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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

最低勇者

清冽な戦乙女が痴女と下ネタに戸惑いながら邪な国境警備隊長を足蹴にする話。

作者: 中申串
掲載日:2026/07/05

2026/08/11 誤字修正

2026/08/12 生成AIで挿絵描いてもらった

 第1章:戦乙女がナンパされる。


 白大理石で築かれた堅牢な検問所は、ローゼンバルト神聖公国の富と傲慢さをそのまま形にしたかのように、国境の尾根にそびえ立っていた。

「おい、そこの。登録証を出せ。……ふむ、不穏な風体だな」

 国境警備隊長クラウスは、目の前に並ぶ三人の少女たちを不躾な視線で舐めるように見回した。

 名前を問われて率先して答えたのはビキニアーマーの少女だ。

「あーしはルーシー。傭兵で雇ってもらおっかなーって思ってそっちの国行くトコ。あ、こっちの剣道部の部長っぽいのがモーナで、こっちの表情筋死んでるのがロサ。あーしらパーティなんだよねー」

「よろしくお願いする」

「……」

 剣道部の部長というより武士みたいな居住まいで、モーナが挨拶する。モーナは革鎧を着ていて、もう片方のロサは乗馬服みたいなボーイッシュな服装だ。

 統一感のないパーティだな、と検問所の兵士たちは寸感した。

 無表情なのにやたら大きな目のために妙に目ヂカラのあるロサの方は、黙ったままだ。だが、目ヂカラのせいで黙っていても存在感がある。

 モーナという少女も、見目はいいのだが、金瞳をいからせた表情が、なんだかちょっと怖い。

 兵士たちの軽口はおのずと、ルーシーの方に向かう。

「ビキニアーマーってヤツか」

 一人の兵士がルーシーを眺めて顔をにやけさせた。

「そういうのがあるのは知っていたが、それ着ているヤツは初めてみたぜ」

「えへ。かわいくね?」

「まるで痴女だな」

「マジそれな!」

 痴女と呼ばれて嬉しそうにルーシーはくるくると回った。

 警備隊長――――流れるような金髪に彫刻のような美貌を持つクラウスは、書類から顔を上げると、三人の少女の方を眺めやった。そして、モーナの所でハタと目を止める

 地味な革鎧の上からでも隠しきれない凛とした気品――そこに「清冽なまでの清純さ」を感じたクラウスは、密かに思った。

(どストライク)

 クラウスはとってつけたような仕草で整った顎をなで、気取った声音で語りかける。

「我がローゼンバルト神聖公国は広大だが、野蛮な流れ者にやすやすと開かれるほど安い国ではない。……だが、そうだな。我が公国の豊かな土壌に、君という清らかな大輪の花を植え替えさせてくれるというのなら、私個人の権限で『特例』を認めてやらないでもないが?」

 ねっとりとした視線を受け、モーナは小首を傾げた。純粋培養の騎士として育った彼女には、男が何を言っているのか、その不躾なニュアンスがいまいちピンとこないのだ。

「特例……? 植え替えとは、我らを公国の専属兵として正規に雇い入れてくれるという意味か?」

「いえ、お姉様。お下がりください。ここは私にお任せいただきましょう」

 そう言ってモーナとクラウス警備隊長の間に割って入ったのは、目ヂカラのロサだ。その瞳からは完全に光が消え失せて、何をか言わんといった風情。

「要するにこの男は、その顔面に似合わぬその貧弱極まる股間の突起物でもって、お姉様の聖域を凌辱し、二十四時間いつでも突っ込めるコンビニ奴隷として囲いたいと、そう言ってるのですわ。この不埒者め。お姉様にそのような下品な言葉を聞かせるでない」

「いや言ってないから! い、いや、それよりは、おなごがそんな下品な物言いをするんじゃない」

 クラウスは悲鳴のような声を上げて否定した。

「む。吾は今、下品なことを言われたのか? ロサの言葉も、よく分からない所が随所にあって理解が及ばないのだが」

 そこにルーシーが、さすがのコミュ力で横から割り込んでいく。

 自慢の爆乳をこれでもかとクラウスの腕に押し付けるようにして、妖艶に身を乗り出した。

「ねえねえ隊長さん! だったらあーしとかどーよ? こう見えて夜の戦場なら百戦錬磨だし、どんな『検問』だって喜んで受けてあげちゃうんだけどー?」

 だが、クラウスはルーシーの甘い声を、冷酷極まる一瞥とともに撥ね退けた。

「いらん。というか、お前はお前で、あの少女の前でそのような下品な言葉は慎め。貴様もしや、その年で淫売か?」

 にべもなく返されたルーシーは、「ちぇー。てかお堅くね?」と肩をすくめて引き下がった。

 だがその一方で「だが待てよ」とふと思う。何気なくモーナの方に視線を向けた。

(これ、もしかして恋愛経験ゼロのあのコに経験積ませるの、ワンチャンありじゃね? いい歳して恋愛したことないとかマジムリだし、 しかもそれを恥ずかしげもなく公言するとか、中身ガキンチョじゃん。いつまでもそんなことさせてらんないし、一度恋愛しちゃえば、考え方ガチで変わると思うんだよねー)

 ルーシーはウンウンとうなずくと、いまだに当惑しているモーナの背中をぽん、と叩いた。

「ま、ね? とりま、付き合ってみ?」

「ルーシー、何を言っているんだ。私は男と付き合うつもりなど――」

 モーナが迷惑そうに眉をひそめて言った言葉を、クラウスがひきとって口説き続ける。

「男と付き合うつもりはない、かね? しかしどうだろう。そうやって自ら、新たな出会いの芽を摘んでしまうというのは。それでは君の世界を狭くしてしまうのではないかな? こちらの半裸の女の子が言うように、一度試しに付き合ってみるというのも手だと思うのだが」



 第2章:下ネタは戦乙女を守る。


「無礼極まる提案です。こんな提案に耳を貸してはなりません。」

 ロサが冷ややかに言い放ち、手際よく旅装の懐から携帯用の小さな文箱を取り出すと、驚くべき速さで手紙をしたため始めた。

「耳を塞いで――いえ、お姉様がわざわざお耳を塞ぐまでもありませんでしたね。申し訳ありません。むしろ、この男の口を塞ぎましょう。ちょうどこの辺りはヴァルテンブルク卿の領地です。ヴァルテンブルク卿は衆道(男色)の趣味をお持ちですので、お願いしましたら喜んで領主自らこの男の口を物理的に塞いでくれるでしょう。しばしお待ちを。すぐに連絡しますので」

「おい、何を言って――」

 クラウスが「ヴァルテンブルク卿」と聞いて顔を青くして言葉を咎める。

 ロサはそれにかまわず文箱から細い筒を取り出し、指笛を鳴らした。

 すると、遥か上空から、猛烈な速度で影が舞い降りた。

 情報伝達のためだけに品種改良された、足のない狂気の鳥――「伝書隼」である。

 飛行速度は矢よりも早く、砲弾に匹敵する。ロサが手紙を括り付け、空へ放った瞬間、クラウスが「え、あ、ちょっ、まっ」と慌てて手を伸ばしたが、飛び去った伝書隼の姿はもはや空にシミさえ残していなかった。

「遅くとも本日中には返信がありましょうから、本日は領都に戻ってひとまずくつろぐ事にしましょう」

 ロサがそう言って振り返った背後に、はやくも黒い点が見えた。見えた、と思った次の瞬間には、風を切り裂いてロサの頭上をクルクルと回り始めた。

 目視だけの話をすると、見えたのは途中までだった。ロサの頭上に達してクルクル回り始めたあたりは全く目視できない。伝書隼がその場でクルクル回りながら次第に減速していく事で、ようやく目視がかなうのだ。

 クルクル回りつつ減速するとともに、高度も徐々に下がっていき、最終的にはロサが受け手の形にした手の中にトサリと落ちる。これをロサは慣れた手つきで隼に餌をやって労い、再び頭上の空へと戻した。

 筒から取り出された返信には、ただ一言、力強い筆跡でこう書かれていた。

『承知した。すぐにそちらに参上する故、しばし待て』

「フットワーク軽っ」と、ルーシーが思わず声をあげる。

「領主ってば、こんなひょいひょい動いていいわけ? もしかしてガチで暇人?」

「あなた、ご自身は脳が愛液で漬物になってるタイプなのに、勃起した殿方の行動力については理解が及ばないのかしら」

 モーナは二人の言葉を聞いて、神妙な表情を浮かべて首を傾げた。

「すまない。お前たちが何を言ってるのかよく分からないのだが……もしかしてルーシーは何か、脳に重大な病気を患っているのか?」

「ええ。先天性なので完治はかなわないのですが」

「ウケる、イミフがキャパいんだけど!」

挿絵(By みてみん)

「しかし」と、モーナは検問所の外を見やった。「領主殿はどうやってここまでいらっしゃるのだろうか。すぐにとは言っても、時間が余ってしまうな……」

「問題ありませんでしょう。こちらの領主様、ゲオルグ・フォン・ヴァルテンブルク卿は、若い頃は我が国でも鳴らした高名な騎士。馬蜘蛛を駆る技術はもちろん、おのこを後ろから『刺し貫く』のもお手の物と……」

 ドオオォォン!!

 地響きのような衝撃音が、遠くの街道から響いてきた。

 爆風と共に立ち上る凄まじい土煙。その中から、八本の剛脚で大地を爆裂させながら突き進む、巨大な馬蜘蛛の影が飛び出してきた。

 馬蜘蛛というのは体長が馬くらいもある巨大な蜘蛛だ。

 このガルプ王国を含む中原諸国では、騎士といえばこの馬蜘蛛に騎乗して戦う戦士の事を言う。

 体長は馬くらいとは言え、蜘蛛には八本の長い足が横についている。この足も含めると、横幅は馬の三倍くらいになる。重さは大体2トンくらい。

 そしてこの馬蜘蛛は、移動する際、はた迷惑な事に跳躍するのだ。高さは30メートルに達し、それが一回の跳躍で100メートル先まで飛んでいく。

 着地をすれば爆発的な衝撃が辺りを揺るがし、跳躍すればまた衝撃で大穴が生ずる。頭上を通り過ぎるだけでも轟音が鳴り響き、人々を恐怖に震え上がらせる。

 馬蜘蛛というのは非常にはた迷惑な乗り物なのだ。

「ハーーーッハッハッハ!! 待たせたな、我が同胞たちよ!」

 馬蜘蛛の背から豪快に飛び降りたのは、筋骨隆々の巨体に、手入れの行き届いた髭を蓄えたナイスミドル――ゲオルグ・フォン・ヴァルテンブルク卿その人であった。

 ゲオルグ卿は、ねっとりとした視線でクラウスの体を無遠慮に凝視していた。前々から、この領主から熱烈なアプローチを受けていたことを、クラウスは鳥肌が浮かぶ思いで思い出していた。

 ゲオルグ卿はロサから話を聞き、なおまたクラウスからも事情を伺って、ふむ、と深く頷いた。

「なるほど、つまり、警備隊長殿の言い分は、国境を通す代わりにこちらの御婦人と懇ろになりたい。そしてこちらの御婦人の主張は、国境を通りたいのでこれを妨げる警備隊長の身柄を拙者の好きなようにしてよいと。そういうお話でござるな」

「いやいやいや! 最後! 最後おかしいから!!」

 クラウスが悲鳴のような声をあげて否定する。

「冗談でござる。だが、このように互いの意見が食い違ったならば、武人の解決方法は決まっておろう。武をもって事の正邪を問うしかあるまい。そなたらも傭兵(ぶじん)の端くれならば、異論はあるまい?」

「確かに」とモーナが頷く。「このようなことで決闘というのは、なにやら武の道を汚すようで気がすすまなかったが、間に人をたててのお話となれば是非もない」

 だが、ここでロサが不満げに眉をひそめた。

「お待ちください。お姉様が負ける事など万が一にもないと断言できますが、しかしそれでもわずかの可能性であれ、こちらはお姉様がそちらの言いなりにされる危険性をはらんで……『孕まされる』危険性をはらんでいるというのに、そちらが負けた時のペナルティが国境を通すだけ、というのはいささかバランスが悪くありませんか? 到底承服しかねます」

「別にムリに下ネタ挟まなくてよくね?」

 ルーシーが呆れる中、ゲオルグ卿がポンと手を叩いた。

「ならばこそ! 警備隊長には、負けた時のペナルティとして、拙者の『伽(とぎ)』を務めるというのはどうだろう?」

「それは一晩だけでなく、未来永劫という事で?」と、すかさずロサ。

「むろん」と、ゲオルグ卿が爽やかに即答した。

「ならば問題ありません」

「ちょっと待てぇい!!」クラウスが顔を真っ青にして絶叫した。「目の前で自身の人身売買が行われようとしているのに、黙っているバカはいないぞ!」

「そうは言っても、ご自身が勝ったらお姉様の事を未来永劫突っつき続けるおつもりなのでしょう?」

 ルーシーの指摘に、クラウスは言葉を詰まらせる。

「言い方がひどすぎてうかつに肯定していいか戸惑うが……まあ、そうか」

「では同じ条件である事をご理解いただけると思いますが」

 クラウスは額の汗を拭い、ゲオルグ卿のぎらついた視線から逃れるようにモーナを睨み据えた。

「……致し方なし。相手が流れの傭兵風情なら好都合。もとより、勝てば良いだけのこと!」

 こうして、男色家領主ゲオルグ卿の立ち会いの元、国境の命運とクラウスの貞操をかけた「騎士の決闘」が決定した。


 第3章:痴女が地雷を踏まれる。


 決闘を翌日に控えた夜。検問所の一角にあるクラウスの執務室には、ルーシーの姿があった。

「――だからさ、隊長さん。あのコの癖から言うと、踏み込みの瞬間に左足の軸がわずかに外向いちゃうわけ。そこにちょっとした『細工』仕込んどけば、確実に体勢崩せるっしょ?」

 ルーシーは「相手側の情報に詳しい者」として、クラウスに自ら協力を申し出ていた。クラウスにとって彼女は、明日の勝利を確実にするための、この上なく都合の良い協力者であった。

「ふむ……有益な情報だ。お前は実によく気が利くな、ルーシー」

 クラウスは上機嫌で図面を弄び、二人の間には極めて良好な関係が築かれているように見えた。

 明日の決闘では、クラウスがモーナと決闘している最中に、今検討しているような罠の発動を、クラウスの部下たちにやらせるつもりなのだが、彼らは何でもはいはいと言う事を聞く一方で、気を回して臨機応変に対応する、という事がない。なので、このルーシーには現場の指示を任せるつもりなのだった。

 何でもはいはいと言う事を聞いて口答えをしないのは、仕事に対するモチベーションが低い証拠だ。独善的な上司の部下によく見られるタイプである。

 しかし、広場の石畳に施す罠の細部について、いくらか意見を交換していく中で、徐々に意見の食い違いが発生し始める。

「いや、そこ仕掛けるのないって。あのコの歩幅だったら、もう一歩手前でピン跳ね上げさせなきゃダメだって」

「何を言う。私の計算では、この位置こそが私の美しい剣技を最も引き立てる間合いだ。お前の言う位置では美しくない」

「でもさぁ」

 クラウスは次第に不快感を露わにするようになっていたが、ついに手元の書類を机に叩きつけた。

 その瞬間、ルーシーの動きがぴたりと止まった。ほうけた表情でクラウスを見る。

「とにかくここはこの位置だ。お前は、俺の言うことを聞いていれば良い」

 言葉の綾。言葉の勢いというものだろう。

『この女は俺に惚れている』

 そういう気持ちが言わせた言葉には違いない。特に強い口調でもなかった。

 だが。

「…………」

 部屋の中の空気が、まるで一瞬にして真空になったかのような、奇妙な静寂。

 ルーシーは、ただ静かに半眼を閉じた。

 彼女の顔からは一切の感情が綺麗に削ぎ落とされ、完全な、氷のような無表情へと変貌していた。怒りも、落胆も、あるいは嘲笑さえもそこにはない。ただ、絶対的な、深い闇のような静けさだけがそこにあった。

 だが、己の欲望にしか興味のないクラウスは、その異様な気配の変化に気づくことすらなく、再び図面に指を走らせていた。

「……そだね隊長さん。まあ……大人しく隊長さんの言う通りにしとくわ」

 しばらくの沈黙の後、ルーシーはいつもと変わらぬ、しかしどこか機械的な笑みをその面に貼り直して、静かに微笑むのだった。


 第4章:決闘と暗躍


 翌朝、白大理石の広場にて、ゲオルグ卿の立ち会いの元、一騎打ちの火蓋が切って落とされた。

「いざ!」

 モーナが手に持つのは、傭兵用の実用的な片刃剣。対するクラウスは、細身ながらも業物と知られる公国特産の長剣を構える。

 表の勝負は、開始直後から圧倒的だった。

 モーナの放つ一撃一撃は、重く、鋭く、そして寸分の無駄もない。クラウスは防戦一方に追い込まれていく。その端正な顔が、またたく間に焦りと屈辱で歪んでいった。

 しかし、この決闘の真の戦場は、広場の周囲、すなわち「裏」にあった。

「そこの三人、合図に合わせてソッコーあっちの排水溝のバルブ開けてぇ。あのコの足元に地下水逆流させてガチでハメるから、マッハで動けし」

 広場の隅から、ルーシーがクラウスの部下たちへ的確に指示を飛ばしていた。彼女の手元には、昨夜のうちに書き換えた検問所の構造図がある。クラウスが命じた生ぬるい罠を、ルーシーは現場の指揮官として、より確実にモーナを陥れるためのものへと臨機応変にアップデートさせていた。

「させませんわ」

 だが、その動きをロサが見逃すはずもなかった。

 ロサは観客の隙間を縫うようにして暗躍していた。ルーシーの指示で動いた部下がバルブに手をかけた瞬間、ロサの放った暗器(仕込み針)が部下の急所を正確に穿ち、声をあげる間もなく無力化する。

「チッ、あっち潰されたわけ? なら二班、広場の東側にある天幕のロープ秒でぶった切って! 日除けガシャンさせて視界ゼロにするから!」

 ルーシーの冷徹な現場指揮が飛ぶ。

 しかし、ロープが切られる寸前、ロサが音もなくその場に現れ、自前の短剣で仕掛けごと部下を叩き伏せる。

「まったくあなたときたら、頭も股もゆるい脳筋ビッチのくせに、仕事になったらやたら有能なのですから。おとなしく下品な下ネタでもさえずっていればいいものを」

「あっは、ウケる。なにそれ、自己紹介?」

 ルーシーは一歩も引かない。

 クラウスの部下たちをチェスの駒のように動かし、次々と新たな罠を設置していく。対するロサは、神がかった洞察力でそれらを察知し、いちいち確実に潰していく。

 広場の裏側で繰り広げられる、女たちの壮絶な頭脳戦と妨害工作。裏の戦いは熾烈を極めていた。

 だが、ルーシーの執念は、わずかにロサの防御を上回った。

 ロサが西側の細工を処理している隙を突き、ルーシーはクラウスが仕込んでいた本来の罠――石畳の隙間にあらかじめ仕込まれていた、感圧式の突出ピンを起動させていた。

「あ――」

 モーナがクラウスを仕留めるべく踏み込んだその瞬間、右足の真下の石畳が、わずか数ミリだけ不自然に沈み込んだ。

 最高速での踏み込み時の数ミリの狂いは致命的だった。モーナの軸足がわずかに流れ、必殺の突きがクラウスの髪をかすめて空を切る。

「もらったぁッ!!」

 九死に一生を得たクラウスが、狂喜の叫びをあげて長剣を振り下ろした。

 体勢を崩したモーナには、それを防ぐ術はなかった。彼女の持つ剣が弾き飛ばされ、白大理石の床に甲高い音を立てて転がった。

「勝負あり!!」

 ゲオルグ卿の豪快な声が広場に響き渡る。

 ルーシーの徹底的なテコ入れと裏工作がなければ、モーナが確実に圧勝していたであろう、圧倒的な実力差。しかし、結果として、表の勝負の勝者はクラウスとなった。

「ハハハハ! 見たか! 勝ったのは私だ! 約束通り、お前は私のものだ!」

 勝ち誇り、肩で息をしながら叫ぶクラウス。

 モーナは悔しさに唇を噛み締め、ロサは己の不覚に激しい怒りを燃やしていた。ただ一人、ルーシーだけが、満足げな笑みを浮かべてクラウスへと歩み寄るのだった。


 第5章:国境警備隊長が足蹴にされる。


「マジ隊長さんリスペクトー! マジで勝っちゃうとかウケるんだけどー! あーし惚れ直しちゃいそうなんだけどー!」

 ルーシーは極上の営業スマイルを浮かべ、豊満な胸をクラウスの腕に絡めた。そうしながら、声をひそめて囁く。

「ねぇ、ちょい聞き。ちょーっち耳貸して?ガチ内緒話なんだけど」

「なんだ? 私はこの後の事で忙しいんだが、はっきり言ってお前の相手をしてる暇はないぞ」

「分かってるってー。その件で隊長さんにマジで言っとかなきゃマズいことあんだよね。あーしらの正体的な?」

「は? 正体? それはまた不穏な。聞き捨てならんな」

「だっしょ? あのコの彼氏になりたいなら、そこ絶対スルーできないし」

「なるほど。そういう話か。だがそういう話ならあの娘から直接聞きたいな」

「は? 頭わいてんの? あのコが今の段階でそんなことバラすわけないじゃん。あ、もしかして拷問? 隊長さんそういう趣味系? ガチで引くんだけど」

「いや待て待て。分かった。たしかにそこは私も気がはやったかもしれん。それで、なんだ。お前たちの正体とやら」

「あんさー、人がせっかくコソコソ喋ってんの分かんない? こんなギャラリー多いところで言えるわけないし。タイマン張れる時間と場所作ってよ。あのコをパスするのはその後ね。オケ?」

 それからルーシーは、クラウスと別れて、モーナたちの方に歩いていった。

 決闘騒ぎで集まったギャラリーたちは既に解散している。

 モーナは腕組みをして仁王立ちしているが、怒っている風ではなかった。

「ロサに話は聞いたのだが、理解が出来ない。説明を求める」

「そんな怒んなし」

「いや、別に怒ってはいないが」

「じゃなくて、後ろの人が」

 ロサはモーナの後ろに侍従よろしく控えて、静かにルーシーを睨みつけていた。

「いいからさっさと弁明を始めなさい」

「うわ、ロテが下ネタなしとか、ガチで怒ってる系じゃん。いやさ、副隊長ってば、恋愛経験ゼロじゃん。あーしとしてはマズいなあ、とか思ってたわけ。んで、良い機会だからここらで一発いっといたらどうかと思ったんだよね」

「それでモントーリエ様が負けるように画策したと」

「あーしの経験でゆーと、きっかけなんてわりとどーでもよくてね。大切なのは一発やってから後! これマジだから」

 ロテと呼ばれた少女は、はあ、と呆れたようなため息をはいた。

 モントーリエと呼ばれた少女が生真面目な口調で要点をまとめる。

「なるほど。つまり吾の経験の浅さを憂慮しての事という事か。配慮痛み入る。だがその配慮は今後は不要だ。吾にはすでに心に決めた人がいる」

「あ、ファザコンの話ならもういいんで」

「だとしても、副隊長に罠を張って苦杯をフェラさせた事は許しがたいですわ。どう言い繕ってもこれは裏切りでしょう」

「え、それなんか問題ある? 罠しかけられたくらいで負ける方が悪いんじゃね? てかもう下ネタいれてくんのオッケーなんだ。ロテのその線引きマジでなんなん?」

「確かに。戦場では敵が罠をしかけてくるのが当たり前だ。吾も正直、今回の決闘はあの男に負けたのではなく、ルシルに負けたと思っている。次回の機会があったら次は決して負けはしない」

「さすが副隊長はわかってんね」

「まあ、モントーリエ様がそうおっしゃるなら、私もこれ以上、何も言えませんわね。よく考えてみたら、あんな決闘など、勝っても負けても同じことですし」

「ん?なにそれ。どゆこと?」

 ロテが何気なく呟いた言葉に、ルシルと呼称された少女は疑問の声をあげた。

「あなた、分かってやってたのではないんですの? いえ、あなたが分かってやってたわけ、ないですわね。理性がノリと勢いで出来てるような人ですし。つまりあの決闘は、勝ち負けに関わらず、それが成立した時点で私たちの国境通過は約束されていた、というわけですわ。例えて言うなら、殿方が『何もしないから』といってご婦人を宿屋に引き込むようなものですわね」

「いやごめん、マジ分からん」.

「結局突っ込まれるということですわ」.

「いや下ネタの解説じゃなくてさー」

「そなたらの例えは相変わらず吾には分からんのだが、ロテの言いたいことは分かる。吾が負けて、吾があの者のモノになるという事は結局、国境を超えるということなのだから、という事であろう」

「あ、なるほー」

「アナルホール。ダブルミーニングですわね」

「ロテもけっこう、ノリと勢いで喋ってんの、自覚してる?」

「それで今後の事はどうするおつもり?」

「それなー……」

 といった調子で意見のすり合わせを行った後、半時ほどしてからクラウスが姿を表した。

「しばらくここらには人が来ないようにしたから、何でも────おいちょっと待て。これはなんだ!」

 言いかけてクラウスは、そこにあるものを見て目を剥いた。

 それは端的にいって、局所的に発生した天変地異だった。

 石畳は爆砕飛散し、土は深く掘り返され、木々は吹っ飛び、どんな嵐がどう暴れまわったのか、想像もつかない有様だ。しかしそうなった原因は明らかだった。

 その荒れ地となった場所に、馬蜘蛛がいたからだ。それも三体も。

 一体が横幅3メートル前後のものなので、それが三体となると、少々広くても手狭に感じる。

「あーしらの正体の話って言ったじゃん。んでまあ、こゆこと」

 と、ルーシーと名乗っていた少女は馬蜘蛛の一体に飛び乗った。

「こ、こーゆーことって、どーゆー……」

「察しの悪いこと。そんな様子では、勝手に腰を使って自分だけ満足なさる姿が容易に想像つきましてよ」

 そう言って、ロサと名乗っていた少女も、もう一体の馬蜘蛛に飛び乗った。

「あーしの本当の名前はセシル・ルシル。んで、そっちの下ネタ・ジェネレーターみたいなのがドロテ・ロテ」

「あなた、紹介にかこつけて大っぴらに悪口言いたいだけではなくて」

「えー、親しみの表れじゃん! それから、そっちの景品の人が、シャプリエ・モントーリエ様ね」

 ルシルはモーナと名乗っていた少女を指して紹介すると、しばらく相手の反応を見るように、口を閉ざした。

 モントーリエも不快そうに眉間に皺を寄せて黙している。

「な、なんだ?」

 沈黙に耐えきれず、クラウスが戸惑いの声をあげる。

「んー? いやあ、まー、どーでもいーんだけど、これマジヤバいでしょ」

 ガルプ王国と接する国境を警備する任にありながら、その国の宰相であるシャプリエの家名を聞いて何の反応もしないなどというのは、不勉強以外の何モノでもない。まことにもってマジヤバい。

「マジヤバい」クラウスは不愉快そうに反論した。

「いきなりなんだ。俺は貴様らが正体を明かすというから、わざわざ時間を作ってきたというに」

「だーら、明かしているっての。あーしら、馬蜘蛛に乗ってるじゃん? これって、どーゆー事か、分かるよね。分かんない? これで分かんないと、マジでヤバいんだけど」

 そこに至ってようやく、モントーリエが不愉快そうに口を開いた。

「全く呆れたものだ。武装した女が、ガルプ王国から馬蜘蛛に騎乗してやってきているのだぞ。傭兵なわけがないだろう。我らは隠密で行動している正式な騎士だ。これを聞いたらそなたはもはや後戻りが出来なくなるが、吾らは極秘任務を受けて、勇者たちの住まう魔王城に向かっている最中……」

「うわああああああ! 聞かすなそんなもん!」

 クラウスは耳をふさいで絶叫した。

「もう遅い。聞いた以上は同行してもらう事になるが」

「お、お、お前! それちょっとひどいぞ!」

「そんなことは吾は預かり知らぬ」

「まあまあ、隊長さん」

 ルシルが見かねたようにとりなしに入る。

「こちらの景品の人はガルプ王国でも、上級貴族の娘さんだよ。逆タマだよ、逆タマ。ハッキリ言って、ローゼンバルトナンタラ公国とか、戻る意味なくね?」

 そう言われてクラウスはハタと考えた。

 言われてみれば確かにその通り。

 こう見えてクラウスは王室の遠縁に連なる血筋の者だったが、継承権の順位は三桁に及ぶはるかに遠い縁で、王家の血も極薄だ。

 王位継承権を主張するのも恥ずかしい順位だが、それでも厚顔無恥なクラウスは、かまわずこれを公言し、「世が世なら」などとのたまっては、「どんな世でもさすがに三桁の人には回ってこないでしょう」と鼻で笑われているのだった。

 何で「鼻で笑われている」のかは分からなくても、「鼻で笑われている」事自体は分かるのが、「鼻で笑われている」人の常で、クラウスもそれは例外ではなかった。

 影で「世が世なら殿(笑)」と呼ばれている事までは、さすがにクラウスも知らなかったが。

 クラウスが無意味に尊大で男尊女卑的な傾向が強いのは、もしかしたらそういう部分の劣等感の表れなのかも知れない。

 いずれにしろ、これは周囲を見返すチャンスかも知れない。クラウスの中に、そういう気持ちが芽生えた。そして芽生えた途端に開花した。

 なるほど、そうか……そういう事か!

「はああーーっはっはっはああ!」

 クラウスは突然高笑いを始めて、ルシルたちをビビらせた。

 モントーリエの表情が動いていなかったのは、びっくりしすぎて脳から表情筋に指示がいかなかった為だ。それでも無意識の内に一歩下がっていた。

「そういうことか! 実に素晴らしい! ガルプ王国の上級貴族の娘ともあろう者が、他国のしがない警備隊長に身を窶(やつ)してまで、この私という『至高の輝石』を求めて密入国してくるとはな!」

 クラウスは脳内で都合の良い完璧な方程式を組み立てると、流れるような身のこなしで、モントーリエが跨る馬蜘蛛の鞍の後部へと飛び乗った。

「おい、何をする」

 モントーリエの大きな金瞳が、凍りつくような不快感に細められる。

 しかし、クラウスは自らの輝かしい未来予想図に陶酔しきっていた。王位継承権三桁の男が、ついに歴史の表舞台に立つ瞬間が来たのだ。ガルプの権力者の娘を娶り、公国と王国の架け橋となる我が美しき姿。完璧だ。

「気にするな、我が勝利の女神よ。傭兵ごっこはここまでだ。さあ、領主の館へ戻り、まずは君のその堅苦しい皮鎧をじっくりと剥ぎ取る『検問』から始めようではないか!」

 クラウスは勝ち誇った笑みを浮かべ、勝者としての特権を誇示するように、モントーリエの細い腰を後ろからガシッと力強く抱きすくめた。その様はまるで、この女は既に自分の物だと云わんばかり。

 モントーリエの背中が、ピクリと強張った。

 それを見たルシルは、嘲笑が浮かびあがりそうになるのを堪えて、すぐに極上の営業スマイルに切り替えた。

「うわー、隊長さんマジ男前ー! 逆玉ロード爆走じゃん? だったらさ、そこガチで離しちゃダメだし。しっかりしがみついときなよー?」

「ふん、言われずとも。この私の腕から、彼女を逃がしはしないさ」

 クラウスが鼻で笑う。

 その隣で、ドロテが一切の光を失った半眼で見つめていた。

「キンタマが手足をはやしただけの分際でで人間ヅラとは、思い上がりも甚だしい」

「お前は相変わらず下品な……だが、私の美しい――おい、ちょつと待て」

 モントーリエの耳には、男の吐き出す下俗なセリフなど、もはや一文字として届いていなかった。ただ、自らの聖域に無断で触れている、この不潔な肉塊に対する圧倒的な、言語を絶する『嫌悪』だけが、彼女の全身の神経を真っ黒に染め上げていた。

 ギチ、とモントーリエの革手袋が悲鳴のような音を立てる。

「方向がちがうぞ。こっちは公国、検問所の方だ」

 疾く。疾く。

 言葉を返す価値すらない。一刻も早く、この不浄な空間から、光の速さで離脱する。

 その純粋すぎる拒絶の意志が、そのまま駆動ピストンを握る右腕へとダイレクトに伝わった。

 モントーリエが、不快感もあらわに、いつも以上の力強さで発進の拍車(コマンド)を叩き込む。

 その瞬間、世界が爆発した。

 馬蜘蛛の駆動ピストンに、リミッターを解除された最大圧力の体液が注入された瞬間、機体は静止状態からわずか 0.2 秒 で時速 180 km に到達した。

 この時、馬蜘蛛の背(鞍上)に発生した初期加速度は、地球の重力加速度を基準として約 25G (およそ 245 m/s^2 )に達する。

 通常、成人男性の頭部の平均重量は約 5 kg である。この凄まじい加速度が加わった瞬間、クラウスの頭部には、その自重の25倍にあたる約 125 kg(力学単位換算でおよそ 1225 N )の慣性力が、進行方向とは真逆の後方に向けて瞬間的に作用した。

 防備のないクラウスの頭部を支えるバックレストなど、そこには存在しない。おまけに、一刻も早くこの場を立ち去りたいという嫌悪感に支配されていたモントーリエは、配慮を欠いたまま全力で機体を発進させていた。

 人間の頸椎(けいつい)および周囲の靭帯が、予期せぬ後方への過進展によって破断する限界荷重は、およそ 400 N 〜 600 N とされている。

 したがって、完全に無防備だったクラウスの頸椎第三・第四椎骨は、その過大な剪断力に耐えきれず、初動の 0.05 秒 で物理的に圧壊。中枢神経が完全に遮断された。

「あ――」

 クラウスの首は、己が「勝者」としてモントーリエの腰をその腕で抱きすくめた高揚感のノイズを脳が処理するよりも早く、物言わぬ肉塊となり、脆くも胴体から千切れ離れて、激しい風圧の中で後方に飛び去っていった。

 一緒に跳躍した馬蜘蛛の馬上でそれを見て、ルシルが吹き出した。

「ちょっ、首もげてるし! ヤバい! ウケる!」

 しかも前進モードの順行速度なので、吹き出した血飛沫が後ろにたなびいて、それが更にルシルの爆笑を誘った。

 前進モードの順行速度では、「ごおおおっ」という耳を弄する風切り音で、併走していても互いの言葉は聞こえない。

 ロテからは、ルシルが指を指して爆笑している事だけは分かったが、何を言っているかは分からなかった。だが何を笑っているのかはそれだけで伝わる。

 ロテは首から上のなくなったイケメンを見て「あら男前」.と呟くと、それきり興味なさげに前に向き直った。

 腰につかまっている男の存在に不快感を募らせていたモントーリエがその事に気付いたのは、更にその後だ。

「なんとまあ。訓練を受けていない者を同乗させるなとは言われていたが、まさか首がとれるとは思わなかったな。今後は気を付けよう」

 そう言うとモントーリエは、汚い虫を払うように、腕を引き剥がして残った胴体を蹴り落とした。


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