第一話
――ははは!悪くない!悪くないね!
「強気なメイドさんを自分のものにする、あー起きたくない」
夢の中で魔法を使うときはだいたいイメージすれば使えてしまえる。
そして俺のお決まりのパターンがこれだ、自分の影を具現化させそれを好きな形に留める。
今回は刀を影で作りだす。
その光景を見たメイドは少し顔つきが変わる。
「いつもよりリアルすぎるか?」
浮かんできた疑問を考える暇なくメイドは目の前まできて彼に斬りかかるがそれを刀で弾き飛ばす。
弾き飛ばされた力も利用しメイドはすぐに態勢を変え蹴りをするが、彼は体を反らしかわして足を掴む。
そのとき彼はどこかの人が言っていた『すでに戦う前から勝敗が決まっている』という言葉を思い出す、それはそのままこの状況のことなんだろうなと、夢のなかであれば彼は無敵であり世界の全てが自分を中心で動いている。
そんな世界で自分が敗れることなどありはしないのだと。
足を掴んだと同時に影で鎖を作り掴んだ足を鎖で捕まえる。
その鎖と彼の腕ごと切ってしまおうと考えたのかメイドはすぐに自分の足を掴んでいる腕目掛けて剣を振るがその動きすらも彼にとっては想定のできていることだった。
瞬時に現れた影の部分的な鎧によって剣を止められそれすらも鎖で縛られる。
メイドはすぐに体を捻りまずは彼の腕から離れようとしたが、すでに彼女の体は動かすことができない。
片足だけにあった影の鎖はすでにまったく気配も感触も与えないまま全身を縛っていたのだ。
「傷物にしたくないからあまり暴れないで欲しいんだけどな」
それは彼の本心だ。
だが何もしないわけでもない。
自分の思い道理にできる場所でその力があって目の前に可愛いメイドが居る。
彼は今男としての欲と快楽のために動いていた。
手をグーにし指を一本だけ立てる。
「罪には罰を」
二本目を立て。
「罰には痛みを」
三本目を立て。
「痛みは永遠に続き」
四本目を立て。
「咎人を蝕む」
五本目を立て。
「それが魔術師には魔力封印を」
そこで魔法が完成し手の上に魔法陣が生成される。
鎖で縛り床に寝かせたメイドの服を捲り露わになったお腹にそれを焼き付けようとしたとこで手が止まる。
呪文は適当だった、思いついた言葉を並べただけなのだから。
それでも夢だと思っている彼には関係なかった。
思えば、願えば顕現し再現され実行される。
さっきまで敵対心と殺意を持って接してきたメイドの顔を見て彼は止まる。
どこか懐かしいその顔、だが覚えはない、見たこともあれば話したこともあると確信を持って言えるがそれでも覚えていないその顔を見て彼は手が止まる。
手が止まったのは既視感のせいではなく彼女の表情だった。
恐怖。
圧倒的な力と死への恐怖。
覚悟したくてもできないその二つを前に彼女はただ涙を流しながら恐怖を耐えるしかなかった。
手が止まった彼は一度溜息をつき罰が悪そうに天井を見て魔法陣も消す。
壁に寄りかかり時が来るのを待つ。
メイドは何故彼がそうしたのか理解できない行動をする彼にまた一つ未知という恐怖が加わる。
彼が待っているのは朝だ、夢ならばそのうち目覚める、そして夢を見るのは目覚めの近い時だと思っていたためもうすぐ夢の覚めるだろうと彼は思っていた。
だが一息つき考える時間を手に入れ頭が冴えてきた彼は違和感に気づく。
服の感触や壁に寄りかかっている感覚、足にかかっている体重、足の指を動かせばそれが靴を履いているときの感覚だと分かる。
これが夢ならば今自身は立って壁に寄りかかりしかも靴を履いていることになると彼は考える。
いくつかの可能性を考えつくとそれらの答え合わせのために知らない感触に触れることにした。
メイドに近づき手で顔を触り唇や耳を触りそのまま手を彼女の胸に当て揉む。
それによって彼女の顔はよりいっそう泣きそうな顔になる、貞操を奪われるとでも思ったのだろう。
そこまでの全てを自分の中で再度確認し彼は一つ結論を口にする。
「異世界・・・」
ここが異世界だという証拠はすでに彼は持っていた。
影を操り手のひらに魔法陣を作り。
十分すぎた。
「ねえメイドさん、俺の言葉が理解できるかい?できるなら首を縦に振れ」
メイドはコクコクと首を縦に振る。
「この屋敷の出口まで俺を案内しろ、いいなら首を縦に振れ」
メイドはもう一度首を振る。
それを確認すると鎖を操作し彼女を立たせ全身にあった鎖を手枷と足枷の分だけにし歩けるようにする。
「それじゃあ出口まで歩け案内してくれ」
だが彼女はこちらを見たまま動かない。
「別に君を殺そうとかそんなんは考えてないよ、俺は今すんごくいい気分だからな、屋敷から出られさえすればその鎖も解いてやる」
少しでも安心させるために言ったつもりだが彼女の表情はあまり変わらず、それでも踵を返し歩き始める。
その後を彼は付いて行く。
――異世界転生か、戦争とかはしたくないな。
アニメや漫画の異世界転生の話しをいくつか思い出しながら彼は歩く。