8-8. これからのこと
もし野球をしていなければ、
私は刑務所か墓場にいたことだろう。
プロ野球選手 ベーブ・ルース
紹介状とオズの口利きがあれば、ロンは難なく施設に入れたことだろう。孤児院とは元来、来る者拒まず、というのが指針である。問題は、ケイシーが様子を伺いに行けるか、ということだったが、これもオズ所長は、流石の度量を見せてくれた。
「ちょうど良い機会だ。ケイシー君だけでなく、『評価』の良い者は先方の孤児院へ定期的に行ってくるといい」
「本当か? ありがとう、オズ」
「てことは、俺たちも外に出ていいってことか?」
ジョーが半信半疑といった様子でおずおずと問うた。
「もちろん。『評価制度』も今や適正に運用されているようだ。君たちは皆、最高のランクを得ているよ。私の目と違わない評価だ」
「やった!」
「所外作業という形をとれば、法的にも問題あるまい。最近流行っているのだよ、他所ではね。先方もご理解くださっている。ただし、ケイシー君。死刑囚である君についてはやはり、適正な手続きを取ることはできない。口外は慎んでくれたまえ」
「ああ、形式は何だって構わないぜ」
オズの荒唐無稽さや強大な推進力をもってしても、ケイシーが死刑囚であるという事実はどうにもならないらしい。
ともあれ、またもや特例中の特例を認めてもらったことには変わりない。オズの手腕には頭が下がるばかりである。
早速、翌週の頭には孤児院を伺った。ケイシーを中心に、ジョー、ジミー、マシュー、そしてこれは仮釈放ではないので、看守たちの警備が付いている。クーニーとフリンも誘ったが、子供は苦手らしい。リトル・ジョンは新聞の編集で忙しい時分だった。最近、読み書きのできるようになった囚人たちからの投稿が増え、作業が大変になったそうだ。
門を開ける前に、看守の一人がケイシーたちに注意をした。
「これから施設に入るが、やることは見学だけだ。少し離れたところから、眺めるだけだぞ。あくまで社会復帰のための学習が目的であることを忘れないように」
「もちろんです」
こうして看守の権力に伏するのは、かなり久しぶりだ。「自由の実験」が始まって以来、看守のお世話になることはほとんどなかった。そう思うと、ケイシーたちのいるノトリアス所の現状、すなわち囚人たちが自由に暮らし、自治をしているというのが、どれほど異例で幸運なことかが身に染みる。
つまりこの現状とは、それまでの囚人観、犯罪観と乖離しているのだ。この孤児院に入ってみると、そのことが実感させられた。前庭で遊んでいた子供たちが、ケイシーたちの姿を見るとパタッと遊びを止め、端の方に退けてしまったのである。中には泣き出してしまう子もいた。
「やっぱ、怖がられるよなあ」
ショックを受けたケイシーが呟いた。気持ちは皆同じで、ジョーが続いた。
「この囚人服がいけなかったのかな」
仮釈放と違い、今回は所外での刑務作業という形を取っている。そのため、所内で着ている囚人服のままなのである。
「それはあるだろうな。俺がこないだ出た時は普通の服だったから、何も気づかれなかったし。流石に危ないオーラみたいのが出てるわけじゃないはずだ」
「それにしてもなあ、はあ……」
ジョーはケイシーにもましてショックだったようだ。刑務所内でいかに更生しようとも、外に出れば犯罪者として見られる。これは正式に出所した時だって同じことだろう。残念だが悲しい現実である。ケイシーたちの視線の先では、院の先生が子供たちに説明をしてくれているようだが、そう簡単に心を開いてくれるはずはない。
「こつこつと行動で示して、認めてもらうしかないですね」
ジミーはこうなることを想定していたようで、澄ました顔をしている。
「あ、一人こっちに来る」
マシューが指さしたのは、清潔な服装に改まったロンであった。
「あー、この子がこないだ言ってたロン君か」
余程待ちかねていたのだろう、ロンは走り寄って来た。ケイシーの足元一歩手前で、看守が静止する。やはり形式上、直接触れ合うことはできない。
「おう、久しぶりだな。元気だったか?」
「元気。この人たちは」
「ああ、囚人仲間だ。悪い奴じゃないから安心しろ」
「うん。皆に言ってくる。じゃあね」
会えて嬉しいのを悟られなくないからか、ロンはいつも以上に素っ気なく振舞う。一人で生きてきただけに大人びているが、そういうところがまだまだ子供だ。
「ああいう子が、幸せに暮らせるといいんだけどな」
皆のところへ戻っていくロンを見ながら、ケイシーは呟いた。
「何だかケイシーさんらしくないですね」
「それ、俺も思った」
ジミーとジョーが笑う。
「いやさ、俺ら、てか俺は間違いなく因果応報だからいいんだけどよ。子供たちがそうなっちまったら嫌だっつーか」
向こうでは、ロンがケイシーたちのことを説明してくれたようで、皆遠慮がちに遊びを再開した。野球をやっている子もいれば、鬼ごっこみたいなことをしている子もいる。思い思いに遊んではいるが、時折こちらをちらっと見ては、警戒を怠らない。
「ところで、お前らは外に出たらどうするんだ。順々に仮釈放を終えたら、そのまま外だろ?」
今いる孤児院も壁の外なのだが、ケイシーが言う「外に出る」とは、普通の社会生活に戻ることを指している。その問いに、まず答えたのはジョーだ。
「んー、せっかく読み書きできるようになったから、前よりはいい仕事に就けるかなとは思ってるけど。ジミーは?」
「私は……、オズ所長が出している所外の新聞の、記者をさせてくれるそうです」
「新聞? そんなこともやってるのか、あの人は」
「何でも、元は政治家だったみたいで。地元ではかなり影響力があるそうですよ。私が冤罪のことを話したのです。すると、所長の力では司法の判断を覆すことはできないが、出た後の面倒は見ようと言ってくれました」
「なるほど、それでオズに雇ってもらえるのか」
「ええ、ありがたいことこの上ありません。これもご縁ですね。やっと逃亡生活を送らなくて済みそうです」
「ああ、それはよかった」
いつの間にかケイシーたちは、ベンチに腰を落ち着けていた。
「マシューはどうすんだ」
「うーん、僕はまだ、外に出るのは先だと思う。それまでは共和国を上手くやってかないとね」
「ああ、あと二か月もすりゃまた選挙だしな」
今は六月の中旬。次の選挙は、前回の選挙からちょうど一年、九月のレイバーデイだ。
「そういう君は、どうするつもりなんだい」
最後に水を向けられたのは、当然ケイシーだった。
「俺か? 俺は、外に出ることはないからな」
「そんなことないでしょ。ケイシーは俺たちの恩人じゃん」
「ジョーがそう言ってくれるのは嬉しいけどさ。色々先例のないことをやってるオズ所長でも、俺が死刑囚だってことは変えられないみたいだし」
「それはまあ、そうだけど」
「それに、俺見たんだよ、こないだマンハッタンに行った時。俺がいた組織のボスが、とうとう捕まったらしい。新聞に載ってたんだ」
「え、それって」
「そう。俺はもう、いつ電気椅子に座らされてもおかしくねえ。俺の死刑が十年も延期されてんのは、ボスが捕まってなかったからだからな」
「まじかよ……」
それっきり、会話は途絶えてしまった。ほんの目と鼻の先にいるはずの子供たちの姿が、段々と遠ざかっていく気がする。
そうして、何分か、何時間か経ったのだろう、看守がケイシーたちを促した。
「今日はこれで終わりだ」
ロンに手を振って、ケイシーたちは門をくぐった。刑務所へ帰る車に乗り込む。
その車中、黙りこくっているケイシーに、ジミーが堪らず声を掛けた。
「ケイシーさん、大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫だ。そのために、やることやってきたんだからな」
ものの数分で、ノトリアス所の高い壁が近づいてきた。




