時は得難くして失い易し
あの方はとても偉大な方でした。私はあの方の為ならばなんだっていたしましょう。
例え、それが負け戦であろうとも。
私があの方と初めてお会いしたのは梅の花が咲く季節でございました。
あの頃私はお恥ずかしいながら世間から“悪党”と言われておりました。
私は、強盗、ばくち、押買いなどを常習としており、幕府には手におえぬ存在でした。
そんな“悪党”であった私を見つけ、拾ってくださったあの方に私は忠誠を誓ったものです。
殿と無名の土豪。
私達の結びつきを不振に思う人たちもいました。
ですが私には関係ありません。
すべてはあの人のため。
私はあの人のためだけに生きて行くのでございます。
あの方の為ならば、例え城に篭る兵数がわずか500であろうと、例え、孤立無援の兵であろうと、私はあなた様を守りきって差し上げましょう。
そう思っておりました。
数が違いすぎる戦。
圧倒的な敗北。
私の目の前であの方は自害されました。
私の手によって。
ああ、なんと嘆かわしい事でしょう。
私はあなた様を守ると、あなた様のためならば何だってすると、ですがこのような事をしたくはありませんでした。
あなた様と語った最期の言葉。
『人間は死ぬ時、強く念じればそれが叶うらしい。そなたは何を念ずる』
『私は、今一度衆生となりあなた様のために生きとうございます』
『はっはっはっ、それは頼もしいのう、・・・よし、では私はそなたを待っておこうではないか。はようそなたが来る事を念じねばな』
ああ、なんと由々しき事でしょう。
「もう一度、あなた様のもとへ、」
地に濡れる赤は、黒く、濁って見えた。
これが私の最初の人生
2回目は、
俺の両親はロクでもない奴らだった。
父親は酒を飲むだけ飲んで働かねえ。
しかも借金まで作りやがった。
母親は母親で、薬はしてるわ遊ぶわで何にもしねえ。
しかも男の所に逃げやがった。
よく俺生きてるよなあ?
まあ俺もロクでもねえ奴に含まれるんだけどな。
生まれも育ちもあんなんじゃあしょうがねーよな?
俺は今人を殺している。
現在形でなっ、ひゃっは!!
今までに何人殺したかは分かんねーけど、結構殺したと思う。
まあ今のご時世そうそうバレねー自身はある。
最近じゃ切り裂きジャックとかいうのがいるみてーだしな。
そいつのおかげで俺は今だ捕まってねーわけよ。
ありがたいのやら、まあ、今殺された奴にとってはありがたくねーよな。
はっはっは。
あー薬切れた。
薬欲しーなー。
こいつ金全然持ってねーじゃん。
「っち、殺し損かよ」
俺はもう動かない死体を足で蹴りどけて、進む。
イライラ、イライラ。
ふと思った。
今殺した奴すっげー痛がってたけど、本当に痛いんだろうか?
こんなしょぼいナイフで刺して泣き叫べるのだろうか?
「・・・試すか」
俺は迷いなく喉元めがけてナイフを刺した。
あ、やっべー超イタイ。
ん?
あれ?
何これ何これ、え?
ああああああああああああああ、ああ、あ、思い出してしまった!!
私はあの方の為にもう一度人となったのではないかっ!!
あの方は私の事を待っているのではないか?!
ああ、早く早く、どうして、まだ間に合うだろうか?
早く、早く、
「あなた様のもとへ、」
3回目は、
今日はまだ何も口にしていないからなのかとても体がしんどい。
長かった髪は私の自慢で皆からも人気だったのに、今は短くみすぼらしい私。
ああ、どうしてこうなったのだろう。
お腹は空いたし、寝床はとても臭く汚く、衛生面でとても心配。
このまま死んだ方が幸せなのかもしれない。
こんな家畜のような、ううん、家畜の方が幸せね。
だってご飯をいっぱい食べさせてもらえるわ。
それにこんな苦しい労働もないわ。
私はいつになったらこの地獄から逃れるのだろうか?
働いたら自由になれるはずなのに、働いても働いても自由にはなれなくて、私の両親や友達も死んだり、殺されたり、死んでも、利用されて、ああ、何て人生。
私は何のために生きているのだろう。
お洒落だってしたかった。
友達といっぱい遊びたかった。
恋だってしたかった。
結婚だってしたかった。
「・・・ごほっ!!」
この頃咳が止まらない。
風邪だろうか?
本当は休みたいが、休んだら少なくも与えられていたご飯が貰えなくなる。
ああ、お腹が空いた。
止まりたい。
動くのさえ辛いのに。
その夜私は呼び出された。
私以外にも呼び出されたのかたくさんの人たちが集まっていた。
何なんだろう。
部屋に押し込まれた。
上には何かが出るのだろうか?
たくさんのシャワーヘッドのような物が並んでいる。
私は近くの人に聞いてみた。
「あの、今から何があるんでしょうか?」
「・・・なんだろうね、噂ではシャワーが浴びれるらしいよ。良かったよ、ここは汚いからね」
「そうですか、ありがとうございます」
久しぶりのシャワー。
少し嬉しい。
でもどうしてだろう。
とても苦しい。
息をすればするたびに苦しくなる。
息が出来ない、苦しい苦しい苦しい、周りもそうなのだろう、首を押さえている人、もがきながら助けを求めている人。
視界が霞んで何も見えない。
ああ、どうして、どうして?
かすれて出ない声で私は叫ぶ。
「また、あなた様に会えなかった」
あれ?
あなた様って、誰?
4回目は、
「あなた、そろそろこのパン無くなりそうよ」
「ああ、分かった。今作るよ」
私は妻と共にパン屋を営んでいる。
子供には恵まれなかったが、幸せだ。
私は妻に店を頼み、奥に行く。
パンを焼くためだ。
「おーい、これぐらい焼けば大丈夫か?」
「・・・・あ、あなたっ!!」
「ん?どうした?」
「逃げるわよっ!!火山が噴火したのっ!!」
「え、・・・おいっ!!」
妻に手をとられ、慌てて走る。
外に出てみると慌てて逃げる人たち。
空から降ってくる白い粉。
俺は妻の手を握り締め走った。
どの位走っただろうか?
周りに人がいるのか分からない。
白い粉が視界を邪魔し、良く見えない。
すると、不意に妻が倒れた。
「おいっ!!大丈夫かっ?!」
「あ、あなた・・・早く逃げてっ!!」
「な、・・・死ぬ時は一緒だっ!!」
俺は妻を抱きしめた。
妻はありがとうと呟きながら俺にしがみつく。
ああ、もう息が出来ない。
体はこの白い粉のせいか動かない。
死ぬのか。
そう思うが、何故だろう。
まったく怖くない。
むしろ、
あの方に会えるかもしれない事に喜びさえ感じた。
ん?
あの方?
5回目は、
今日私は最愛の人と結婚する。
今まで色々と壁はあって、両親の反対もあったけど、やっと、やっと、彼と一緒になれる。
嬉しい。
小さい頃から憧れていた白いドレス。
ウエディングドレスに身を包んで、彼のもとに行く。
ああ、何て幸せなんだろう。
もうすぐ彼の手に、
「・・・・・・?」
何で私はこの男の手を取ろうとしているんだ?
私は何故このような動きにくいものを身にまとっているんだ?
「・・・・・・?」
あれ?
私さっきなに考えてたんだろう?
どうして彼の手を取ることに戸惑ったの?
「・・・・・・?」
何故私はこの男と向き合っているんだ?
何なんだこの頭にかかっている布切れは。
一体なんなんだ。
「・・・・・・?」
あれ?
どうして私彼にキスされるのが嫌に思ったの?
どうして触れられるのに不愉快に感じたの?
「・・・・・・・?」
また失敗したのだろうか?
あの方に会いたいのに。
「・・・・・・・?」
あれ?
あの方って誰だっけ?
6回目は、
「菊枝はとてもきれいだね」
「ありがとうございんす。嬉しいでありんすぇ」
女は笑えば売れる。
だから私は笑う。
そうしたら、きっと誰か私をここから連れ出してくれるかもしれないでしょう?
もうこんな所で生活するなんていや。
こんなに無駄に着飾って、笑って、体を売る。
女は体が売れるから良いね。
と、言われた事がある。
とんだ客だった。
そして、その男もそんな事を言いながら、私を抱くのだ。
あーあ、本当に何なのかしら。
「こんな世界生きていて意味はあるのでありんしょうか」
窓から見える外を歩く馬鹿な男たち。
本当に、おかしい世界。
木でできた格子をそっと指でなぞってみる。
外に出たいけれど出れず、死ぬまで一生ここで生きていくしかない私たちの人生。
「一体何の意味があるんでありんしょう」
煌びやかであるが本当はただの誤魔化し。
暗くどす黒いものを隠すための、飾り。
シャリン、と綺麗に結った髪に飾ってある髪飾りがなる。
そっと髪飾りを手にし、大事な、愛しい彼を思い出す。
あら?
思い出しても、思い出しても、別の人が思い出される。
でも、あの方に会いたい、と強く思う。
あの方?
・・・・・あ、ああ、どうして忘れていたの?
私は格子から見える月に向かって、手を合わせる。
「あの方に会わせてくんなまし。お願いしんす」
どうか。
この思いが届きますように。
7回目は、
「我ら日の本の為に!!」
ついに私の番だ。
この国の為、天皇の為、家族の為、恋人の為、私はこの命を散らしてきます。
この命けして無駄ではないと、証明してきます。
万歳、皆我らを見送って下さっている。
私は恋人の姿を見つけた。
こんな大勢の人々の中からよく見つけられた、と少し笑ってしまった。
ああ、泣かないでおくれ。
これはとても素晴らしい事なのだから。
泣かないでおくれ。
このままでは私はお国の為に死ねないではないか。
愛しい君よ、決して忘れてくれとは言わないよ。
覚えておいてほしい。
君に他の大切な人が出来て、結婚し、子供が出来て、その大切な人と共にいるとき、そっと私を思い出してほしい。
ただ、思い出してほしい。
それだけで私は幸せだから。
だから泣かないでおくれ。
今も、これからも、死ぬ時も、君が一等好きなのだから。
ああ、小鳥の声だ。
「今度は小鳥になりたいな」
そして君と静かに暮らそう。
なつかしの祖国よ、さらば。
愛しい君へ、愛しているよ。
この国の為、天皇の為、・・・あれ?
何故だろう。
私はあの方の為だけに、と忠誠を誓ったのではなかったか?
・・・あれ?
「私は誰に忠誠を誓ったのだ?」
8回目に、
私は8の人生を送った記憶がある。
私はあの方の為に何度も人生を廻った。
あの方のことだけを思い、あの方の姿を探し、私は今年で5つになる。
いまの両親は私にあまり関心がないのか、5つにしては異常なこの落ちつきように違和感を感じていないようだ。
両親は忍であった。
あの方と共にしていた時、私は忍であった。
もしかしたら、もしかしたら、この世界で私はあの方に会えるかもしれない。
私は必死に必死に努力した。
あの方を今度こそ守るため。
あの方の幸せのため。
私は努力した。
私が8つになったとき、ついに私はあの方を見つけた。
あの方はとある城の忍であった。
私は歓喜のあまり少し泣いてしまいました。
あの方は私の事を覚えて下さっておりました。
昔のように、優しく私の頬をなで、私の名を呼んで下さいました。
「やっと来たな、遅かったではないか。私は言っただろう?はよう来い、と」
「・・・も、うしわけ、ございません」
「まあよい・・・・待っておったぞ。弥吉」
「・・・宗松、様」
瞳からあふれる涙を優しくぬぐう宗松様に私は無令だと思いながらも、思いっきり抱きついた。
やっと会えた。
ようやく会えた。
宗松様、宗松様、私がお守りいたします。
今度こそ、決して、貴方様を死なせたりいたしませぬ。
宗松様は肩越しに、そっと私に問いかけた。
「・・・弥吉、そなたはまた私の駒となり、死ぬのだな」
「はい。それが私の望みでございます」
「・・・・・・」
「宗松様の為ならば、私はなんだっていたします」
「・・・・弥吉、では最初の命令だ」
「なんでしょうか、宗松様」
「私が死んだからと、命を断とうするでないぞ」
「・・・え?」
「そなたの事など手に取るように分かるわ、私の後をおったのであろう?」
宗松様の強い視線にそらす事が出来ず、ただただ宗松様の瞳を見つめる事しか出来なかった。
「次にそのような事をしたら、もう私はお前を待つ事はしない。命令に背く駒などいりはしない。分かったか?」
「・・・は、い」
「弥吉」
「・・・なんでしょうか」
「そなたが私を守るのだから、死ぬはずがないだろう?」
「は、い・・・!!」
「私の命は、そなたに預けた」
「・・・宗松様」
「ははは、なんだ弥吉はよく泣くようになったなぁ」
「・・・っ、そりゃあ8つですから、・・・しかたないじゃないですか・・・!!」
今までと違い少し砕けた口調ではあるが、宗松様で、私の求めた、宗松様で、止まらない涙はただ重力に従い、地を濡らした。