第十六話
千詠の研究所を出た後、遊祉達は今後について話し合っていた。
「少なくとも……今日泊まる場所は変えた方が良いでしょうね」
そんな意見を述べるのは涼穏だ。今日、いきなり襲撃を受けた事と言いこちらについての情報がある程度漏れているのは間違いないだろう。御堂正巳の言った「我々」がどう言った集団か分からない以上、それについて用心するのは当然だ。
「エレクトール。今までは何処に泊まっていたんだ?」
「ここに居る間、提供されている研究室でそのまま寝るか、もしくは指定のホテルで寝泊りする事が多いのう」
「それはもしやお一人ですか?」
涼穏が心配そうに訊く。ココロはこれでも子供だ。それを気にしているのだろう。
しかしココロはかぶりを振った。
「いや、助手がおる。普段は助手が一緒じゃからそう心配せんでも良い」
「ん? その助手ってのは今日居ないのか?」
遊祉の言葉にココロは恥ずかしそうに顔を赤くして俯いた。
「ええと、まあ……恥ずかしい話なのじゃが。助手はどうも心配症でな、今日も外を出歩く事に最後まで反対しておった。結局は半ば逃げるようにして出てきたのじゃ」
「それで居ないのか」
「結果的には助手の言う通りになってしまったのじゃから会わせる顔も無いのじゃが……」
「ま、仕方ねぇんじゃないか。普通何日も外を出歩けないってなったら気も滅入るし」
「そう言ってくれるか、ユーシ」
ココロは嬉しそうに遊祉へと抱き付く。それを見て涼穏が顔を顰めた。
「……おほん。エレクトール教授。少し距離が近いのでは?」
「……、そうかの?」
「ええ。不健全です」
涼穏のその言葉にココロは素直に従い遊祉と距離を取る。その余りの素直さは逆に違和感があったが、遊祉も涼穏も対して気にはしなかった。
「さて置きもうすぐ陽が暮れる。エレクトールには新しいホテルに泊まって貰って、正規部隊の手配が済むまで俺達も護衛の為に一緒に泊まるとしよう」
時間は既に十七時に近い。直に暗くなるからその前に行動した方が良いだろう。
「それが良いでしょうね…………え?」
涼穏は遊祉の意見に同意していたが、やがて疑問の声音を上げた。
「ニート先輩。今、一緒に泊まると仰いましたか」
「ああ。何か変な事言ったか? そりゃ護衛ってんなら俺達も泊まる必要あるんじゃないのか」
「え、あ、そ、そうですね。よく考えればニート先輩の言う通りでしょう」
「……お前、何をそんなに慌ててるんだ?」
「慌ててなんていません!」
涼穏は声を荒げた。その顔は今から見られるであろう夕陽のように真っ赤である。
「例えニート先輩と言えど、男の人と一緒の部屋なんて……い、いや! これは仕事です! 割り切らなければなりません。そうです、仕事なんです……」
「……なに、お前は俺と一緒の部屋で泊まるつもりだったの?」
「は、……違うんですか?」
涼穏はきょとんとした様子で首を傾げた。遊祉は笑いをかみ殺しながら言う。
「い、いやお前がそれで良いなら良いけどさ。別に一緒の部屋に泊まる必要はないんじゃないか。エレクトールに何かあればすぐ駆けつけられる場所であればさあ」
「え、あ……そ、そそそうですよね! し、知ってましたけどね。冗談ですよ」
「嘘付け。不健全なのはどっちだよ」
「そ、そんなつもりで言ったんじゃありません! ニート先輩は最低です!」
涼穏はそう口にすると下唇を噛んで尚、顔を真っ赤に染め上げていた。
「ほうほう。成程、のう」
その様子を見て、ココロは含んだ笑みを浮かべていた。




