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フェンス・オーバー ―刑務所からの場外ホームラン―  作者: kunikida-evans
第7章 二つの勝利

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7-6. 黒い霧

闇が闇を払うことはできない。

光だけがそれを成せる。

公民権活動家 キング牧師

 光あるところ影あり、野球のあるところ黒い霧あり。それは、刑務所でも同じだ。


 ジミーが初球でストライクを取り、ブライアンからの返球を受けた頃、ようやく拍手が収まった。代わりにどよめきが場を覆ったからである。観客の囚人たちは、見慣れぬ黒人投手の球威に驚きを隠せなかった。

(ふっ、初見じゃ驚いちまうのも無理はねえか)

 観客席の反応は、ジミーの後方を守るケイシーにも心地よく感じられた。

(こいつなら、ジミーならやれる。抑えるだけじゃなく、自分自身の存在を認めさせることができる)

 ファウルラインぎりぎりまで、観客の囚人たちはつま先を寄せている。そこから口々に聞こえる声は、皆ジミーへの驚きを表現していた。目を見開き、眉と口角を上げて、感服の息を漏らしていたのだ。最初のバッターを見逃し三振に打ち取ったときの沸き様は、壁を越えて刑務所の外まで響き渡っていただろう。


 だが、回を追うごとに、何か薄ら寒い瘴気のようなものが立ち込めてくるのを、ケイシーは敏くも感じ取った。三回に入った頃、グラウンドの周りをぐるりと取り囲む囚人たちを見回して、何だか様子が変だと感じた。明確な根拠のない、予感に近い感覚だ。最初はあれだけジミーに驚いていたが、妙に静かなのである。


(おかしい……。俺たちと観客席との距離が離れていくみたいだ)


 しかし、守備につく仲間の顔には、そんな異変は映されていない。ファーストのリトル・ジョンは大して動いてもいないのに大粒の汗を流している。ジミーはここまで一人のランナーも出さず、快調そのものだ。そしてセカンドのジョーは、心底野球が楽しいのだろう、はつらつと軽快な動きを見せている。その晴れやかな顔と、昇っていく太陽とが、よく似合う。グラウンドはその日差しに照らされて、キャップのないナインは目を細めていた。それに対して、所の高い壁沿いの観客席には、大きな影がかかっていた。悪い予感の種は、未だ明るみに出ていない。


 その予感が確信に変わったのは、三回裏、ケイシーの第二打席だった。一番、二番の連続ヒットで一死二、三塁のチャンス。

「おーい、俺の分のランナー残しておけよー」

 キャッチャーの裏を周って右打席に入るケイシーの背に、四番のジョーが声を掛けた。

 一つ、二つ素振りをして、マウンドに向き合う。相手の投手はさほどの実力者ではない。球筋の垂れるストレートに、時折小さなカーブを添える。いつもジミーを相手に練習しているナインからすれば、打ちごろの球に見えた。

(つっても俺、さっき三振したけど……)

 ケイシーの信条は、フルスイングだ。振った後、バットの先端が右足の後ろにつくほどの豪快さを見せつける。三振なんて織り込み済みなのである。

「来たっ!」

 ネクストバッターズサークルのジョーが思わずそうこぼすぐらいの絶好球だ。ケイシーのバットは唸りを上げて、そのストレートをかち割ろうとした。真芯に当たれば、打球は間違いなく外野を越えるだろう。

 だが、この時ばかりは打ち損じた。バットの先にかろうじて当たっただけの打球は、外野を越えるどころか、内野の後方にふらふらと上がる。

(くっそ、捉えたと思ったんだけどな)

 ジョーの冷やかしが聞こえるかのようだ。ショートがキャッチしたのを見て、ケイシーは首を振りながらベンチへ戻った。


 そのベンチは観客の目と鼻の先にある。そこへケイシーがどかっと座ると、野次とまではいかないが、彼らのからかいが背中に浴びせられた。

「おーい、何してやがる、ケイシーさんよ」

「初代大統領は野球も下手かい」

 ケイシーは舌打ちを一つして、彼らをにらみつけた。すると潮が引くようにすんなり収まるのが、かえって面白いくらいだ。


 そんな連中は無視すればいいとして、代わりに目に留まったのは、少し奥に座って何やら紙とペンを持った男だ。胡坐をかいて、その黄ばんだ紙を舐めるように眺めていた。

(あれはもしや……)

 ケイシーは紙の内容に当たりがついた。自身がそれに関わっていた経験があるから、勘づくのは当然だ。


 ちょうどその時、千五百人の囚人から大きな歓声が上がった。ジョーがタイムリーヒットを打ったのである。ケイシーの目線の先は、返ってきたランナーでも打ったジョーでもなく、男が握った紙の方に釘付けだ。男は打席の結果を見てニヤリと笑うと、持っていたペンで紙にしるしをつけた。

(……賭けてやがるな)


 ため息交じりにグラウンドの方へ向き直ると、高く上がった太陽が眩しかった。

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