兎に角、リハビリ!特急列車③
『何で、職場の仲間のみなさんに挨拶しないんだ!無視したって思うんだぞ!? 』
「みんなは、私が来ていることに気付いていないよ。」
『お前と違ってみんな、視野が広いんだ! 俺は目が合わない限り挨拶はしないからな。絶対、気付いてるね! テミス、ずっとそんな感じだと人と話が出来ないんだぞ!』
ふんっ!と鼻息を鳴らしながら灰色狼は列車に乗った。
テミスは、1ヶ月に一度、つけてもらうことが出来る花束のスタンプカードに今月も印鑑をつけてもらえたことにホッとしていた。
大切に財布にしまいながらテミスは、列車に乗ったのだ。
列車に乗ると黒淵眼鏡をかけたアテナが颯爽と現れた。
『リハビリの先生に話を聞いて来ました。やはり、テミスは、筋肉をつけられる状態ではないようです。体幹トレーニングもしてはいけません。』
アテナは、タブレットを持ち慢性痛の改善という動画を開いて見せてくれた。
『まずは、骨盤を柔らかくすることが第一です。椅子に座って骨盤を後ろにした時に背中がCの形になるようにしていきましょう。』
「はーい!」
テミスがはりきってやってみると、背骨のあたりは丸く出来ても腰周りが直線の状態だった。
『Cになってないな。』
アテナは、『鏡を見ながらだとやりやすいかもしれません。』と、体が全部映る大きな鏡を持って来てくれたのだった。
『骨盤を柔らかくするために、顔は絶対に動かさないで左右に骨盤だけを動かす練習をしましょう。』
『歩くのも漕ぐのもダメだったんだな。悪くなっていたもんな。』
椅子の上に、アテナはタオルを敷いてくれている。
テミスは、ちょこんと座って腰に両手をあてた。
大きな鏡に映るテミスの鼻のあたりに、アテナは白いテープを貼ってくれた。
『ここから絶対鼻を動かさないでください!』
テミスは、頑張って骨盤だけを動かそうとしているが、「ん、んっ!」骨盤がカチカチなのだった。
『腰、動いてるか?』
「骨盤の筋肉、今まで使ったことがないよ。」
へにょへにょとその場にテミスは崩れ落ちてしまった。
『コルセットのせいなんじゃないか!?』
灰色狼は、雄叫びをあげている。
テミスは、鏡を見ながら骨盤だけを必死に動かそうと頑張っていた。
列車も走り出そうとした、その時だった。
車掌さんの切迫したアナウンスが聞こえて来たのだ。
『兎に角、リハビリ!特急列車は、安全運転で終着駅を目指していますが、事故に合う確率が高まっています!車内でも急なブレーキによる振動にお気をつけください!』
『プッ!!!!!』
車のクラクションの音が聞こえる。
テミスは、腰が痛くなるため丁度立ち上がったタイミングだった。
進行方向に目をやると、赤い車が見えたのだ。
怖さを感じたテミスを守るためアテナが、彼女を抱き締める。
灰色狼は、やつをいち早く察知して、外に出て車の動きを早める魔法を使った。
『テレポーテーション!』
「邪魔なんだよ!!!!!」
乱暴なハンドルの車は、交差点のある大きな通りで左側から、物凄いスピードで線路を横切った。
『ファーーーン!!!!!』
列車は危険を回避するために、警笛を鳴らした。
灰色狼が魔法を使わなければ、列車は事故に遭っていたのだ。
『危ないな。』
険しい表情をしながら灰色狼が戻って来た。
『怖かったですね。大丈夫ですか? 』
『うん。』
アテナの温もりと灰色狼の機転に救われたテミスだった。
『あまり遠いところに飛ばすと、時間を使ったように感じて気付かれてしまうからな。』
『魔法、難しいですね。列車内は、振動を感じないようにしていますが事故を防ぐことは出来ないですからね。』
『魔法使いがいるなら、事故も減るのだろうがな。それでも、最後までテミスを守れるのは翡翠の瞳を持つ者なんだ。俺はずっとはいられない。』
『テミスも持っているのに良いのでしょうか。』
『同士だからいいんだよ。』
鏡を見ながら一生懸命、テミスは骨盤運動を始めている。
翡翠の瞳が光り輝いていた。
『今からは回数ではなく、前屈をして柔らかくなっているかどうかで運動を止めてください。』
アテナは、テミスの骨盤を一緒に動かしている。
灰色狼は、『うんうん。』と頷きながらいつの間にかアテナからもらったタブレットで動画を見ていた。
テミスは、骨盤運動を何回もして、前屈をしながら確認している。
『短くなっていたか?』
動画を見ているのに、灰色狼はもう一つの目があるようだ。
とても鋭い緋色の目だ。
テミスは、思った以上に骨盤が柔らかくなっていることに驚き嬉しくなった。
『うん!!!!!』
『腰をうまく使うことが出来れば、痛みはなくなるからな。何なの私の人生って今は感じだろうが、テミスの休んでいる1年なんて、大した問題ではないんだ。あの人と話をしたい気持ちを諦めるな!』
テミスは、灰色狼のあたたかい言葉を胸に、虹を目指して列車と共に静かに動き出したのだった。
灰色狼『味噌汁作ってくれよ!』
テミス「うん!」
灰色狼『たんぱく質が足りない時は、納豆を食べろよ!だけど、今日納豆買って来るの忘れたな。他のお店でいいか!』
アテナ『テミスが働いていたスーパーの売上に繋がっているんです。お客様として出来ることをしたいテミスの気持ちを考えてください。』
灰色狼『そう言えば、見たことない人が品出しをしていたな。来年の2月はあの人は異動がある可能性が高いが、あの人とテミスが会うことに異動は関係なかったんだ。店長にテミスが呼ばれた時、退職を先に伝えていなければ店長からあの人のことで、選択肢があった可能性があるんだ。あの人に失礼だと感じて辞めたことをテミスは伝えているんだ。店長に話を聞くことは終わったんだ。怒っていないのは、テミスだけなんだ。』
アテナ『腰痛のことも怒って良かったのでしょうね。今更ですね。』
テミスは、味見をしながらお味噌を溶かしているのだった。
テミス(ちょっと味、濃くなっちゃった。)




