9-3. 幕開け
運命の中に偶然はない。
人間はある運命に出会う以前に、
自分でそれを作っているのだ。
政治家 ウッドロー・ウィルソン
「プレイボール!」
看守の務める審判が、幕開けのコールをした。澄み切った空気に良く響いて、拍手が巻き起こる。午後一時。囚人たち手製のスコアボードには、まだ何も刻まれていない。
「まさしくタブラ・ラサ、だね」
オズ所長の呟きは、歓声の高熱に熔けていった。
一回の表、囚人服を着てマウンドに上がったのは、マシューだ。三塁側、腕組みのクリスをちらっと見やる。ニューヨークのNとYを組み合わせたマークが縫い付けられたキャップ、そのつばが日差しを遮って、クリスの目は影に隠れている。
だが、間違いなくこっちを見ている、マシューはそう思った。そうでなくては、志願してこの場に立った意味がない。
(見せるんだ、僕もやれるってことを)
その思いが強すぎたのか、一球目の直球は指先に引っかけて、低めに外れた。
いつの間にか、弟とは差がついていた。自分が弟に勝っていたのは、年の差があったから、というだけの話。クリスと体格が変わらなくなると、球速は抜かれ、自慢の変化球も簡単に外野に飛ばされるようになった。自然、野球はやらなくなった。
(結局、そういう偏執なプライドがいけなかったんだ)
なにくそと一層力を込めて二球目を投じたが、ボールはホームベース上に叩きつけられる。
すかさず、サードのケイシーが声を飛ばした。
「おい! マシュー! バッターに集中しろ!」
その喝にマシューはハッとする。そして、キャッチャーのブライアンからは強烈な返球が来た。言わんとすることは、ケイシーと同じだ。
(また僕は同じ失敗を……。自分のプライドばかり気にして、思い切れてなかった)
傲岸不遜な態度で自分を守ってきたマシューにとって、共和国リーグ優勝決定戦でのケイシーとの対戦は、その殻を破る絶好のチャンスだったのだ。今までだったら、意地でも逃げ道を探して、結局マウンドには上がらなかっただろう。あの時も、その気になればできたはずだ。そうしなかったのは、心のどこかに自分と決別したい気持ちがあったから、であり、ケイシーの姿に闘争心を掻き立てられたからであった。だから、結果ホームランを打たれはしても、むしろ清々しい気分になれたのだ。
(やるべきことは、本気で、全力で、自力で勝負だろ)
振り切った右腕は左の脇腹を叩き、右足は土を蹴った。マシューの目線は球の行く先を追わなかったが、審判のコールを聞かずとも、ミットが立てる音が全てを証明している。ど真ん中の、ストライクだ。
「よし! ナイスボール!」
ケイシーは自然と声を上げた。歓声というのはグラウンドにいると聞こえないものだ。外野のクーニーたちまで、その声は届いた。
「ビビんな、突っ込め!」
元気印のジョーを皮切りに、バックが盛り立てる。そうなればもう、向かうところ敵なし、気圧されるのはバッターの方だ。




