第2話 「鉄仮面の男」
ふざけ始めます
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女性からの通報によって、現場に駆けつけた警察官が発見したのは、頭部が著しく損壊した白衣の男性の遺体と、黄土色の見たことも無い生物の死体だった。
なお、通報者の女性は被害者男性の妹であり、遺体の身元は五年間行方不明だった次元空間物理学者、牧一也と判明した。
妹の牧つぐみの証言は要領を得ず、奇怪な生物の死体は政府機関によって抑えられた。
仕方なく警察は、牧つぐみの証言にあった作業服の男のモンタージュを作り、広く情報を求める事になった。
そして近い将来、このモンタージュ手配は鉄面カイザー2号・左文字右京の知るところになるのだった。
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─ゼペリオンの断崖─
獸王国オノメクを難攻不落たらしめている、天然の要衝である。
元は、獸王国の領土外周を取り囲むように存在した半円状の断層だったが、300年以上前に起きた【地の古代竜】の覚醒振動により、獣王国を領土ごとせりあげる様に隆起した名残である。
北と西はシュシュラの森。
南に霊峰ランバルト。
東に碧海。
これらに取り囲まれて存在していた獣王国は、覚醒振動で高台に乗っかったような形となり、主な外敵は飛行可能な魔物位になってしまった。
そのゼペリオンの断崖を抜け、オノメク王国へと至るズィートンの螺旋洞窟入口に、多数の人影があった。
巨大な蜘蛛と人間を強引に捏ね回して出来た様な、異様なクリーチャーの前に、全身黒一色のクロースアーマーに、虚ろな表情の多種多様な種族達に引っ立てられるように、1人のドワーフが連れて来られた。
ドワーフは、巨大な蜘蛛人間を見て、その顔に絶望を浮かべる。
「‥‥タランチュラ男!」
「フシュ、フシュフシュ。ソサエティオブデビル‥‥ソッドを裏切れば死だ。たった1人の娘もな」
「む、娘‥‥ルリノ!」
「死ね!グリンバー!!」
「頼む!娘は殺さんでくれ‥‥」
タランチュラ男と呼ばれた巨大な蜘蛛人間が、グリンバーと言う名のドワーフを殺そうとした、正にその時。
カキュイィィィン。
突如響き渡る何やら理解不能な音に、タランチュラ男とザコ達は断崖の上に目をやる。
その視線の先には1つの人影が佇んでいた。
昆虫の様な、それでいて怒りにつり上がった様な緑眼。
その目の下部には涙を思わせる水色のライン。
そして口元は、怒りを堪える為に食いしばった牙を連想させる意匠。
それらのパーツを収めた頭部を覆うフルフェイスの鉄仮面。
そして、身体を包み込む、見たことも無いレザーアーマーとベルト。
首に巻かれた緑のマフラーが風にはためいている。
「何者だ!!」
「トォ!!」
タランチュラ男の誰何に答えず、断崖の上から高々とジャンプする鉄仮面。
彼は、殺されそうになっていたドワーフを庇う様に、タランチュラの前に軽々と着地すると、上段前蹴りを放ってタランチュラを吹き飛ばした。
ドン!ドン!ドゴォ!!
鉄仮面がパンチを、キックを叩き込む度に、ザコエルフは弾け飛び動きを止める。
「おのれぇ!どこの物好きなモンクか知らんが、ソッドに逆らぶぐっ」
「トォ!トォ!」
聞く耳持たずとばかりに、降り下ろされる様にタランチュラに打ち込まれる、鉄仮面の左右のパンチの連打。
堪らず距離を取ろうとするタランチュラだったが、鉄仮面に両肩を挟み込むように鷲掴みにされ、そのままジャンプによって200メートル上空迄連れて行かれる。
「は、離せ!!」
「良かろう。カイザァァ返しィ!!」
上空から受け身を取ってもムダな速度で地上に叩き付けられるタランチュラ。
ふらついて起き上がってきたところに降って来るのは、空気を切り裂く、鋭く重い渾身の蹴りだった。
「カイザァァーキィィィック!!」
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─異世界エッドガルド某所─
見るからに怪しい古びた大邸宅。
その内部には、貴族も使用人も、凡そ住人らしき者の姿が無い。
但し、書斎らしき部屋に何処かの国なのだろうか、軍属らしき姿をした精悍な男が、ソファーや椅子等があるにも関わらず直立していた。
彼の顔にはあらゆる種類の傷痕があり、その中の巨大な刀傷は左目の視力を奪っていた。
彼の背後には、やはり怪しさ大爆発の不気味で巨大なエンブレムが壁を覆っている。
そして、書斎に響くノックの音。
「‥‥入れ」
傷痕男の声に従い入室してきたのは、部屋の主や巨大なエンブレムをも上回る不審者オーラを撒き散らす黒づくめの男だった。
どうやら額に生えているらしい角の上から強引に黒マスクを被っているらしく、面白可笑しく外見が変形している。
「ご報告を‥‥」
「待て。服装の乱れは規律の乱れだ」
傷痕男に指摘された黒づくめは、慌ててマスクを強引に引っ張る。
当然、引っ掛かった角を起点にマスクが豪快に破け、黒づくめは暫くマスクの切れ端を眺めた後、無かった事にしようと決心したらしく、マスクの残骸を角からぶら下げたまま敬礼をした。
「ご報告であります」
「‥‥やはり種族別に縫製させるか‥‥聞こう!」
傷痕男はデスクに向かい、その豪華な椅子に腰を下ろした。
「秘密工場から脱走したドワーフの天才クラフトマンの処分、失敗しました」
「愚か者め‥‥タランチュラ男はどうした!」
「溶けて泡になって消滅しました!!」
「‥‥え?」
「溶けて泡にな」
「それは今聞いた!!貴様、文脈が途絶しておる!!功遲より拙速が大事なのは緊急連絡であり、報告は丁寧に細大漏らさず行え!!」
傷痕男は思わずデスクを叩く。
「大佐殿が『タランチュラ男はどうした』と仰いましたので」
「貴様、口答えをするか!?監視員Aの分際で!!よし判った。貴様は死刑に」
「鉄仮面を被り、見馴れぬ全身レザーアーマーのモンクが邪魔に入り、タランチュラ男は手も足も出ずに戦死しました」
「何!?鉄仮面に全身レザーアーマーのモンクだと!明らかに変態ではないか!それに、偵察暗殺が主な任務とは言え、仮にもハイブリッドマンを倒すとは、高レベルの変態だな」
「で、溶けて泡になって消滅しました」
「私のセリフ抜いても成立する会話になってる!?」
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─北方諸国連合加盟国・ンボック王国王城、大テラス─
「姫様!」
「ニルヴァーナ姫!!」
「おのれ、卑劣な真似を!姫様を放せ」
「怪物め!」
妾は今、汚らわしい化物の虜囚となった。
ああ、王国の忠勇な騎士達よ。妾に構わず、王国に仇成すこの闇の住人に正義の鉄槌を降り下ろすのです!
民達を隷属させ内乱を起こし、連合を瓦解させる企み、許してはなりません。
「娘よ!ニルヴァーナよ!!」
「お父様‥‥いえ、陛下!此のような邪悪なる企み、許してはなりませぬ!騎士達よ!妾ごとこの化け物を切り捨てなさい!!」
背後から妾を拘束し、妾を人質に陛下や宰相、大臣達や騎士達にまで隷属の呪いをかけようなど‥‥卑劣極まりない。
「キーッキッキッキ。さあ、国王よ!ニルヴァーナ姫の命が惜しくば、俺に隷属せよ。そして、北方諸国連合の滅亡を見届けろ!キッキキキ」
「おのれ!!」
お父様‥‥。お優しいお父様の事、妾を見捨てる事はお出来にならないやもしれません。
これ以上妾が生きていては、騎士団は動けないでしょう。
自身で舌を噛み千切り死んで人質の役に立たなくなれば、勇猛な騎士達の事、この化け物を退治出来るでしょう。
ああ、今宵は大の月が一際大きく青く美しい‥‥!?
あの大の月に背を向けて、宮殿の天辺に立つ人影は!
「トオー!!」
跳んだ!?まさか!
大の月明かりと篝火が照らす夜空に高々と舞い上がり、妾を捕らえている不浄なる化け物の背後に軽々と降り立つ影。
何と言う身体能力なのでしょうか!
「きっ貴様!何者だ!!」
「トオッ!」
「グゲェ!」
どうやら人影が不浄なる化け物に痛撃を加えた様子。その証拠に化け物は、堪らず妾を手放したではありませんか。
「早く逃げなさい!」
「邪魔をするな!」
救いの主の声に従い、妾は騎士達の、お父様の元へと駆け寄る。
「姫様、お怪我は」
「娘よ、大事ないか?すぐに典医を」
いいえ。妾を化け物の手から救いだして下さった御方の勇姿を一目だけでも!
「おのれ、何処の馬の骨かは知らんが、しゃしゃり出てきた褒美に貴様から隷ぞぶべら」
「トオッ!トオッ!」
大の月の青い光と篝火に照らされ、不浄な化け物と素手で闘うその姿。
悪への怒りと悲しみを表したような鉄仮面。
全身を覆う、見たこともないレザーアーマー。
首に巻かれた布が夜風と自らの激しい動きにはためいています。
「くそっ!なんだこのモンクは!」
化け物は明らかに狼狽した様子で、背中の汚らわしい翼を広げ、宙へと舞い上がりました。なんて卑怯極まりないのでしょうか!正々堂々と闘いなさい!!
「逃がさん!トオォォォーッ!」
飛んで逃走を図る化け物を、自らの跳躍で追いかける妾の救世主様。
嗚呼‥‥なんて美しく頼もしいのでしょうか。
「何だと!?バカな!!」
「カイザー投げ!!」
救世主様は空中で化け物を捕らえ、なんと翼を毟り取りながら投げを打ちました。
電光石火とはこの事です。
「ギィヤァァァァ‥‥」
翼をもがれた化け物は飛ぶ事叶わず、投げられた勢いのまま断末魔の絶叫と共に、足掻きに足掻きながら奈落へと急降下して行きました。
暗闇の底で、『ドグチャ』という、悪が滅びる音が王城に響きました。
はい、因果応報ですね。良い気味です。これで民達も元に戻るでしようか?戻るでしようね。
あっ!救世主様、どちらに行かれるのですか!?
「ま、待たれよ!!我が娘、ニルヴァーナを不浄なる化け物から救い出し、彼の者を討ち果たしてくれて礼を言う‥‥ついては褒美を」
お父様、でかした。
妾が直接御礼申し上げなくては!‥‥と言うか、騎士達よ退け。あの御方のお側に行けないではありませんか、邪魔くさいっ!!
「‥‥いえ、結構です。私に褒美をと仰られるのでしたら、陛下と姫様の連名で、恵まれぬ人々へ寄付を」
まあ‥‥なんて高潔な。
貴方様は王女である妾をお救いくださったのみならず、北方諸国連合の壊滅危機をも防いで下さいました。その功績、貴族に列せられてもおかしくありませんのに。
「ああ救世主様‥‥その鉄仮面を外し、どうぞ妾にお顔をお見せ下さいまし」
「‥‥私は、人類の自由と平和の為、悪と闘う者です。この鉄面は、誓いの証であり、悪への怒りで浮かび上がる傷を隠す為の物。御容赦を」
うん、カッコいい。
騎士とか大臣とかが無礼だなんだと言おうもんなら張り倒してたトコですわ。
空気読んでくれて助かります。
「では‥‥では、せめて御名前を!」
「‥‥鉄面カイザー、と。トルネード!!」
鉄面カイザー様の呼び声に応え、鋼鉄のグリフォンが現れました。
‥‥ああ、行ってしまわれる。
「‥‥カイザー様!!」
妾とその他に背を向けて鋼鉄のグリフォンに跨がったカイザー様は、妾の声に少しだけ振り向いて下さいました。
そして軽く頷くと、カイザー様はグリフォンを空へと‥‥。
ああ‥‥もう彼方へと消えてしまった。
「姫よ」
なんとか探し出して、嫁ぐしかありませんわね。
「娘よ」
誰があの御方より劣る他国のボンクラ貴族やパープー皇族に嫁入りするもんですか。真っ平御免ですわ。
「ニルヴァーナ!?余だぞ!?」
うっさいですね、お父様。まだ余韻に浸っていたいので、シャラップ&ゲラウェイヒアーですわ!!
─つづく─
「我らの鉄面カイザーを狙うソッド本部が送った次なる使者は、マンティス男とかインビジブル男とかリザードロンとか。そろそろ大佐殿が胃薬とトランキライザーの世話になるかもしれない第3話、イライラする男に御期待下さい」