カケラの塔
――今日も風が強いなぁ。
ぺちり、ぱちり。
自分の体からカケラひとつ取ってはひとつ積んでいきます。また少しカケラの塔が高くなって完成に近づいたと彼はうれしく、にこにこと塔を見るのです。
だけれど、今日も風はイジワルをして、彼の塔をめちゃくちゃにしてしまいます。ひとつひとつカケラを積み上げていくのはとっても面白いのだけれど、彼がちょっと気を抜くと壊してしまう風は大嫌い。風にいくら文句を言っても『どこ吹く風』と無視をするのです。塔の前で体を張って風から守ろうとしても、上から逆側からと彼をからかう様に壊してしまうのです。
倒れてしまったカケラの塔を前に、彼は真剣に考えます。どうやったらイジワルされずにカケラの塔を完成できるのだろう。
文句を言ってもダメでした。
体を張ってもダメでした。
――自分の体がいくつもあったらなぁ。
自分の体がいくつもあったら、塔の周りに集まって囲んでしまい、逆の方から風が壊そうとすることもないだろう。その上によじ登って塔の上も囲んでしまえば、上から壊されることもなくなるだろう。風がどこから吹こうが自分の体が邪魔になって塔が壊れることもないだろう。
でも、彼の体はひとつしかありません。
頭を振っても、体をゆすっても、カケラひとつこぼれ落ちることもなく、良い考えがこぼれてくることもないのです。
彼は途方に暮れました。
――このままでは、どうしても塔は壊れちゃうよ。
考えて考えて考え抜いて、そうしてはじめて、彼は周りを見渡しました。今までずっとじぃっとカケラを積むことだけに向けていた目をはじめて外に向けたのです。
そこには様々なものがありました。
がっしりとした木、木と木の間にしっかりとからみついたツタ、彼の背を簡単に隠してしまうくらいに背の高い草々。あまりにも多くのモノに囲まれていて、くらりと目眩を覚えるほどでした。何よりカケラには無い、木々や花々や大地、そして空の鮮やかな色が彼をびっくりさせていました。
色というモノを彼ははじめて感じたのです。
匂いに関してもそう。まわりにある花や木や大地とカケラがまったく違う匂いを持っていることにやっと気が付いたのです。
――自分の代わりに木や草が塔を風から守れればいいのに。
まわりのモノの色や匂いに驚いてしばらくすると、彼は木や草が自分の代わりをしてくれないか考えはじめました。もちろん、はじめて目にしたモノたちに話しかけてみても、当たり前のように返事をしてはくれません。何度も何度も話しかけ、自分の代わりを頼んでもやっぱりダメ。
頼みを聞いてくれず彼はがっくりしますが、その内モノに頼るのではなく使ってしまおうと考えました。
一生懸命考え、いくつもいくつも試してはやり直しました。
そうして長い時間の末に、塔の周りの木々にツタをくくり、草々を積んでいくことで風を防げるようになったのです。
――これで風に邪魔されずに塔を作れるんだ!
草に囲まれた塔のための場所で彼は大喜び。外では風がびゅうびゅうと塔を壊そうと荒れていますが、中にはまったく関係ありません。
彼は満足そうな顔で地面に座ると、また塔つくりをはじめるのです。
ぱちり、ぱちり。
ひとつひとつ自分の体からカケラを取り出して、しっかりと積んでいきます。塔は一段また一段と高くなっていきます。それを見て、風は必死になってびゅうびゅうと吹くのですが、積まれた草が邪魔で塔を壊すことが出来ません。
彼はその風の様子をちらりと見て、またにっこりと笑うのです。
――これで塔は完成できるんだ!
その時です。
急に、ぐらぐらぐらと大地がゆれはじめました。がらがらがらと彼の目の前の塔がくずれていきます。
でも彼には塔を気にする余裕はありませんでした。なぜなら、今まで一回も大地がゆれるなんてことはなかったからです。彼には体を丸め、ゆれがおさまるまでじっとするほかありませんでした。
やっと大地のゆれがおさまって、彼が顔を上げると塔はすべて壊れていました。
塔が壊れてしまってがっかりするのと同時に、いったい今何がおこったのだろうと彼は頭をひねりました。
考えても答えが出ないのは当たり前かもしれません。
でも、どこからともなく、笑い声が聞こえた気がしました。それは風が彼をからかっているようでした。
――じゃあ、このゆれも僕を邪魔しにきた風のなかまに違いない!
そう考えた彼は、このゆれに邪魔されない場所をつくろうと考えはじめるのでした。
それから、ずいぶんと長い時間がすぎました。
風や大地のゆれのほかにも、さまざまな邪魔を彼はうけました。時にはぴかっとカミナリがおそいかかってきたり、いっぱいの水が塔を流していったりもしました。
――どうすれば、邪魔されないだろう? こうすればいいかな? ああすればいいかな?
いろいろな邪魔がはいっては、邪魔されない場所を彼はつくっていきました。もちろん、すぐにぱぱっとつくれるはずもありません。邪魔されるたびに一生懸命長い時間をかけて、考えて考えて、何度も失敗しながらあきらめずに、邪魔されない場所をつくりあげたのです。
そうしてとうとう、何にも邪魔されないすばらしい場所を彼は完成させました。
そのすばらしい場所で、彼はひとつひとつカケラを積んでいき、やっとカケラの塔を完成させました。完成したカケラの塔のまわりを走り出してしまうくらい、うれしくてうれしくてたまりませんでした。完成した塔をじっとながめていて、うれしくてにっこりしてしまうのです。
ぱちり、ぱちり、ぱちり。
何にも邪魔されない場所で、次々とカケラの塔をつくりつづけます。完成したカケラの塔を思いうかべて、うれしくなって次々ともくもくと塔をつくりつづけるのです。
十個つくっても、二十個つくっても、うれしいのは止まりませんでした。
きっといつまでもうれしいのは止まらないのだろうと考えていました。
でも、いつからかカケラを積んでいくことに、完成したカケラの塔を思いうかべることに、だんだんとうれしさを感じなくなってきました。
何にも邪魔されずに、ただカケラを積んでいく。カケラの塔が完成するのはうれしいのですが、このかんたんなカケラを積むのにあきたのかもしれません。
――どうすれば、僕が積まないでもカケラの塔が完成するだろう?
彼は考えて考えて、いろいろと試していくのです。
そうしてとうとう、簡単にカケラの塔をつくるキカイも完成させてしまいました。それは自動的に彼の体からカケラを取り出し、それを積み上げていくキカイ。彼と同じくらい、いえ彼よりも上手にカケラを積み上げて、そして壊れない塔をたてていくすばらしいキカイでした。
すばらしい場所とすばらしいキカイ。
何にも邪魔されず、きれいに積み上げられたカケラの塔は完成します。つぎつぎに、つぎつぎに塔はたっていきます。
パチリ、パチリ。
パチリ、パチリ、パチリ、パチリ。
またひとつ、新しく塔がたちました。
彼はじっと塔が積み上げられていくのを見て……
どうしてだか、うれしくないのでした。
それからまた、ずいぶんと長い時間がすぎました。
すばらしい場所は何にも邪魔されること無く、すばらしいキカイはつぎつぎとカケラの塔をたてていました。すばらしい場所には、すばらしいキカイがたてた塔でぎっしりとうまっていて、まるで世界が塔でできているように見えました。
そのすばらしい場所のすみっこに、彼はいました。
すばらしいキカイが彼の体からカケラをつまんでいきますが、彼はちっとも反応せず、ただぼぅっとカケラの塔をながめていました。何もしないで、ただぼぅっとしているのです。
風がびゅっとふいても、
大地がごごごっとゆれても、
カミナリがぴかっとおそっても、
水がどばっと流れてきても、
すばらしい場所には何もおきず、カケラの塔はかけらも壊れず、彼もじっと動かないのでした。
パチリパチリパチリパチリ。
パチリパチリパチリパチリ、パチリパチリパチリパチリ。
次々とカケラは積み上げられ、カケラの塔がまたちます。もうすばらしい場所には塔のたつスキマは見当たらないのですが、それでもすばらしいキカイは塔をつみあげていくのです。壊れない塔をスキマなくたてていくのです。
そのうち、すばらしい場所は塔でぎっしりになってしまいました。
それでも、すばらしいキカイは塔をつくりつづけていました。
そうして……すばらしい場所は、パチンとはじけてしまったのです。
――僕はどうなったのだろう。
すばらしい場所がぱちんとはじけて、彼もやっぱりはじき飛ばされていました。
飛ばされたせいで彼は気をうしなっていたようで、彼が目を覚ましたときには目の前にはカケラの塔がかけらも見当たりませんでした。すばらしい場所も、すばらしいキカイも、カケラひとつ見当たらず、彼は周りに何も無い大地にたおれていたのでした。
体をおこしてあたりを見回して、自分がどうなったのかを考えました。ずいぶんと久しぶりにモノを考えたのです。ずいぶんと長い間、彼はカケラの塔をながめてぼぅっとすごしていただけでしたので、考えることをどうやっていたか考えなければいけないくらいでした。
長い時間かけてつくったすばらしい場所はなくなってしまいました。
さらに長い時間かけてつくったすばらしいキカイはなくなってしまいました。
まわりには何もありません。きっと遠くへ行けば木々や草々はあるのでしょうが、あたりには見当たりません。
結局何も考えつくことなく、彼は自分の体からカケラを取って、大地におきました。
ぺちり、ぱちり。
ひとつカケラを取っては、注意ぶかく積んでいきます。ずいぶんと久しぶりにカケラを積んだ気がします。
ひとつひとつカケラを積んでいき、すこしカケラの塔が高くなると、どこからともなく懐かしい匂いがやってきて、カケラの塔を壊してしまいました。彼をからかうような感じはすごく久しぶりでした。
でも、彼は風に文句をいいませんでした。
またひとつカケラを取って、カケラを積んでいきます。
カケラの塔はまったくできていないけれど、塔が完成することを考えると、彼はとってもうれしいのでした。
後書きは作者活動報告にて。