9-5. 好勝負
運命の中に偶然はない。
人間はある運命に出会う以前に、
自分でそれを作っているのだ。
政治家 ウッドロー・ウィルソン
両者譲らない試合展開に、クリスはいつしか腕組みをほどいて前のめりに見入っていた。正直言って、ここまで締まったゲームになるとは思ってもみなかった。
刑務所の中で囚人に囲まれて試合をするのは、選手たちには初めての体験だ。グラウンドに入った時はいつもと違う緊張もあった。なにせ、「狂った場所」の犯罪者たちに囲まれているのだ。
しかし、試合が中盤に入った今、選手の目にはポロ・グラウンズと何も変わらない景色が映っていた。緊張なんてものはとっくにほぐれている。相手の実力は、決して侮れないレベルにあるのだ。
その驚きに加え、あの兄の力投を見せられたら、
(僕も久しぶりに、マウンドに上がろうか)
「なーんて今頃思ってるだろうな、アイツ」
マシューにはクリスの気持ちが手に取るように分かった。試合は今、四回の裏が始まろうとしている。
「なんでそんなこと分かるんだよ」
次の打席の準備をしているリトル・ジョンが訝しがったが、口に出しながら、その問いは愚問だと気が付いた。
「もちろん、兄弟だからさ。終盤になったら必ず出てくるよ。僕と同じようにね」
それもそのはず、ヤンキースのメンバーの中で、この試合に誰よりも入れ込んでいるのはクリスなのだ。少なくとも、ただのエキシビションマッチ、ではない。
そして、この回先頭のジョーが会心のヒットを打ち、続くリトル・ジョンはまさかの内野安打。初回以来のチャンスだ。観客のボルテージは跳ね上がった。
「よーし、マシュー! 振っていけ!」
マシューはこの勝ち越しのチャンスに、粋な表情で打席に向かった。皆の期待に違わず初球を振り抜いたが、結果はセカンドゴロ。何とか併殺だけは免れたのが幸いだ。これで一アウト一、三塁。二塁でアウトになったリトル・ジョンが、太い体をドスドスと揺らしてベンチに戻ってくる。次の打順は八番のブライアン。チームの中で一番野球歴が長い。
「マイナーリーグの入団テストまでは行ったんですよ、僕」
ブライアンはこっちに目配せしてから、打席に入った。ウインクしていても不思議じゃない上機嫌ぶりだ。
変化球を二球、三球とファールで逃げた。そのスイングと打席での仕草を一目見れば、ブライアンが遊びで野球をやっていたのではないことが分かる。
そして、狙い球のストレートを呼び込んだ。きれいな打球と表現するのが正しいような、バックスピンのかかったライナーが、センター前に落ちた。小さい体のブライアンが一塁へ走り出すのと入れ違いに、三塁ランナーのジョーがホームへ生還する。
「おーい、ちゃんと見てたかー?」
「見逃すわきゃねえだろ、ナイスヒット」
「そんでナイスラン、だろ」
二人は心底の笑顔を交わした。




