日本お仕事今昔今後話01
伝説や異聞の中から真実を見つけ出す「異聞学」教授の守里万教授は、定員割れの連続で存亡の危機を迎えている神戸ポート大学を救済するために「異聞学」的発想で救済プロジェクトを発案、そして実行したのだが…
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噛夢龍「日本お仕事今昔今後話・守里万教授編その1」
「次にあなたの夢は何ですか?」
「私が研究している『異聞学』をメジャーな学問にすることかな。講義があるので失礼するよ、では」そう答えて守里万教授は講義室に向かった。
「異聞学とは何か?」
「世界には数々の伝説、逸話、寓話などが流布されているが、異聞とはそれらの総称である。数ある異聞のほとんどは作り話かデマである」
「が、しかしそんな常識外れの異聞が実は真実を語っていたという場合があるのだ」
「その代表的な例が、ドイツ人のシュリーマンが発見したトロイ・ミケーネ遺跡群である」
守里万教授は憧憬の念を込めて、黒板に貼ってあるシュリーマンの写真を見つめ、両手を合わせて拝んだ。
何しろ、本名を捨て、守里万と改名したくらいだから、その憧れの度合いは相当なものである。
「彼は当時、誰もが絵空事と思っていたホメロスの物語を、子供の頃から信じ、それを確かめるため自ら働いて資金を調達、1870年、遂にトロイの遺跡を発掘し、物語が真実であったことを証明したのである。
このシュリーマンのように常識のとらわれずに異聞を検証し真実を発見すること。これが私の目指す異聞学である」
♪カラーン~コローン~♪ 終業のチャイムが鳴った。
「今日はここまで。次回は桃太郎伝説を異聞検証する」
守里万教授は講義室を後にした。 たった、一人の受講生に見送られて…
神戸ポート大学は名実ともに三流大学である。だから学生の人数がなかなか定員に達することはない。まして少子化の昨今では、年々定員割れがひどくなるばかりであった。
学長は緊急教授会を開いて教授達に、その解決策を求めた。
「教授諸君、今年も生徒が定員割れとなった。このままでは神戸ポート大学は廃校だ。どうすれば我が神戸ポート大学を救えるのか、誰かいい知恵を持っていないかね?」
「少子化の影響じゃで仕方がないわな」
御歳八十を過ぎた国文学の枯木教授がぼそりと呟いた。
「却下! もっと積極的な意見を!」
学長は教授達を見渡した。誰もが目を伏せた。
そんな中、たった一人、何か言いたげに学長を見返した教授がいた。
異聞学の守里万教授である。彼は異聞学者だけに『普通じゃない』発想をする。まともな案ではないはずだ。学長は慌てて目を反らしたが遅かった。
「学長、最高の案があります」
「取りあえず言ってみたまえ」
「私の神戸ポート大学救済案はターザンを発見することです」
学長以下、全員の目が点になった。
「ターザンって架空の人物だろうが」
「それにネタが超古過ぎ!」
守里万教授はその軽蔑や批難を、
「古い伝説や伝承に光を当てるのが異聞学」と切り返してアフリカの地図を広げた。
「確かに古い小説上の人物です」
「ところが、近年アフリカのこの辺りで野生白人、つまりターザンが実際にいるという噂や目撃談が広がっているのです。
私の提案は、そのターザンを発見して連れて帰るというプロジェクト!
それに成功すれば、大学の知名度が一気にアップ、学生がドワッと入学してくるでしょう」
「根拠の無いデマだろ。あるとすればどこかのテレビ局のヤラセ。躍らされてるんだ、君は」
教授の一人がバカにして言った。
「根拠はあります。二十年前、この辺りで英国人夫妻と、その赤ん坊がセスナに乗ったまま行方不明になっているんです」
「その赤ん坊がターザンってワケ?」
「誰に育てられたんだよ!」
「ゴリラかチンパンジーにです。その昔、狼に育てられた狼少女が発見された事実がありますから……」
突然学長が叫んだ。
「もういい! もっとまともな提案と議論をしろ!」
急に静かになった。
「ないのか? ないんだな!」
学長は各教授を睨みつけた。
誰も何の返答もしなかった。
「分かった。守里万君、やりたまえ。我が神戸ポート大学の命運を君に任せる」
学長は自棄気味に言った。
こうして神戸ポート大学ターザン発見プロジェクトが始まったのだが、メンバーは二人。守里万教授と異聞学講座を毎回聴講していた松村君だけだった。
守里万教授は各地を彷徨った。
「教授。二年近くあちこち回っても情報はなし。ターザンの件は、やっぱりテレビ局の捏造だったんじゃないんですか」と松村君。
「ターザンはいる」
守里万教授は未だにその確信を崩していなかった。
大体において教授や学者は頑固者が多い。
誰にどう言われようが己の直感を信じる性格だからこそ、新しい発見や発明に辿り着けるのだ。守里万教授もその典型である。
ある村に着いた。
村人が一人やって来た。
「ハーイ。私、ピポ村の村長あるね」
「日本語じゃん!」
松村君が驚いた。
「私、日本大好き。カイロ大学で日本語習ったよ。村の電気製品もほとんど日本製ね。でも最近の若いのは中国製が好きね」
「村長さん。この辺りに野生白人はいないかね?」
「野生白人? 聞いたことも見たこともないあるね。それより歓迎会やるある。食ってけ」
守里万教授は、歓迎会で出された日本製カップうどんをすすった。
日本では安物だが、ここでは超高級品なのだ。それだけの歓待を受けていることになる。
「教授、もう諦めましょうよ」
「いや、諦めん!」
と、強気で言ったものの守里万教授の気力は限界だった。
その時だった。
夜空に朗々と響き渡る雄叫び……。
「何だ、あれ?」
守里万教授はキーボードを弾きつつ歌っている村長に問い質した。
「ターザンね」
「タ、ターザンはいないと言っちゃじゃないか!」
「野生白人はいない。ターザンはいる。わざわざ和訳しなければ良かったね」
村長は笑った。
「ウヌヌ!」
守里万教授が怒りを爆発させようとしたその時、地面が揺れだした。
振動は激しさを増し、やがて山全体がズズズと鳴動を始めた。
その地響きが村に近づいてきた。
「大変ある、逃げるある!」
村長が叫ぶと同時に村を囲う森の一部が割けた。
「なんだこの象?」
「あれ、暴走象九ね。若い九頭の暴れ象グループで手が付けられない連中あるよ」
暴走象九のあとに続いてジャングル中の動物達が、守里万教授らが避難した木の下を通りすぎていく。
「この騒動、何が原因だ?」
「ターザンが雄叫びで動物達に集合をかけたあるね」
「松村君、行くぞ。動物共の後をつけていけばターザンに会える!」
守里万教授は目が輝かせて、太い木の幹にしがみつきながら下り始めた。
「慌てることない。ターザンの家なら知ってるある」
村長が下りる途中の守里万教授に言った。
「先に言え!」
「先に聞くある」
動物達はジャングルのあちこちで土を掘り返し、草を分け、臭いを嗅いだりしていた。
「動物達は何を探しているのかね」
「さあね。でも動物達はターザンの命令でやってるに違いないあるね」
「ジャングル中の動物を雄叫び一声で従わせることができるなんて、どんな超人なんですかね」と松村君。
「着いた。あの巨木の根っこに居るのがターザンとジェーン」
村長が巨木の枝の間に作られている粗末な家を指した。
守里万教授はジェーンの胸で震えている男を指して村長に問い質した。
「まさか、この震えている男がターザンだというんじゃないだろうな!」
「その、まさかネ」
ジェーンがあやすようにしてターザンに言った。
「森のみんながあれだけ探しているのに見つからないんだもの。空耳だったのよ」
「違う! ボクは悪魔の鳴き声をはっきり聞いたんだ。あいつがいる限りボクは安心して眠れない。ウエーン怖いよう~」
守里万教授はジェーンに質問した。
「百獣の王より強いターザンが恐れる動物はないはずだ」
「人間、誰しも弱点はありますわ」
ジャングルの奥から動物達が一斉に飛び出してきた。
「奴が来た!」
ターザンが絶叫した。
動物達は非常に小さな何ものかを必死で追いかけていた。
「悪魔ってあれ?」
「そうみたいネ」
動物達に追われる小さすぎる悪魔は方向を変え、ターザン目掛けて迫ってきた。
「だれか、踏み潰してくれ!」と叫ぶターザン。
「ハイよ」
村長がそいつをあっさり踏み潰した。
「弱……。片足で踏み潰せる悪魔を恐れるターザン、もっと弱。プロジェクトは失敗だ」守里万教授は絶句した。
「教授、絶望するのはまだ早いです。 小さいとはいえターザンが恐れるんです。新種の動物かもしれません。
新種発見なら神戸ポート大学の知名度が上がります」と松村君。
凹んでいた守里万教授の顔が一気に明るくなった。
「村長、悪いが足を上げてくれるかな」
「ホイよ」
二人は踏み潰された動物を見た。
どう見てもただのネズミだった。
不思議に思った松村君は圧死したネズミをターザンの鼻先に突きつけてみた。
「ギャー!!!!!」
ターザンはびっくりした猫のように飛び跳ね、ネズミから逃げた。
守里万教授はジェーンを睨みつけた。
ジェーンは愛想笑いしてから、その理由を語り始めた。
「育て親のゴリラのマーマが言うには、彼、無抵抗な赤ん坊の時に墜落したセスナの中で何匹ものネズミにかじられて、それ以来、ネズミだけが駄目なんですって。いわゆる幼児期のトラウマね」
守里万教授はその場にへたり込んでボソリと言った。
「二年がかりのプロジェクトは失敗だ……」
落ち込む守里万教授に村長が慰めの言葉をかけた。
「ワタシ、こんな時に言う日本の諺カイロ大学で教えてもらったネ。
ターザン鳴動してネズミ一匹」
「うるせえ、大山だそこ!」
村長の変な慰めに守里万教授は余計落ち込んだ……。
と、一見、失敗に終わったかに見えたターザン発見プロジェクトだったが、その後、思わぬ展開を見せた。ターザンの付き添いで連れて帰った金髪美人のジェーンが大ブレイクして、学生がワンサカ集まり、結果的にプロジェクトが成功したのだ。
まずは、めでたし、めでたし。
小説を読もうの挿絵挿入機能を使って、私が前々から作りたかった「挿絵の多い電子書籍」のヒナ型ができました。この形式についていろんな意見をお聞きしたいものです。by天派