スイカ割り
「ねー、スイカ割りやろ。一発で割れたらご褒美あげるからさっ」
彼女が薄く頬を染めながら言った、そんな台詞で始まった。
黒い布で目を覆われる。
「じゃ、四九回、回って」
「ん」
ぐるぐると、四九回転した。
「うわっ、ホントに四九回回ったっ。冗談だったのにっ」
「……」
目隠し越しに睨み付けた。無言の圧力をかける。
「……ごっ、ごめんなさい」
プレッシャーに負けた彼女は素直に謝った。
「ん」
俺は大体目安を付けておいた地点まで、躊躇いなく小走した。
「ちょっ、あんなに回ったのに走ってる!?」
驚愕の声が聞こえたが、
「気のせいだ」
と答えておいた。
そして、イメージ上のスイカがある地点の正面に立つ。そして腰を落として力を溜めると、手に持った棍棒を振り上げ――横に薙ぎ払った。
スパンッ、と手応えが返ってきた。命中したらしい。目隠しを外す。
「えぇ!?横薙ぎッスか!?縦、縦!普通縦に振るでしょ!ていうか私、誘導する暇もなかったじゃん!したかったのに!それが楽しみだったのに!」
「いや、横に振った方が命中範囲が広いしな。それに誘導なんかされなくても割れるし」
「……楽しくな〜い。てか横に振るなんてひきょーだよ。ものの3分で終わっちゃったじゃん」
「……チッ、文句あるならもう一回やってやるよ」
そして、俺は出発地点まで戻り、目隠しをし、十回回った。
「うん♪じゃあ誘導しま〜す。えっとねー、そのまま大体五十……」
ひゅ。俺は棍棒を投げた。強烈に回転したソレは、一直線にスイカへと向かい、そして突き抜けた。
「歩。ってえぇ!?」
「当たった?」
が、スイカを見ると、完全な球体のまま、ビニールシートの上に佇んでいる。後方には、棍棒が砂浜に深々と突き刺さっていた。
「……アレ?割れてないの?」
「大丈夫、割れてないけど……」
言いながらスイカに近付いた。
俺はスイカの蔓を掴み、上に引き上げた。クチャッという音を立て、上半分が持ち上がった。下半分はそのまま。あまりに鋭すぎる断面に、赤い果汁など一滴も零れない。
「斬れてるから」
「棍棒で!?」
三十秒で食い終わった。
「早っ!てか種は!?」
「飲んだ」
「飲っ……!?」
「え?」
「そこに疑問!?」
う〜む?なんか変な事したか、俺?
「……で、ご褒美ってのは?」
「……あっ、そうだったね。ハイ」
言って、目を閉じてこっちを向く。
「なんの真似だ」
「……だから、ご褒美だよっ」
「阿呆か」
「…………うぅっ…………酷い…………」
あっ、マジ泣き。
……これはどうしたものか。
「……」
シャク、とスイカを口に含む、隣で泣く彼女。
「……じゃあ、スイカよこせ」
「……私のキスよりスイカの方が良いんだ……」
そしてまた、スイカを口に含んだ。
「うっせぇな」
ガシッ、彼女の頭を掴むと、グルンッ、強制的にこっちを向かせた。
「ぐぇっ」
彼女は急激に首を回された事で、潰れたカエルの様な声を出した。俺はその声が出た箇所から、直接彼女のスイカを頂いた。
「うぶっ!?」
「……ん。ごちそうさまでした」
ニヤリ、と笑う。俺の唇に付いた赤い果汁を、ペロリと舐めてみせた。
「…………おっ、お粗末様でしたっ!」
頭から湯気を出しながら、かすれた声を出す彼女。
……なんだかんだで、酷く可愛らしい。
彼女は俺が笑いながら彼女を見ている事に気付くと、更に顔の色彩を鮮やかに染め、そのままスイカを放り投げ、何処かへ走って逃げていった。
「あっ、馬鹿、食い物を粗末にすんなっ」
咄嗟に腕を伸ばして、スイカが地面に付く前に捕獲した。
そのころにはもう彼女の姿は無かった。
「……」
手の中には、彼女の食べかけのスイカ。
「………」
シャクッ。