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フェンス・オーバー ―刑務所からの場外ホームラン―  作者: kunikida-evans
第8章 国民的娯楽

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8-2. 生を更める

 もし野球をしていなければ、     

 私は刑務所か墓場にいたことだろう。 

 プロ野球選手 ベーブ・ルース

「おい、メトロポリタンズはこっちに集まれってよ」

 呼ばれた方を向くと、ホームベースの辺りでクーニーが手招きしていた。

「おう。なんだ?」

 ケイシーに続いて、散り散りになりかけていた観客たちもまた集まってきた。オズ所長もいるし、その傍らには見慣れない背広を着た人物も何人か並んでいる。グラウンドからは気が付かなかったが、所長が呼んだ来賓がいたのだろう。


 ジョーがまたウキウキしている。

「表彰式? 優勝賞品とかもらえんのかな?」

「あ、優勝か。忘れてたわ」

「なんだケイシー、優勝決定のホームランを打った張本人なのに」

「いやさ、色々気にかかってたことがあったから」

 もちろん共和国リーグ最初の優勝チームになったことも感慨深いはずだが、マシューとの勝負の方がケイシーにとっては主だった。あの時の因縁を果たせたという気持ちもある。そして、これまで蔓延していた賭けや何やらは、野球の裏の顔であり、ケイシーが組織で携わってきた社会の闇の象徴だった。今、それと決別できた気がするのである。


 当然ながら、この刑務所がそういう邪悪とはもはや無縁、というわけではないだろう。その根源は、ケイシーを含めて全ての人の心の中にあるものだ。だが、大きな前進であることは間違いない。


 そして、そのケイシーと同様に、決別を宣言するべき人間がいる。

「マシュー、しっかりケジメをつけなきゃなんねえよな」

「ああ、まずは皆に謝らなくちゃならない」

 そう答えるマシューは、変わらず金髪をなびかせてはいるが、ついさっきまでの憎たらしさは感じられない。わざとああやって振舞っていたのだろう、あれは自分を保つための虚勢だったのだ、とケイシーは思い至った。

「さ、ケイシー君、前に来たまえ」

 オズ所長が厚い声で呼びかけた。ジョーが言うように、メトロポリタンズの優勝を祝ってくれるのだ。そしてその立役者として、ケイシーが呼ばれたのである。でも、その前に。

「オズ所長、ちょっといいか?」

「ほう、なにかね」

 疑問形で返しながらも、オズ所長にはケイシーの考えるところが伝わったようだ。その口調から同意を読み取って、ケイシーはマシューを促した。

「ほらマシュー、今だぞ」

「ありがとう。ふう、皆さん、このノトリアス所の皆さんに、僕から謝らせてください」

 マシューは堂々としていた。どぎまぎしているようなら、覚悟を決めろとケツを蹴り飛ばしてやるところだったが、その必要はないようだ。

「『自由の実験』の始まり以来、それをいいことに僕は、皆に最低な態度を取ってきた」

 聞く方の囚人たちも、今までの恨みを晴らさせてもらうとばかりに、マシューに対して野次や暴言を飛ばしてもおかしくない場面だ。けれど、誰一人として荒れる者はいなかった。それだけマシューが真剣に語っているからである。

「態度だけじゃない、金を巻き上げたり、ズルをしたり、この所の中でまで罪を重ねてきた。本当に申し訳ない。ごめんなさい」

 そう言ってマシューは、深々と頭を下げた。そのまま何秒か、沈黙が続き、その間もずっと頭は下げられたままだった。


 ケイシーが、率先して拍手をした。それにつられて、ケイシーの仲間や、他の囚人たちも、マシューの謝罪を拍手で囲んだ。マシューはまだ何か言いたかったかもしれないが、誠意は言葉ではなく態度で示すのがいい。今は、あの傲慢だったマシューがこれほど潔く謝っているというだけで、見違えるような成長である。刑務所の言葉で言い換えれば、更生の第一歩だ。

「マシュー君、これから心機一転、頑張りたまえ。発明王エジソンによれば、『どんな失敗も新たな一歩になる』のだ。刑務所とは、それを学ぶところだよ」

 オズ所長の一言で、マシューはようやく顔を上げた。深く握手を交わす。

「さ、所長、今度は俺たちに拍手を送ってくれ」

「そう急かすな、ケイシー君。トロフィーはしっかり準備してある」

 所長に目で促されたブライアンが、裏に引っ込んだ。

「トロフィー? まじ?」

 ジョーが目を一段と輝かせている。

「よいしょっと……ふん」

 ブライアンが運んできたのは、ジョーの期待を大きく上回るほど立派な、銀のトロフィーだった。どのくらい立派かと言うと、運んでいるブライアンの上半身がまるごと隠れるくらいである。小柄な彼とはいえ、およそ見たことのない大きさに相違ない。

「よっと、ふう」

「こんな立派なトロフィー俺らに? まじ?」

 ケイシーも思わず、ジョーと同じような反応をした。

「もちろん、君たちにだ。これほどの輝かしい栄誉を、ケイシー君をはじめとした君たちは、受け取る資格がある」

「……」

 クーニーとフリンは、あっけにとられて無言のままだった。

「そして、奥にいらっしゃるのが、ニューヨーク州行政のお偉方である」

「はあ、ありがとうございます」

 紹介されても、ケイシーの方はあまり感慨はない。

「ご来賓の皆さまは、今日の試合をご覧になって、『自由の実験』が囚人たちの更生に役立つということをご理解下さった。ありがたいことだ。これからは、予算の心配はしなくて良いし、共和国の活動の幅も広がる」

「おう、それはありがてえ」

 こっちは本当にありがたいと思った。なぜなら、大事な試合を終えたケイシーには、この後やりたいことが一つ思いついていたからである。これまでの状況だと叶いづらいことだが、もしかしたら許可が下りるかもしれない。


「では、皆さん」

 所長は咳払いをして囚人たちの方へ向き直った。

「見事共和国リーグ初代王者の座に輝いた、メトロポリタンズの面々に盛大な拍手を!」

 その言葉と共に、割れんばかりの拍手が注がれる。

 ケイシーは空を見上げた。壁の外にも、もちろん繋がっている。

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