③
『この3日間だけは栄えている』。言って欲しくはない一言なのかも知れないが事実、N市の駅前はその数日だけ別世界になる。構内から出た瞬間に香ばしい匂いが漂ってくるような感じで、それはひとえに坂道の両側に所狭しと立ち並んだ赤々とした出店があるからなのだと思う。
あの坂の中腹位にあった『型抜き』の出店で「こんなに難しいのやるんじゃなかった…」と後悔した思い出がある。祭りにありがちな散財は得てして残るものがないままに終わるのではないだろうか。例えば全く当たる気がしないスロットくじとかで。何となく心を引き締めながら坂を上りはじめる。
「いらっしゃい」
けれど敢えて空腹にして来たため早速鉄板でジュージュー音を立てている焼きそばに惹かれて立ち止まってしまう。お兄さんなのかおじさんなのか判断に迷う店主に軽く頭を下げ頭の中で、
<400円はここの相場では安いのか高いのか>
を熟考しながらソースの匂いを堪能する。よし決めた、と口走りそうな具合に財布から500円を取り出して
「一個下さい」
と言う。その500円は店主の手に握られ「はいよ」という小気味よい声とともにリズミカルに出来たての麺をパックに詰めて手渡してくれる。一瞬、自炊で作った場合の値段を考えそうになるが
<こういうのはこういう所で食べるのが美味しいんだ!>
と自分に言い聞かせる。僕も一人暮らしが長いけれどここで食べる焼きそばの味はなかなか出せない。それをじっくり味わうためにたこ焼きやお好み焼きが欲しいなと思う。少し進んだだけでどちらも売っている出店を発見。迷わずお好み焼きを一枚購入。
ここで問題はこれを食べる場所である。それは坂を上り切った時に解消された。正面の道路を挟んで少し左の側にこの時の為に用意された椅子とテーブルが置いてある広場が見つかったのだ。子供の頃からそこはそうなっていたかどうかは記憶が曖昧だが、祭りの様子を描いた力強い壁画を見ながら、既に出来あがっている人が居る場所で買ったものにありつく。
何の事はない。僕の今日の楽しみの一つはこの『食欲の赴くままに食べる』瞬間だったのである。そしてそれは非常に美味だった。特にお好み焼きの中に入ったキャベツと肉がこの上ない満足感を与えてくれた。
ものの10分ほどで食らい尽くしてしまった時、少し周囲を見渡してみた。やはりいつもとは違う賑わいがそこにはある。まだ祭り自体は何も始まっていないのだが、既に雰囲気は祭りのそれである。そして感じるのは「知らない人ばかりだ」という事である。腐っても地元民である僕だが、不思議と同い年位の人を見掛けても全然見た事がない。彼等は市内に住んでいるのか、それとも違う場所から来たのか分らない。小さな子供を連れたお母さんも結構見かける。お年を召した方もそうだが、中学生くらいのグループも正面の歩道を横切る。
その移動の流れは向かって右の方、つまりもっと多くの出店が並んでいるであろう道路の方に偏っていた。そこを一通り歩けば「祭りに来た」という気分になれる。けれど今日は何となく「祭り」そのものについてもっと知りたいと思っている。そして僕はその反対方向に少し歩き、神社の正面に立った。
<この神社の例大祭が『ちょうちん祭り』なんだよな>
目の前に続いているこの階段の上がこの日どうなっているのか、考えてみたら僕は知らなかった。そして神社の中に入ろうと思う人も居ないらしい。昇ってみよう、と思うのは自然な事だった。




