プロローグ
新連載、開始しました! ただ、既に書き溜め済みなので、ガンガン更新していきます。
取り敢えず明日辺りから一気に続きを投稿する予定なので、あらすじやプロローグを読んで気に入って戴けたらまずは明日の更新をお待ち下さい。
四月九日。情報戦術技能特区に通う高校生である少年、新戸 遊祉は現在進行形で面倒事に巻き込まれつつあった。
「何してくれてんだ、こらァ!」
遊祉の眼前には怒鳴り声を上げる体格の良い男。その身なりは丸刈りでゴリラのような野生的な顔立ち、Tシャツにジーパンのラフな格好で、ピアスやネックレス、その他の装飾品でコテコテに着飾っている如何にもな格好だ。
入学式へ向かう途中の事だった。近道をしようとして通った路地裏の狭い道から出た途端、そこに停めていたバイクをうっかり蹴り倒してしまったのだ。
その途端、柄の悪い男達に囲まれ、気付けばこの状況である。
「テメェ、俺のバイクに何してくれてんだ、あぁ!?」
どうやらバイクの持ち主は今激昂している丸刈りの男であるらしい。
周囲の男達も丸刈りの男を嗜めることなく、ニヤニヤと趨勢を見守っている。
「学生だろ、お前。何処に通っている奴だ。学生証出せよ」
丸刈り男でなく、他の者から聞かれ、遊祉は答えた。
「俺は今日から高校生なんで学生証は持っていないんですが」
「ああ!? 今日から? その身なりで、……お前がか?」
丸刈りは遊祉の身なりを見て、疑問を浮かべた。
確かに制服こそ着ていたが、遊祉には入学生らしい様子は感じられなかった。染めているであろう明るい茶色の髪は本人の目付き同様、ヤル気の無い様子でところどころに跳ねている。耳には丸刈り男程には大きくないが小さめのピアスを着けており、ネックレスを首からぶら下げている。線の細い体格で、男達を映す眼には若者らしい活気の帯びたものを全く感じない。まるでまな板の上に居る魚のような諦観をその瞳は浮かべていた。
言ってしまえば遊祉には高校生なり立てと言う雰囲気、初々しさが欠片も無かった。
「その格好、お前調子に乗ってるだろ? 何とか言ってみたらどうだ?」
「言いたい事は特に……」
遊祉はここに至ってさすがに自分の状況に危機感を覚える。
さてどうしようか……、そう思った矢先の事だった。
「――――この騒ぎは一体何かしら?」
透き通るような声が届いた。丸刈り男は声の聞こえた方へと振り返る。
遊祉もそちらへ視線を送った。そこに居たのは遊祉より幾らか年上であろう少女だった。
とても綺麗で、大人っぽく見える少女だった。綺麗な黒髪を一つに束ねて服の上からでも分かる大きな胸の前に下ろしている。聡明そうな表情と大きな目は男達を前にして少しも臆した素振りを見せなかった。
制服姿の少女の胸元には盾をモチーフとしたデザインが描かれたワッペン。
それを見て男達は舌を鳴らした。
「執行部か。なに、テメェらが出張る事じゃない。この小僧が舐めた事を言ったんで懲らしめてやろうと思っただけよ」
「どんな理由があろうと暴力を振るうのは関心しないわ」
「……面倒臭ぇ」
丸刈り男がため息を吐く。と同時に左腕を掲げた。よく見れば男の左腕には腕時計らしきものが着けられていた。しかし、それには時計盤が存在せず、代わりに透明で透き通ったガラス版のような素材がくっついていた。
(あれが『オートマトン』か……)
遊祉はその機械を知っていた。情戦特区に通う学生なら知っていて当然の『魔法』を生み出す為の機械。
「執行部だかなんだか知らねェが、これを見て驚くなよ!?」
丸刈り男は拳をポキポキと鳴らす。その瞬間、オートマトンが駆動音と共に起動した。
男は少女に向かって駆け出すと、右腕を思い切り振り上げた。
振り上げた瞬間、恐るべき速度で迫る拳は少女の数センチ横を通り過ぎ、路地裏の壁を吹き飛ばしてみせた。壁は瓦礫となって粉々に砕け散る。凄まじい威力。
(威嚇か? ――いや違う)
否。彼が彼女に当てようとして振り被った拳は弾かれたのだ。空中に浮かんだ目に見えぬ壁によって。舞い落ちるコンクリートの破片を背負いながらピアス男は顔を顰める。
「なに、しやがった?」
男の問いに少女は答えない。ただ不適に笑っていた。焦燥で顔を歪ませた男が視線で合図を送る。すると周囲に居た男達も一斉に彼女へと飛び掛った。
だが、その拳は少女へは届かなかった。
「ぐわァ!」「ぎゃあ!」
飛び掛った男達の拳は少女に当たるどころか彼女に近づく事すら適わず、まるで空中で何かに弾き飛ばされると男達は悲鳴を上げながら壁まで吹き飛ばされた。激突した衝撃でそのまま動かなくなる。それらの光景を見て丸刈り男は顔を強張らせた。
「まだ続ける?」
少女の微笑みが丸刈り男へと向けられるが、男はそれを振り払うように首を振ると拳を鳴らして彼女へと突っ込んだ。その後、彼は他の男達と同様に壁に叩きつけられ動かなくなった。
「大丈夫?」
少しだけ乱れた髪を整えるようにして目元をかき上げると、遊祉へと声を掛けた。
(これがプログラマーか……)
この情報戦術技能特区、通称、『情戦特区』では外の常識は通用しない。
世界で七ヶ所、日本で一ヶ所しか存在しないこの特区は十年前より設置されており、他の場所では見られない特殊な教育を受けている学生が存在する。
約五十年前の事だ。天才と呼ばれる研究者、プライエル=マクガイヤー博士によって情報蓄積領域『情報圏』が発見された事から全ては始まった。
情報圏は端的に言えば「この世界に存在する森羅万象全ての物質事象概念が情報化された領域」であり、世界より情報を一方的に供給されるだけの領域である。
そしてその逆、つまり情報圏から世界への干渉は本来有り得ない。
しかしながら、情報戦術技能特区で特殊な教育を受けた学生はその常識を覆す。
不可逆を可逆と変える者。情報圏に蓄積された情報を『改竄』し、現実へと改竄内容を反映、干渉させる『命令』を作成する技術を有する者、それをここではこう呼ぶ。
――――『情報戦術技能技師』。またの名をプログラマー、と。
「気を付けて。ここは乱暴な人も多いから。その為に私達が居るんだけれど」
少女は制服のスカートの埃を払いながら言う。
「ありがとうございます、助かりました」
遊祉は礼を言った後、懐に仕舞っていた財布からお札を何枚か取り出してから気を失っている丸刈り男の手に握らせる。
「律儀なのねえ」
「事の発端は俺の責任ですから」
「ふーん。あのままだったら間違いなく暴力振るわれる所だったし、そのままにしても良さそうなものだけれど。面白い子ね」
少女は考え込むようにして首を傾げると、次の瞬間思い出したように遊祉へと尋ねた。
「ねえ、聞いても良いかな? 君はここに来たばかりなんでしょ? どうしてここに来たの?」
「ここって情戦特区の事ですか?」
少女は頷いた。
「魔法使いになりたくて」
「魔法、使い?」
そう言いながら少女は笑い出した。
「おかしいですか?」
「まあね。プログラマーは魔法使いじゃないよ。『メモリ開発』を受けた者が理論を以って組み上げられた命令文を用いて情報圏を改竄、現実へと干渉する――――十年以上前ならもしかしたら魔法使いと呼ばれていたかも知れないけれど今のここじゃ当然の事象だからね」
「外から見れば魔法使いと同じようにも見えますけど」
「違うわ。全然違う。だって魔法使いだったらきっと何でも出来る筈だもの」
「出来ないんですか?」
「ええ。出来ない事はごまんとある。きっと貴方にもそれがすぐに分かるわ」
少女は少しだけ悲しい顔をした。どうにもならない事を抱えているような、そんな顔だ。
「私ね、妹が居るの」
しかしその表情はすぐに何処かへ消え去った。
「妹、ですか」
「ええ。可愛くて、良い娘なの。けれど少し真面目過ぎるかしら」
「じゃあ俺とは反りが合わないでしょうね」
「どうして?」
「俺は魔法使いになって楽をしたい、そう思ってここに来たんですから」
「……。やっぱり君は面白いよ」
そう言って少女は笑った。その笑顔は心に釘でも刺さったまま笑っているかのような、そんなどうしようもない痛みを持っているように遊祉には思えた。
「妹には少しくらい君と同じような、そんな遊び心も持って欲しかったな。それだけが少し気掛かり。他は真面目で良い娘で、それでいてすっごい可愛いんだけどね」
本当に可愛がっている妹なんだろう、遊祉はその言葉は真実から出たものだと確信した。
「君は合わないって言ったけれど、私はそうは思わないな。案外、気が合うんじゃないかしら」
「そうですかね」
「そうよ。もしも私の妹と会う事があればその時は仲良くしてあげて欲しいな」
「俺は努力しますけど、その妹はきっと俺の事を嫌うと思います」
「そうかしら。そうかもね」
少女はそう言って破顔してみせた。
今度こそ彼女の笑顔は曇りの無い綺麗な笑い顔だった。
「私の名前は志燎 真緒って言うの。妹もそうだけど、私も機会があればまた会いましょうね」
「ええ。機会があれば」
「魔法使いになれると良いね」
そう言って二人は別れた。遊祉と真緒が再度出会うのはその約二ヶ月後だ。
ただし――――その時はお互いに和やかな表情では無かったけれど。
その事を遊祉はおろか、真緒でさえこの時、知る由も無かった。