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フェンス・オーバー ―刑務所からの場外ホームラン―  作者: kunikida-evans
第2章 アメリカらしさ

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2-6. 輝けるアメリカ

アメリカの心と精神を知りたい者は、野球を学ぶのがよい。

歴史家 ジャック・バルザン

 暗くなるにつれて、徐々に街のガス灯が灯っていった。輝けるアメリカを象徴するように、発明王トーマス・エジソンによって、既に家庭向けの白熱電球が発明されていたし、ニューヨークの中でも繁華街や高級住宅街にあたるような地区では一種の電灯であるアーク灯が整備されてはいたが、彼らの住まう一帯は古びたガス灯が残されていたのである。そのガス灯も半ば壊れたものがいくつかあって、修理もされず、人の影がやっとできる程度の明るさだった。仲間はめいめいに帰路につき、仄暗い明りの下にはケイシーとジョーの二人だけになっていた。壁に寄りかかって座り込み、時の流れをただ見過ごしている。


「俺、おかしいと思うよ」

 先に口を開いたのはジョーだった。

「才能や生まれのいい奴が、力のある奴が、俺らみたいなのをゴミみてえに扱うんだ。下に生まれたらろくに生きていけねえ。これが自由の国なんだってさ。もう嫌だよ俺。お前もそう思うだろ?」


 問われたケイシーは、今頃病身に鞭打って内職に勤しんでいる母の姿を想像した。クリス一家のような金持ちの暮らしと対比すれば、ジョーの意見に全く異論はない。それどころか、ジョーの言葉はまさしくケイシーの内心を代弁したものであった。それを噛み締めるように小さく頷いたが、ジョーはケイシーの無言を逆の意味で捉えたらしく、

「そうだよな、恵まれてるお前には分からないよな」

 と呟いた。

「恵まれてる? 僕が?」

 思いもよらなかった評価に戸惑い、今度は反射的に疑問を呈する。その反応に予期せず多少の怒りが含まれていたようだ。ジョーはたちどころに言葉を引っ込める。

「ああ、いや、別にそんなつもりはなかったんだ。ただ……」

「……ただ?」

「……お前も貧しいかもしれないけど、ちゃんと親がいるだろ。俺からしたら羨ましいなって」

 ケイシーは言葉が出なかった。そんなことは初耳だ。それからジョーは、半分くらい愚痴のように、自分の身の上の話を続けた。


 ジョーの家系、エバース家は、ケイシーの両親と違って最近の移民ではなく、血統としてはアメリカ人らしいアメリカ人だった。何代か前に当時のルイジアナ、後のオクラホマに土地を求めた開拓者の家で、ジョーの父が若い頃は開拓も落ち着いて、それなりに広い土地を持つ農民になっていた。しかしながら、南北戦争後、農産物の生産過剰に伴う価格の下落が深刻な問題となり、エバース家も土地を切り売りして暮らしを成り立たせるような経済状態になった。その三男だったジョーの父は、都市に出稼ぎをして家計の足しにしようと、はじめセントルイスへ、次いでこのニューヨークへやってきた。しかし、資本のない彼にできる仕事は、危険で不衛生な工場労働くらいのものだった。この頃はまだ、製品の質や労働環境に関する法規制はほとんど存在しないと言ってもよく、自由主義経済を謳歌する企業は利潤のためにそれらを犠牲にした。父は、しばらく黴にまみれた食肉加工場で働いて、ジョーが七歳の時、肺を壊して死んだ。生活苦に追われた母は姿を消した。ジョーは孤児院を兼ねるような教会に流れ着き、そこでこれまで生きてきたのだ。


「そうだったのか……」

 ケイシーは、呻くような声をあげた。

「親がいない以外は、お前や他の奴らと変わらないだろ」

 ジョーは謙遜なのか何なのかそう言った。実際、似たような境遇の者は仲間内に何人もいた。

「でも、いつまでもお世話になってるわけにもいかない。そろそろ一人で働いて、自立しねえとな」

 頭の後ろで両手を組んで気丈に振舞うジョーから、ケイシーは目を逸らした。

「ま、こんな辛気臭え話は忘れてくれ。負け惜しみみてえなもんだ。いい加減帰んねえとな」

 きっと忘れたいのはジョー自身なのだろう。振り払うように立ち上がり、一足先に歩き出した。ケイシーも続いて立ち上がる。


「うん、また来週、野球しようね」

「おう、また来週な」

 わざと明るい声でそう言った時、二人を照らしていたガス灯の火が、力を失って消えた。


 翌週、ケイシーがこの空き地に姿を見せることはなかった。

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