8-11. サイン
もし野球をしていなければ、
私は刑務所か墓場にいたことだろう。
プロ野球選手 ベーブ・ルース
ケイシーのことを心配してくれる人は、壁の外にはほとんどいない。でも、数少ない一人、ロンにだけは、別れを告げなくてはいけない。
九月の末、これが最後と心に決めて、ケイシーは孤児院へ出向いた。まだ幼いロンの気持ちを考えれば、死刑になるんだと馬鹿正直に伝えるわけにはいかない。生涯残る傷になりかねないからだ。親を失った彼にとって、三人目も失くすというのは、酷な体験だ。
だが、何の挨拶もしないというのも、不義理である。こんなことを分かっていて連れてきてしまったのは、やはりむごい仕打ちだったかもしれない。
そんな風に堂々巡りを繰り返しながら、最後のキャッチボールをした。何度もボールをこぼしては、拾って投げ返す。ロンは何も言わないが、何かあったのだと感づいてもおかしくない。こうして思考がないない尽くしになるのは、ケイシーの悪い癖である。
そしてその終わり、ケイシーは万年筆を手にした。
「何してるの」
「んー、なんとなく、な」
茶色く土汚れの染みついたボールに、ケイシー・ディマジアーノの名を書きつける。ケイシーは両親の遺品を何も持たずに家を出た。だから、心の支えになるものが何一つなかったのだ。ロンがこのボールを、形見と思っていつまでも大切にしてくれればいい、と思ってのことだった。
「ほい、サインボールだ」
ボールをロンに投げ渡した。
「何。スター気取り?」
「いいじゃんか、たまにはさ」
ロンは首を傾げながらも、じっとそのサインを眺めていた。
「じゃあ、時間だから俺はこれで」
努めていつも通りを意識する。
「うん。ありがとう」
ロンの方も、何も引っかかっていないようだ。
「また今度ね」
そう言って初めて見せた笑顔に、ケイシーは涙をこぼしそうになった。




