第九話
「ユーシ。一つ、分からない事があるのじゃ……、問うてもよいか?」
「ん。何だ?」
「お主はどうしてこやつの【瞬間旅行】を見切る事が出来たのじゃ?」
ココロは気絶している御堂へと視線を泳がしながら尋ねる。
その質問に涼穏もぴくり、と耳を動かした。
「ふむ。どうやらリオンも興味があるようじゃぞ」
「きょ、興味なんかありませんよ! わ、私はえーと……そうです! パートナーの事は何であれ把握していなければなりませんからね。仕方なくですよ仕方なく」
「素直じゃねえな、お前……」
「何がですか! ニート先輩の癖に!」
「何だよ、それ。まあ良いか。そりゃこの「目」の所為だ」
「目? なんじゃそれは」
ココロは訝しげに首を捻る。
「メモリ開発を行った時に出た症状なんだけどな。【干渉眼】――俺は情報圏に記載されている情報を直接目にする事が出来る」
【干渉眼】。この『症状』について千詠はそう呼んでいた。
情報圏に記述される情報を直接目にする事が出来る。それはつまり情報圏を改竄し、現実へと影響の与えるプログラムを先読みする事が出来ると言う事である。
情報干渉のプロセスには『情報取得』『情報改竄』『改竄保護』の三種がある。
今回、御堂のプログラム【瞬間旅行】の情報干渉もそれに順ずるものだ。
第一に『情報取得』――『今から移動する場所に異物が無いかを確認する』プロセスを起こす。
これは移動する先に人間や物質があった際は事故を起こす可能性があるからだ。埃や雨などの小さな物質なら押しのけて移動出来るが、それ以上の障害があった場合は起動中止となる。
第二に『情報改竄』――『情報圏に記載されている情報の内、位置情報を移動先と入れ替える』。
この時点では情報圏に記載されている情報を書き換えただけであって、現実に反映させた訳では無い。従って情報圏に記載された位置情報のみが変更されている。
第三に『改竄保護』――『情報圏に記述した情報を他者によって消去されるなどの干渉を受けないよう処理を行う』。これにより転移する間にトラブルが起こる可能性を防ぐ。
このプロセスを行う事によって初めてプログラム【瞬間旅行】を起動させる事を可能とする。
だが、遊祉の【干渉眼】はプロセスの第二『情報改竄』、情報圏に情報を記述した時点でその情報を読み取る事を可能としている。御堂が情報圏に情報を記述してから実際に移動に掛かる時間は約一秒弱。つまり一秒以上前に遊祉は御堂の移動先を読む事を可能としているのである。
この【干渉眼】は全ての情報を読み取る。よって涼穏が金網を突き破って落下を免れた時に遊祉は金網が老朽化しているという情報、また涼穏の【憧憬武鎧】と彼女の動きから金網にぶつかるであろう情報を読み取り、予め動いたのだった。
「【干渉眼】か……驚いた。つまりユーシは【固有干渉者】と言う事じゃな……」
ココロは鳩が豆鉄砲を喰らったかのような表情をみせる。
【固有干渉者】は通常、定義し切れないプログラマーを指す言葉でその特殊性から数は他のプログラマーに比べて極端に少ない貴重なプログラマーである。
「そ、そんなのずるいです! 卑怯ですよ、ニート先輩!」
「……何がだよ」
「なんか、その良いから卑怯なんです。私はそんなのに負けた覚えはありませんからね!」
「いや、勝ち負けじゃねえし」
「ユーシ、リオン!」
涼穏と遊祉が言い争っている最中、ココロが二人に抱き付く。
「かたじけない! 本当に感謝しておるぞ!」
ココロは太陽を思わせんばかりの笑顔で二人に礼を述べる。
「えっと、その仕事、ですし……別に感謝される覚えは……」
「もう少し素直に受け取れば良いのに」
「う、うううるさいですよ、ニート先輩!」
涼穏はそう言って遊祉の肩の辺りをボカボカと殴っていた。
同時刻。第六地区中心街より少し外れた場所。
私立嬰堂学園中等部に通う中学三年生である少女、恋ヶ窪 花音は補修を終え、学校から帰る途中であった。
(……はあ。休日だって言うのに今日も今日とてどうして学校なんかに行かなくちゃいけないのぉ。ホントさいあく……)
花音は深く溜息を吐く。そのコケティッシュで可愛らしい見た目も沈んだ顔で台無しである。
(本当だったら涼穏でも誘ってショッピングとかに行こうと思ってたのになぁ……。あ、でもあの娘、今日も執行部に行っているのかしら。全く……、少しは中学生らしく遊んだら良いのに。あたしと違って成績も良いんだし)
「でも凄いよなぁ……、あの娘。中学生でクラスⅣなんてあたし、聞いた事無いよ……」
(それに比べてあたしは補修……。友人同士でなんでこんなに差が付いちゃったんだろう)
そんな事を考える内にどんどん気分が落ち込んでいく。
「駄目駄目、こんなんじゃ駄目だ。そう! 今からでも遅くないから涼穏を誘っちゃおー。これからでもお茶するくらい大丈夫だよね」
そう思い直し携帯を取り出した矢先だった。花音の視線は何故かそこに引き付けられた。
「……そう。御堂君は失敗したのね」
光の遮られたビルの陰に隠れるようにして携帯を片手に喋っている女性が居た。
黒色のマキシワンピースを羽織り、首からはネックレスをぶら下げている。真っ黒で絹糸のように綺麗な髪を一つに束ね、豊満な胸の上に下ろしていた。
冷たい表情で通話を続ける姿には路地裏と言う場所の齎す雰囲気以上に、その本人に何処か陰を差しているように思わせた。
「ええ。そう……、相手は志燎涼穏……。分かったわ。ええ、大丈夫、大丈夫、よ……」
志燎涼穏。その名前に歯噛みする女性だったが、深く瞑目をしつつ平静を保っている。
(志燎……涼穏って言ったのかな、あの人……。いや、違うそれ以上にあの人は……見た事がある。確か……そう、志燎真緒さんだ。涼穏のお姉ちゃん、確か失踪中だって言ってた)
失踪中の彼女がどうしてこんな所にいるのかは分からない。だが、これを教えてあげれば涼穏も喜ぶだろう。花音はそう思い、まずは真緒へと声を掛けようと近寄る。
しかし、結果として花音は声を掛けられなかった。彼女の只ならぬ様子に不穏な気配を感じたからだ。それに考えても見れば姉である真緒がどうして妹である涼穏を『志燎涼穏』なんて呼ぶのだろうか。その不自然さに思わず様子を伺ってしまった。
そして花音は衝撃の一言を聞いてしまう。
「大丈夫。何も心配要らないわ。……この情戦特区を壊す。私はその為にここに居るんですもの」
その考えもしなかった言葉に花音は言葉を失い、息を漏らさぬよう口元を両手で塞いだ。
(え、今……『壊す』って。真緒さんが……何で……ッ!? い、いやそれよりこんな事許される筈が……、警察、いや【正規部隊】に通報して……。で、でも真緒さんが捕まりでもしたら涼穏が……。ま、まずは涼穏に電話、いや会って話そう! 今すぐ涼穏の元へ行かないと)
花音はそう考えた直後にその場を後にした。
「…………あれは」
志燎真緒。涼穏の姉にその後ろ姿を見られているとも知らずに。
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連続更新についてはまた明日、再開しますので宜しければお付き合いの程、お願い致します。
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