9-8. ケイシー打席に立つ
運命の中に偶然はない。
人間はある運命に出会う以前に、
自分でそれを作っているのだ。
政治家 ウッドロー・ウィルソン
ケイシーは悠然と打席へ進んだ。この時間は、誰もが認める、ケイシーのための時間。落ち着かせるまでもなく、心臓は静かに強く鳴っている。
「俺に繋ごうとか、考えなくて良いからな」
ジョーの声。
「ああ、俺が最後のバッターだ」
ホームランが出ればサヨナラ、凡退すれば負けだ。そんな一か八かの大チャンス。「誰にでもチャンスに恵まれない者はない」、そんなカーネギーの言葉を思い出す。
ケイシーは高い青空を見上げた。この刑務所に来て十年。オズ所長の『自由の実験』が皆の命運を変えてから一年と少し。初めて野球をやったのは……。
思い出したいことなんて山ほどある。でも、ここで感慨に浸っていたら、繋いでくれた仲間たちに面目が立たない。走馬灯は電気椅子で見よう。四十五年間の思いではなく、今ここにあるべきは、この打席への集中だ。
白い空間に、自分とクリスの二人だけ。ピッチャーズプレートからホームベースまでの六十フィート六インチが、浮彫のように見えた。
初球。クリスが振りかぶって、ストレートだ。風を切る音も聞こえない。ケイシーは、それを堂々と見送った。この球じゃない、なぜだかそう思ったのだ。
クリスが微笑んだ。この対決を楽しんでいるのは、クリスも同じ。
バットを力強く握る。最後までなんとか砕けないでくれよ、と念を込めた。
そして、二球目。同じストレートだ。いよいよケイシーには、縫い糸まで目に捉えられた。だが、やはり見送る。首を横に振った。
これでノーボール・ツーストライク。追い込まれたのは、どっちか。
さあ、三球目。直球。これが勝負球。ボールが止まって見えた。体が千切れるほどのフルスイングは、高密度の空気を砕きながら、今この、白いボールの……。




