出会い
「ふふー、良い答えだよクロイ」
『ふふー、良い答えだよ青年』
嬉しそうに微笑んだ顔。悔しい思いにかられながらも、その笑顔にクロイはマシロと出会ったあの時を思い出していた。それは約1ヶ月前まで遡る…。
そう、それはクロイがまだ"奴隷"だったころのこと……――――――
***
「おい、侵入者だ。さっさと殺してこい」
そう告げたのは自分を買った所謂"ご主人様"………ではなく、その主人を取り巻く部下の一人。腕や足にジャラジャラと鎖をつけた状態でゆっくりと牢の外へ出ると、いつもの様にナイフを渡される
「……………………」
錆びてボロボロになったナイフ。ろくな手入れもされていないそれは、彼がここに来てからずっと使われている。ただ人を切り裂き続けてきたナイフ、汚れたナイフ。あぁ、また殺すのか。彼は前を歩く男の足元を見つめながらぼんやりと思った。奴隷として売られ、そして買われたときは、家畜のように鞭で叩かれゴミのような飯を食べるのだと思っていた。
しかし、それは生温い考えであったと、彼はここにきて実感した。ここにきて早々にやった仕事。それは人殺し。はじめは何の冗談かと思った。いくら奴隷といえど人を殺すなど許されることなのか…いや、許されないだろう。
しかし、彼は殺した。それはなぜか…答えは簡単。彼は死にたくなかったからだ。殺さなければ殺されるのは自分だ。彼は死にたくなかった。だから殺した。
「侵入者は二人。一人はヒョロい小僧ともう一人は女だ。」
考えに耽っていた彼に突然かけられた声。彼は視線を動かすことなく「女?」と首を傾げた。この無駄に広い屋敷に人が訪れることは多々あるが、女が訪れたことなど屋敷の主人が肩や足を曝け出した派手な女を連れてくる以外にはありえない。ましてや、侵入者の女など…。そこまで考えて再び声があがる。
「なにやら庭師として雇って欲しいだかなんだかで来たらしいが、この屋敷は今庭師なんて雇ってねぇし、そもそも庭師なんていらねぇし…ってことだ。うぜぇから殺せ、とゴルド様が命令したからな。」
そう言った男は最後に、今頃裏庭でのんきに待ってるだろうよ、とニタニタと汚い笑みを浮かべると外へと続く扉の鍵を解除してどこかへ消えた。
「……………………」
彼はしばらくその扉を見つめると、最後に右手に握られたナイフに目を落とし、静かに扉を開けた。
その先に、彼の運命を変える大きな出来事が待ち構えてるとも知らずに……
***
「ちょっとちょっと~!裏庭で待てって言われてから随分経つんですけど~!いったい何時まで待てっていうの!?!?」
「まぁまぁお嬢!きっともうすぐっすよ!」
「って言ってもさ~カイ~」
さすがに長すぎ~、と口を尖らせるお嬢と呼ばれた女を見た男は慌てたように口を開いた。
「あ、えっと…じゃぁ…!あ!しりとり!しりとりするっすお嬢!そうすれば退屈なんて気にならないっす!!」
必死に彼女を説得するカイと呼ばれた男は手をワタワタと振りつつも必死に考えを巡らせる。そんな彼に対し、うーん…しりとりか~、などと考え込む女にカイは内心「早くしてくれっす~」なんて情けない声をあげていた。そして彼女が、まぁなにもしないよりはマシか…、と結論付けてカイに声をかけようとしたその時、ギギギギギッと音を立てて屋敷の扉が開いた。
「「あ、」」
二人はやっとか、という気持ちでその扉を見つめると、視線の先にいたのはボロボロの布を纏い、その間から覗く手足には重たそうな鎖がジャラジャラとまとわりつく、一人の黒い髪をした青年の姿だった。
「お嬢…あれって…」
コソコソと話しかけるカイを他所に、ジッと視線を目の前の少年から離さない女…、もといマシロ。なんだか嫌な予感がするっす…、と冷や汗を流すカイはもう一度マシロに声をかけようと口を開いた。
その瞬間―――――
ヒュッ――ドコォッ
「ぎょああああ!?」
マシロばかりを見つめていたカイは、突然の殺気に咄嗟にマシロを抱えるとその場から飛び退いた。
「おー、ギリギリセーフだよカイ~~」
「お嬢は呑気すぎるっす!というか何なんすか!?」
「あー、どうやら攻撃されたようだよ」
「いや、それくらいわかるっす!俺っちが聞きたいのはどうして攻撃されたのかっす!!」
「そりゃあ殺すためだろうねーー」
「軽っ!!相変わらず危機感なさすぎっすよお嬢!!!」
なんてぶつくさ語り合うマシロとカイに対して、攻撃を仕掛けてきた青年は驚いたように目を見開いた。
「(俺の攻撃を避けただと!?あいつら一般人じゃないのか!?)」
ギリッと歯を鳴らした青年は少し離れた場所にいる二人を睨み付けた。
「(殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す)」
その尋常ではない殺気を全身にひしひしと受けたカイはそっとマシロを地面に下ろすと、彼女を守るように立ちはだかった。
「下がっててくださいっす、お嬢」
「オーケー、任せたよカイ」
「はいっす!!」
マシロから任されたことが嬉しいのか、はたまたマシロを守れることが嬉しいのか、恐らくは両方であろうカイは目の前の青年から放たれる殺気を物ともせずにニヤリッ、と余裕を見せた。
青年とカイ…、双方佇むと静かに構えた…。錆びてボロボロではあるがそれでも武器には変わらないナイフを構える青年に対して、カイはグローブを嵌めた拳をスッと構えると目の前の青年に集中した。この俺に丸腰で挑むなどっ…、と内心イラついていた青年だが先ほどの一撃を見事に交わしてみせた目の前の男に少なからず警戒心を抱いていた。
双方が睨み合い、マシロが笑みを浮かべた顔で見守るなか、辺りに風が吹き荒れた。風と共に舞い上がる木の葉…、最後の一枚が青年とムツの目の前で地に落ちようとしていた…
そして……―――――
「あ、殺しちゃダメだよカイ」
ドカァッ―――
もはや頭の片隅に追いやっていたと言っても過言ではないマシロの、空気を読まない一言によって二人の戦いは幕を開けた。
「ちょっ、お嬢!?!?」
「ん???」
「いやわざと!わざとっすよねお嬢!!!」
「さぁ???」
ケロっとした笑みをカイに送るマシロはまさに今目の前で乱闘が起きていることを理解しているのか疑いたくなるような雰囲気を醸し出していた。
「(くそっ!コイツまた避けやがった!!)」
そんな二人にさらにイラついたような視線を向けた青年は、手にしたナイフを握り直すと再びカイへと襲いかかった。
「!!!」
ガッーーーー
青年のナイフを素手で受け止めたカイはそのことに驚いて隙ができた彼の胸倉を掴むとそのまま投げ飛ばした。
ドカァッーーーーー
「ぐっ…」
苦しそうに声を上げる青年…。叩きつけられた拍子に手から離れたナイフはマシロの足元に転がっていた。
「(…こんなナイフでねぇ…)」
それを珍しく無表情で拾い上げたマシロは、ナイフを手にしたまま青年に目を向けた。彼をまっすぐ見つめるその青い右目には、喜びとも悲しみとも取れる感情が浮かんでいた。
「っ…、クッソォ!!!」
そんなマシロの視線の先で苦しげに立ち上がった青年は、今度は拳でカイに襲いかかった。
しかし、"拳"でカイに勝つことなど不可能
冷静にそれをかわしたカイは青年の腕を掴むとそのまま背負い投げをし、再び彼を地面に叩きつけた。
ドゴォッーーーー
「ぐぁっ…、」
苦しそうに咳き込む青年を見てカイは一度ふぅっ、と息を吐くとマシロへ目を向けた。カイの視線を受けたマシロは満足そうに微笑んで頷くと、倒れこむ青年へ声をかけようと近づいた。
その時だったーーーーーーーー
「おおっと、動くんじゃねぇぞてめぇら」
その声にマシロとカイが振り返ると、スーツを着込み拳銃を手にした男共がズラリと屋敷の前に並んでいた。
「あらまー」
「ピンチっす」
青年が持っていたナイフをそっと懐に隠すマシロと、そんなマシロをさり気なく背中に隠すカイ。そんな二人は言葉でこそ危機を理解しているが、実際の雰囲気ときたらまったくの逆だった。
「あー、なんだっけか?…あぁ、庭師っつったか?まぁ、なんでもいい、そこのお二人さんよー…人様ん家の庭をめちゃくちゃにするたぁどういうことだ?」
あんたら庭師なんだろ?そうニタニタ笑みを浮かべる男は、牢屋から青年を出した男だった。どうやらこの屋敷の主人、ゴルドの部下の中で一番上の立場らしい。
「これは失礼いたしました。なんせ、ナイフを持った人間が突然襲いかかって来たものですから」
「くくっ、そりゃあ悪かった…なんせここいらは"物騒なヤツら"がわんさかいるもんでなぁ」
「そうでしたか!そうとは知らずに丸腰で訪れるとは…こちらの注意不足でした」
「丸腰…ねぇ、」
ニコニコと話すマシロの声に男はチラッとカイへと視線を向ける、その次に地面へと倒れこむ青年へと目を向けると怪訝そうに眉を寄せた。
「丸腰にしちゃあ、そこの男…随分と強いじゃねぇか!あんたら何者だ?」
「何者?最初から言ってるではありませんか!我々は庭師だと!」
「ハッ、たかが庭師が戦う術を持ってるだぁ?おいおい…俺たちを騙すってんならもっとマシな嘘を付いてほしいなぁ!!」
ゲラゲラとバカにしたような笑い声が響く。そんな声を聞きながらも眉一つ動かさずに笑みを浮かべるマシロは、その下品な声に劣らぬ声で告げた。
「舐めてもらっては困ります!これでも我々は各地の有力者のお屋敷を整備してきた庭師!有力者であれば屋敷に不届き者が侵入することもしばしば…そんな輩と真っ先に遭遇するのが我ら庭師!!お屋敷に仕えている以上、庭を!そして主人を守るのが庭師の勤め!!そのために我々庭師は、日々木々の手入れと己の鍛錬を怠らないのです!!」
両手をバッと広げ大演説するかの如くなマシロを見た男共は笑うのを止めたがそのバカにした視線だけは変えなかった。
「はーーん、庭師ってのも大変なこったぁ」
「いえ!木々をこよなく愛する我ら庭師にとってはなんてことないです!」
「くくっ、なら庭師さんよぉ」
「はい?」
「その愛する木々とやらをめちゃくちゃにしてくれた手前はどうしてくれんだ?」
「ふふふっ、それはもちろん…」
右を、そして左を見渡したマシロはまるで木々を選定する庭師の如く。しばらく考えた素振りを見せた後、考えがまとまったかのように再び男を見据えた。
「我々庭師を雇っていただき、見事この庭を生まれ変わらせてみせましょう!!」
自身たっぷり、そして楽しそうに話すマシロに男はニヤリッと口角を上げると再び下品な笑い声を上げた。
「くくくくっ、ガッハハハ!!!それはそれは!ご苦労なこった!!!」
「???」
はて?なにか面白いことを言ったかな?とでも言いたげにマシロが首を傾げていると、やっと笑いが収まった男はガチャリッと鈍い音を立てて拳銃を構えなおした。
「…おや、これは…どういうことでしょうか?」
「くくくっ、わからねぇとは言わせないぜ」
「うーん、わからなくはないのですが…理由が知りたいところです」
「ハハッ、つーまーり、あんたら庭師は雇えねぇってことだ」
「そうですか、それは残念です」
「悪りぃなー、こっちにも事情ってもんがあってな」
「そうですよねぇ、こんなに大きなお屋敷ですから…我々には考えもつかないような事情の一つや二つありますよねぇ…」
そうマシロが言葉を零すと、まるでそれが合図かのように辺りに銃を構え直すガチャリッという重い音が響いた。
「あー、色々言いてぇことがあるだろうがこっちも忙しいんでな、おとなしく死んでくれや……その変わり…」
ニヤリッと笑う男。再び響く銃の音。
「てめぇらが大好きな木を血で着飾ってやるからよっ!!!」
そのセリフと同時に響く多数の発砲音。耳を塞ぎたくなるほどの轟音。目を閉じたくなるほどの閃光。銃を放つ男どもが、横たわったままの青年が、そこにいる誰もが終わりだと思った。
そう、"思った"のだったーーーーーー
「っ、おい…」
驚きに目を見開く男。
「(!!こいつらっ!)」
青年も目の前の光景に己の目を疑った。
「ケガは無いっすか?お嬢」
「うん!全然大丈夫~~」
銃声が止んだ庭になんとも呑気な声が広がった。その場にいる全員の目の前には、アレだけの銃弾を食らっていながらかすり傷一つないカイとマシロの姿が映っていた。
「っ、ど、どういうことだ!!!」
「ん~?」
「てめぇら!やっぱりただの庭師じゃねぇな!?」
「やだな〜なんども言わせないでくださいよ~!我々は木々をこよなく愛する庭師です!だからちゃ~んと皆さんの銃弾から木々を守ったではありませんか~」
そう得意げに話すマシロに男はサッと顔色を青くすると、こちらへ右手の拳を向けたままマシロを守るように立ちはだかるカイへと視線を向けた。
「(っあの男か?あの男がなにかっ…)」
冷や汗を流しながらカイを警戒する男は、カイの頭の天辺から爪先まで終始恐れたように視線を彷徨わせる。
そして、フッとカイの足元に目をやった時、男はあることに気付いた。
「(っ!?じ、銃弾が足元に!?)」
男が驚愕した通り、カイの足元には無数の銃弾が転がっていた。
つまり、
「(あいつらに弾は届いてねぇ!!!)」
そう、拳銃から放たれた無数の銃弾はマシロやカイには当たっていなかったのだ。その理由はただ一つ。
「て、てめぇ魔力持ちかっ!!!」
そう、マシロはここにきて一度も戦っていないので魔力の有無はわからないが、カイは魔力を持っているのだ。男たちから銃弾が放たれたその瞬間、マシロは銃声に混じって小さく声を発した。その声を聞き取ったカイが、右手を前に突き出し素早く防御壁を展開したのである。
「くそっ、こいつら庭師じゃねぇ!どこかのスパイだ!やっちまえっ!!!!」
恐怖を目に浮かべた男が焦ったように周りに指示を出すと、再び多数の銃弾がマシロとカイを襲った。けれども、それでも冷静なカイは再び防御壁を展開すると自身の後ろにいるマシロにチラッと視線を送った。
「お嬢」
「ま、先に手を出してきたのはあっちだし」
不可抗力ってやつだよね、そうニヤリッと笑みをこぼしたマシロはカイに目で合図を送った。その意図を理解したムツは小さく頷くと、再び目の前の輩に意識を集中した。
「オラオラどうしたぁ!!これだけの弾幕じゃあ流石に手も足も出ないかぁ!!!」
狂ったように弾を放つ男は、カイが防御以外の行動に出ないことに気を良くしたのか、後先考えずに銃を撃ち放った。
「(これならイケる!!これだけの銃があれば例え魔力持ちだろうが関係ねぇ!!)」
あとはあいつの魔力さえ切れちまえばっ!!自身の勝利が見えた男は弾を放つ速度を上げようと、人差し指に入れる力を強くした。
その時だったーーーーー
カチッ
「なっ!?」
自身の手元から虚しい音が響く。引き金を引いても弾が飛び出さない。そう、弾切れだ。
「くそっ!!」
急いで弾を補充する。周りには仲間がいる、自分一人が発砲を止めたところで奴らが追い詰められている事実は変わらない。そう油断していた男は気付かなかったのだ。周りの部下までもが次々と弾切れをおこしていることに。だが、そんな相手の事情は関係ない。弾幕が弱くなったことを見逃さなかったカイは、防御壁に届く銃弾がなくなった一瞬の隙を突いて、突き出していた右手とは反対の拳に魔力を込めて男たちに突き放った。
ドゴォッーーーーーー
「ぎゃあぁぁ!」
「ぐぁっ!!」
「ガハッ!!!!」
次々と屋敷の壁にぶち当たる男共。カイが放った攻撃は、目には見えないがかなりの威力がある衝撃波だった。マシロの「殺してはならない」という指示を忠実に守ったカイは、衝撃波の威力をコントロールして彼らが吹き飛ぶ程度まで抑えたのだった。シーン、と静まり返る場。ふぅ、と構えを解くカイと終始楽しそうに笑みを浮かべていたマシロ。そんな二人の様子を這いつくばったまま見ていた青年は、目の前で起こったことが理解できないのか、ポカンっというような表情を浮かべていた。
「(こいつらっ、いったい…)」
ズキズキと痛む背中を庇いながら何とか上半身を起き上がらせ、二人に声をかけようとした。
その時だったーーーーー
「おいおい、随分喧しいと思ったらよぉ…なんだこの状況は?あ?ここがこのゴルド様の領地内とわかってやってんのか?」
これまで相手にしていた男とは別の声。今までのやつらとは明らかに身なりの違う男が、両脇に派手な格好をした女を侍らせて屋敷の中から出てきたのだ。そう、何を隠そうこの人物がこの屋敷の主人、ゴルド・ヴァヴァルコである。
「俺のかわいい部下を痛めつけるとはよぉ…てめぇら何者だ?」
まるで目付きだけで人を殺せそうなその視線に、マシロは全く臆することなく相変わらず飄々とした態度で口を開いた。
「どうも、お初にお目にかかります!先ほどの方にもご挨拶したのですが…我々はこちらのお屋敷に雇って頂きたく参りました、庭師でございます」
ボロボロの青年を、そして部下を叩きのめしても尚、自らのことを庭師と語るマシロ。そんな彼女に一瞬にして頭に血が上ったゴルドは、周りの女を振り解くと素早く拳銃を取り出し躊躇なくマシロへ向けて放った。
しかし、その弾は再び防御壁を展開したカイによって彼女に届くことはなかった。
「ハッ、魔力持ちかよ」
通りでこいつらが殺られるわけだ、そう毒を吐きながら周囲に転がる部下を一見したゴルドは眉を寄せた。
「(あ?こいつら死んでねぇ?)」
そう、彼が死んでいると思っていた部下は全員気を失っていただけだったのだ。どういうことだ?と怪訝そうにカイとマシロへと目を向けたゴルドは、そのマシロの容姿に一つの答えが脳裏を過ぎった。
「(まてよ…白い髪に青い右目、そしてあの不気味なほど飄々とした笑み……もしやっ、こいつらはっ…)」
つぅっ、と一つの汗が米神に流れた。
「ハッ、庭師だぁ?よく言うぜ」
「?なにか??」
「とぼけたって無駄だ!てめぇらの情報は信頼できるとこから入ってんだよ!!」
「情報?庭師の情報がですか?」
「っ、いい加減にしやがれ!てめぇらは庭師なんかじゃねぇ!!報酬さえ払えば殺しからガキのお守りまでなんでもするイカれた集団!星の旅団、スターダストだってなぁ!!!」
ゴルドが堰を切ったように怒鳴り散らすと、どこからともなく現れた彼の部下がカイとマシロを囲った。その数は先ほどの男たちに比べると圧倒的に多く、武器も拳銃からサブマシンガンという、弾数の多い物へと変わっていた。
「妙な真似はしないでくれよ?いくら魔力持ちの護衛がいるからって魔力が切れちまえばこっちのもんだ!蜂の巣にされたくなけりゃあ俺の言うことに素直に答えるんだなぁ!!!」
「おおっと、これはこれは」
これほどの相手を目の前にしても態度一つ変えないマシロとカイ。そんな二人にうっすらと冷や汗を流しつつゴルドは口を開いた。
「まず一つ、誰の依頼で俺を殺りにきた?」
「ふふっ、まぁいいでしょう……answer : 依頼主の意向によりお答えできない。」
「チッ、なら次だ!俺はなぜ殺される!その依頼主っつーのは俺になんの恨みがある!!」
「answer : 道を踏み外した外道に怒りの制裁を」
「あ?わけわかんねぇこと抜かしやがってっ…てめぇ死にてぇのか!?」
「answer : 貴様ら如きに私が殺せるとは思わない」
「っ!!」
マシロのどこまでを人を見下す態度にゴルドは思わず引き金に指をかけた。
「(ちっ、落ち着け…向こうのペースに乗せられちゃあの女の思うツボだ)」
ゴルドは一旦深く息を吐き出すと再びマシロへ口を開いた。
「っ、次だ!報酬金はいくらだ?」
「answer : 既に我らが手に。しかし、依頼主の意向によりお答えできない。」
「くっ…次だっ、てめぇ俺らに寝返る気はねぇか?」
「answer : 話を聞こう」
「…っ……俺はそう簡単に殺されるつもりはねぇ!その依頼主の報酬より倍の額をてめぇに払う!だからこのゴルド様に寝返る気はねぇか!!!」
「answer : ーーーーーーー……」
マシロは微笑んだ。それはそれは綺麗な笑顔で。
「可笑しなことを言う…"我々は庭師"だ」
パチンッーーー
マシロは言葉が終わると同時に指を鳴らす。ゴルドがその意味を理解する前に、無数の影が周囲の庭から飛び出した。
「なぁっ!?」
「遅いでござる!お嬢!!」
「姫!お怪我はございませんか!?」
「待ちくたびれたぜ!」
飛び出した影は口々にそう言うと、マシロとカイを囲うゴルドの部下をさらに囲うように立ちはだかった。
「くそっ!いつの間にっ!!」
飛び出して来た影とは、マシロとカイの仲間。彼らは飛び出してきたもののゴルドやゴルドの取り巻きを囲うだけで、武器は一切手にしていなかった。つまり、余裕ということだ。
「おやおや、これは驚いたのぉ」
「まさか気付いていなかったとはな」
「ど、どういう意味だ!」
「呆れたものだ…、本当に暴力を振るうだけの能無しとはな」
「なんだとっ!?」
彼らが呆れるのも仕方ない。スターダストの彼らはマシロやカイがこの屋敷に足を踏み入れたと同時に、別ルートから屋敷に入り込みマシロからの合図があるまで身を隠していたのである。
「ふふっ、貿易会社シルバーレイン…表向きは各地からの名産品を港や市場に棚卸する純粋な商売だが…その実態は全くの逆!裏ではガンガルダ帝国から不正に入手した武器や弾薬を暴力団や武器屋に高額の値で売り付ける汚い商売」
ゴルドが焦る中、マシロは相変わらず笑みを浮かべたまま口を開いた。
「ハッ、だからどうした!この俺の首を保安隊にでも突き付けるのか!?あぁ!?」
「まさか!そんなことするわけない!」
「だったらなんだ!殺すとでもっ!?」
「あぁ」
「っ!?」
「それが依頼だからな」
「っ…っざけんな!!このイカれたやろうどもがぁあああ!!!!」
ゴルドの叫び声と共に放たれた銃弾。それを合図にマシロやカイ、そして周りの仲間に一斉に銃弾の嵐が襲いかかった。
「死ねぇええええ!!!てめぇみてぇなガキに殺されてたまるかぁあああああ!!!!!」
狂ったように撃ち続けるゴルドと部下たち。その様子をマシロとゴルドが対話している時からずっと見つめていた青年は、鋭い痛みが走る身体を庇いながら咄嗟に木の陰に隠れた。
「(あいつら…なんなんだっ…)」
あのゴルドに一度も臆することなく向かっていった女。むしろゴルドの方が彼女を恐れている気すらする。
「(星の旅団、スターダスト…一体どんな奴らなんだ…)」
痛む身体を抑えなが青年はジッと影から様子を伺った。
ダダダダダッダダダダダッダダダダダッ
ガガガガガッガガガガガッガガガガガッ
ドドドドドッドドドドドッドドドドドッ
重々しい音が木霊し、辺りを土煙が舞う。いくら魔力を持つものでも、いくら恐れられる旅団でも、これだけの火力さえあればひとたまりもない。ゴルドは土煙と轟音が響く中ニヤリッと笑みを浮かべていた。
「くくくっ噂のイカれた旅団をぶちのめしたとなりゃ俺は有名人だせ」
ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべたゴルドは、蜂の巣状態で横たわっているであろうマシロの元へと近付いた。
「さぁて、いったいどんな表情で逝きやがったか…この俺様が見てやるよ、ククッ」
ゴルドの下卑た声とは違い凛とした透き通る声が響いたのはゴルドが足を踏み出してからすぐのことだった。
「どんな表情かって?それは……」
「ッ!?」
「こーーんな顔さ♪」
土煙舞う中、可憐に表れた彼女は、やはりその顔に憎たらしいほどの笑みを浮かべていた。
「バッバケモノがぁあああ!!撃て!撃てぇええええええ!!!」
もはや威厳などなにもない。青白い顔をしたゴルドは情けなく喚き散らすと周りの部下へと指示を飛ばした。が、彼が異変に気付いたのは叫んでからすぐのことだった。
「!?」
土煙収まりゴルドが目にしたものは、多勢に無勢だったはずの部下が一人残らず地面に倒れ伏している光景だった。
「お、おい…どういうことだ…」
「どうもこうも、殺すように依頼を受けたのはあなた一人ですからねぇ。関係のない方々には少し眠ってもらっただけですよ?」
あなたも先ほど可愛い部下の心配をしていたでしょう?そう首を傾げて問うたマシロに、ゴルドは信じられないものを見るような目を向けた。
噂で聞いていた旅団の話。金を出せばどんな依頼でも熟すという話から、旅団のメンバーは相当腕の立つ奴らの集まりだろうと予測していた。しかし、実際にその力を目にすると腕が立つどころではない。全員が全員、バケモノ染みた力を持っている。いくら相手が魔力持ちだからと言って、圧倒的に有利な数だった部下と武器の数。それを目の前の彼らは土煙舞う一瞬の間に再起不能と化してしまった。あまりの事態にさすがのゴルドも腰を抜かしその場に崩れ落ちた。
「ぁ…あぁ…」
そんな彼の目の前にマシロは立ち塞がった。ゴルドは恐る恐る顔を上げた。そして、にこりとこちらを見つめる目と視線が交わると、彼はみっともなく声を上げて地面を這いつくばった。
しかし、彼らがそれを許すはずがない。
「おや?どこへ行くのです?」
「拙者たちからは逃げられないでござるよ」
「お嬢をバケモノ呼ばわりしたんだ」
「覚悟はできてんだろうな?あ?」
サルファー、スレート、チェスナット、シュヴァインフルトの四人がゴルドの前に立ち塞がった。それぞれが大切なマシロを侮辱されたことによる怒りでどす黒いオーラを纏っており、そんな彼らの姿を目にしたゴルドは、もはや声を出すこともできず絶望的な顔で彼らを見上げていた。そして、彼のそんな無様な姿を見た四人は、普段であればマシロへは絶対に見せないであろうニヒルな笑みを浮かべると、サルファーとスレートがゴルドの両腕を掴みズルズルと屋敷の方へ連行しだしたのである。
「お嬢~!」
「こいつ俺らが貰ってもいいか?」
そんな彼らの行動に、はて?と首を傾げていたマシロの元へやって来たのは、チェスナットとシュヴァインフルトの2人である。
「あ、今回はチェスたちがやってくれるの?」
「おう、あいつには腸が煮えくり返る思いをさせられてるからな」
「ち~と生まれてきたことを後悔するくらいの思いはさせてやらねぇと気が済まねぇんだわ」
「あらあら…サルファーとスレートも同じ感じ?」
「おう」
「どっちがトドメをさすかで揉めてる」
「ふふふ、了解だよ」
でもあんまり遅くならないでね?そうマシロが告げると、二人はニカリッと笑みを浮かべて頷いた。これから人を殺すとは思えぬ笑みで。
「お~い!お嬢からOK貰ったぞ~!」
「さっさとやっちまおうぜ~」
二人がゴルドを引きずるサルファーたちと合流すると、その言葉を聞いてようやくこれから何が行われるのか理解したゴルドが突如として暴れ出した。
「は、はなせぇえええええ!!」
「暴れるなでござる!」
「いやだ!やめろぉ!!死にたくないぃいいい!!」
あ゛ぁああああああああ!!!そんな叫び声を最後に、マシロたちが見守る中、ゴルドの姿は屋敷の中へと消えていった。
「ふぅ、とりあえずはこれで依頼は無事終了かな~」
「おつかれっス!お嬢!」
「ふふ、カイも守ってくれてありがとうね~」
「へへへっ、これくらいお安いご用っス!」
今回の護衛役を務めていたカイは、マシロに褒められるととても嬉しそうに頬を赤く染めた。そんなカイを見て満足そうな笑みを浮かべたマシロは周囲にいたリオ、マジョリカ、シグナルに、いまだに地面に倒れ伏しているゴルドの部下を捕縛しておくように伝えると、今度はカイとアイシクルに向き直った。
「カイは屋敷の中にゴルドの部下が残ってないか確認してきてくれる?」
「了解ッス!」
「もし残ってるようなら武力行使で捕縛しちゃっていいからさ」
「はいっス!行ってくるっス!!」
マシロの指示にカイは元気よく駆け出した。
「アイはゴルドが連れてた女の人たちへの対応を」
「あの、マシロちゃん」
「ん?」
「私もそうしようと思って確認したんですけど、どうやらその女性たちは既に屋敷から逃げ出してしまったみたいです」
「あれま?そうなの?」
「はい」
「ん~…じゃあ、ま、いっか」
もしかしたらその女性たちが保安隊やらを引き連れてくる可能性もあるが、その時はその時だ、とマシロは軽く流すと改めてアイシクルへ向き直った。
「じゃあアイはシルバーレインの裏の資料とか探してくれる?私も後から行くからさ!」
「わかりました!」
カイ同様、アイシクルもマシロの指示に快く頷くと屋敷の入口へと向かって行った。
「さてと!私は~」
全員がテキパキと動き出したのを確認したマシロは、いつものようにその顔に楽しそうな笑みを浮かべるとクルリッと踵を返した。向かうは視線の先にある大きな木。今は姿形こそ見えないが、先ほどからその木の裏からこちらを伺う視線と、警戒と恐怖の感情が溢れ出ているのを感じ取っていた。そして、そこに誰がいるのかもマシロは既にわかっていた。そこまで考えてマシロはさらに楽しそうに笑みを深くすると、意気揚々と足を踏み出した。
ザッザッザッ―――
彼女の足音が辺りに響く。一歩一歩着実に近づいて行く。足を踏み出す毎にそこから感じる恐怖と警戒心が強くなるのは気のせいではないはずだ。そうして、マシロはあと一歩進めばもう木の裏側が覗き込める位置まで辿り着いた。
「…………」
しばらく動かずにじっと気配を探ってみる。やがて微かに聞こえてくる早い呼吸音にやはりここにいるのは間違いないようだと確信した。そして彼女は…
「やぁ!先ほどはどうも!」
その気配の持ち主の気を知ってか知らずか、なんとも緊張感無く挨拶を繰り広げた。
「ッ―――」
これにはさすがに、木の裏にいる人物から息を飲む音が聞こえてきたが、マシロは気にする様子もなく…むしろ反応を示してくれたことに喜びすら感じて再び口を開いた。
「君のことをほったらかしてて悪かったね~怪我とかない?…あ、カイに殴られたから無傷ではないか」
はははっ、ごめんごめん~!辺りに響く声。傍から見れば、マシロが一人、木に話しかけているようにも見えなくはない。
「ところで君の名前は?ちなみに私はマシロ」
「…………」
「てか歳いくつ?私18なんだけど、見た感じそんなに離れてないよね?」
「…………」
「あ、その前にそこ寒くない?もう冬が近いからさ~そんな木陰にいると寒いでしょ~?」
「…………」
「こっち来なよ!あんま変わんないかもだけど、こっちは日が当たるからポカポカして温かいよ~?」
「…………」
「……そうそう、さっき君が落としたコレ、拾っておいたよ」
なかなか返事を返さないその人物に、しかしマシロは少しも憶すことなく話しかける。そして、一瞬悩んだが、このままでは埒が明かないと思った彼女は懐にしまったままだったソレをひょいっと木陰に差し出した。
「っ!?」
「お」
マシロが差し出したモノ。それは"彼が"落としたアノ錆びたナイフ。それを視界に入れた人物は、咄嗟にマシロがいる場所とは反対の方へと飛び出した。そして、その人物を見てマシロは声を上げた。
「や~っと出てきたか~」
「っ、てめぇ!」
「ムッ、さっき自己紹介したでしょ?私の名前はマシロ!」
「んなのてめぇが勝手に喋ってただけだろうが!」
「うん。で、君はそれを勝手に聞いていたわけだ」
「なっ!」
「ま、そんなのはどうでもいい」
「あ?」
「ゴルドはもういないよ」
「ッ――――」
何の気なしに告げられた言葉に彼は…あの屋敷に来て最初に対峙した黒髪の青年は思わず言葉を失った。
「もう君を縛るものは何もない。だから、今この瞬間から君は自由の身だ。」
「な、に…」
「依頼を受けた対象はゴルドのみ。依頼外とはいえ、法を犯していたその部下たちは保安隊へ突き出すつもり」
「…………」
「で、見方によっては君も部下の一人にカウントされるだろうけど…」
「なッ、俺は!!」
「うむ、わかってるよ!」
「は?」
「君が望んでここへ来たわけじゃないことも、望んで命を奪っていたわけじゃないことも」
「っ……」
マシロの言葉に青年はバッと顔を逸らした。しかし、マシロは話すことをやめない。むしろ、話さなければならないという雰囲気すら感じられた。
「その鎖という名の重いしがらみは、手や足だけではない」
「ぇ?」
「その人の心にまでも重く纏わりついてしまう」
そう言ってマシロは目を閉じた。珍しくその顔に笑みは浮かんでいない。
「そして、そのしがらみは決して簡単になくなるものでなない。長い年月をかけてゆっくりゆっくりとほぐれていく」
「………」
「世界はいつだって残酷だ。人間が同じ人間を鎖で縛り私利私欲の為に生かし殺す」
「っ……」
そう静かに、けれども重く告げたマシロに、青年はギリッと奥歯を噛み締め下を向いた。しかし、マシロはそれをよしとはしなかった。僅かに開いてい青年との距離を一瞬で詰めると、驚いた彼が後ずさるよりも早く、その頬を優しく包み込みグッと上に上げた。
「でもね!忘れないで青年!!」
「!!」
感じたことのない人の手の温かさ、そして思ったよりもすぐ近くにあった彼女の顔に彼は驚いたように目を丸くさせた。しかし、彼女の次の言葉に、青年はその瞳を更に見開くこととなる。
「忘れないで!世界はこんなにも残酷で不平等だけど、それと同時にどこまでも無限で偉大で自由なんだってこと!絶対に忘れないで!!」
そうして、マシロは最後に彼の手をぎゅっと握り締めると最高の笑顔でこう言い放った。
「世界へようこそ!青年!」
***
「では、これでシルバーレインの人員はゴルド以外全て保安隊へ引き渡し完了になりますね」
「はい!わざわざ出向いていただきありがとうございます!」
「いえ!スターダストの方々にはいつもお世話になっておりますので!お礼を言うのはこちらの方です!」
シルバーレインとスターダストとの乱闘があったその翌日。ゴルドの屋敷のある一角に、マシロを筆頭とした旅団の数名と、街の平和を担う保安隊の姿があった。昨日マシロが黒髪の少年に告げていたように、捕縛していたシルバーレインの一員を引き渡すためである。
「今回我々が捕縛した人数は131名ですが、ゴルドの所持していた資料から、どうやらシルバーレインの総員は208名と判明しました。そこから捕縛した人数を引くと残りは76名…そのうちの71名は各地へと派遣されているようで今回はこの屋敷には姿はありませんでした。そして残りの5名は1人はゴルド本人だとして他の4名については残念ながら行方は不明です。」
いかにも申訳ないといった雰囲気を醸し出すマシロに対し、報告を聞いていた保安隊員はとんでもないと慌てて首を横に振った。
「いえ!ゴルドには我々保安隊も随分と手を焼いていたのですが…どこかの権力主義の貴族と繋がっているとの噂もあり中々逮捕へと踏み込むことができなかったので、今回スターダストの方々が乗り込んで下さり本当に助かりました!これでこの街も少しは明るい風が流れることでしょう!」
「ふふふ、そう言ってくださると我々も命を張ったかいがありました!」
本当に嬉しそうに語る保安隊員の姿にマシロは誇らしげに胸を張った。そんな彼女の後ろでやれやれと苦笑いを零すリオと、楽しそうなマシロを見て自身も笑みを浮かべるアイシクル…そして、「お嬢可愛いな」とボソリと漏らしつつも真顔で眼鏡をかけ直すチェスナット。こういった第一印象が大事な場面では、常識人のリオやアイシクル、そして中身は時々危険だが表面上はまともなチェスナットがマシロと行動を共にすることが多い。ちなみに、カイとシグナルも旅団内では常識人の分類だが、カイはマシロにベッタリ、シグナルは色気が半端ない、という理由から外れている。それ以外のハゲ、ロン毛、ヤンキー、猫娘は言わずもがな候補にすら入らない。
話は逸れたが、リオ、アイシクル、チェスナットの三人が見守る中、マシロはにこやかに保安隊員と話をしていたが、突如として険しくなった隊員の表情にマシロをはじめ全員が微かに警戒した。
「ところでマシロ殿」
「はい?何か問題でもありましたか?」
「その、大変申し上げにくいのですが、その…」
「?」
「……主犯であるゴルドの姿がないのですが、彼はどこに?」
言葉通り、本当に言いにくそうに告げた彼は、目の前の少女の顔から表情が消えたのを見た。しかし、それもたったの一瞬で瞬きをした次の瞬間には元の清々しいほどの笑顔に戻っていた。
だが、さらにそれも一瞬。彼女は元の笑顔を通り越して、見ているこちらが息もできなくなるほどの冷たい、冷酷な笑みを浮かべていた。
「っ…」
「これはこれは…報告するのが遅くなってしまって申し訳ありません。」
「え、」
「彼、シルバーレイン社長、ゴルド・ヴァヴァルコは……」
彼女の隠れた赤い右目がギラリと光った気がした。
「我らスターダストが、"星の力"の名のもとに地獄へ送って差し上げた」
***
「おい!そこの白い女!!」
そんな声が響いたのは、保安隊との話も人員の引き渡しもすべて終わり、もうこの屋敷には用がなくなったと判断したマシロたちが仲間と共に屋敷の門を潜ろうとしている時だった。
「ん?」
白い女って私だよな?と呑気に振り向いたマシロの視線の先には、あの例の黒い青年が息も切れ切れに立っていた。
「おや?青年」
そんな彼を認識したマシロは、背後で静かに警戒していた三人にソッと合図を送ると、それを彼に悟られないようにヒラヒラと手を振った。
「どうしたの?私に何か用?」
「っ、おまえ!」
「だぁから、私はマシロだって!」
「……おまえ、昨日言ったよな…世界は残酷で不平等だけど…でも!無限で、偉大で、自由なんだって!そう言ってたよな!?」
いまだ警戒したように、そして、どこか縋るように必死に言葉を吐き出す青年。そんな彼にマシロは相変わらずの笑顔を浮かべたまま、うんうんと頷いてみせた。
「ならっ、それはっ、"世界"は!世界はどこに行ったらわかるんだよ!その無限も、偉大も、自由も!いったいどこに行けばわかるんだよ!」
あんたなら知ってんだろ!教えてくれよ!!彼の心の叫びが辺りに木霊した。
何故か息が上がる。顔が熱い。鼻の奥がツンとする。目の前が涙で霞みそうになる。青年は感じたことのない感情に襲われて、何が何だか、自分は何をすればいいのかわからなくなっていた。
「青年、私は君に、一番最初にこうも言ったはずだよ」
だが、そんな捨てられた子どものように震える彼に、世界を教示した彼女は、やはりあの笑顔で告げるのである。
「"もう君を縛るものは何もない。だから、今この瞬間から君は自由の身だ。"ってね」
その言葉を、笑顔を見た瞬間、彼は溢れ出そうになるものを全部グッと堪えると、先ほどよりも大きな声で叫んだ。
「頼むっ、俺を、俺を連れて行ってくれ!」
そして、初めて彼女の目を見て
「マシロッ!!!」
彼は魂の叫びをぶつけたのである。
そんな彼の姿を、叫びを受け止めた彼女は、ゆっくりと青年に近づくと優しく手を差し伸べた。
「ふふー、良い答えだよ青年」