました。しかし、まだ終わった訳ではありません」
「それは俺の決める事だ。お前が決める事じゃない」
「しかし……」
「何だ、俺に逆らう気か、真緒。『セフィロト』から派遣されているこの俺に」
「…………いえ、そういう訳ではありません」
真緒は下唇を噛む。小黒田はそれを見て尚、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。
「お前の命令で動いた御堂は正規部隊に受け渡されたそうだ。情報が漏れるかも知れない。この失態をお前はどう責任取る」
「それについては申し訳ありません。……しかし彼が喋る情報で我々にとって不利益な事はそう多くはありません」
「真緒」
小黒田は彼女を見据えた。ゆっくりとねめつけるようにして真緒の足先から顔までを覗き込んでようやく小黒田は再度口を開いた。
「俺はお前を信頼している。だからこそ今回、お前の言う通りに事を運んでやっている。お前が出来ると言うから任せているんだ。この意味が分かるか?」
「承知しています」
「次は、無いぞ?」
「……承知しています」
「……。では、行け」
「はい」
真緒は返事をすると踵を返し、部屋を出た。
「…………」
落ち着け、真緒は高ぶる感情を押さえ込む。
彼、小黒田 薇は戦術プログラム反対派である国際テロ組織『セフィロト』から派遣されている今回の作戦の協力者だ。彼の協力無しに真緒は今回のテロを満足に行えない。よって彼の全てに逆らう訳にはいかないのだ。
その言動の全てに品が無く、また無駄に上昇思考が高い彼を真緒は当然、認めていない。
だが表面上は従わなければならない。その意思は見せなければならない。
今回の作戦は真緒の元で行われている。それが彼女が『セフィロト』から任せられた、勝ち得た権利だ。必死の交渉と全面協力の約束で勝ち得た真緒の権利。
だが、それも次に失敗すれば失ってしまいかねない。
次の一手は慎重に打たなければならない。
無駄な犠牲を生まない為にも。遠回りでも良い。真緒が指揮を持てばより少ない犠牲でこの情戦特区を変える事が出来る。
しかし小黒田が指揮する権利を得れば彼は犠牲など省みず一般の人をも巻き込み、多くの犠牲者が生まれるだろう。それは今の真緒にとっても許されない事だ。
(私が……この志燎真緒がこの情戦特区を変えてやる。より少ない犠牲で)
真緒はその思いを胸に歩みを進めた。




