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フェンス・オーバー ―刑務所からの場外ホームラン―  作者: kunikida-evans
第6章 自由になる方法

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6-8. チーム作り

生きるとは呼吸することではない。    

行動することだ。            

哲学者 ジャン=ジャック・ルソー

 こうしてケイシーが少しずつ仲間を誘って、九月の末頃には毎日十数人ほどが集まるようになった。その中には、先の選挙で広報係に就いたリトル・ジョンの姿もあった。


 希望がどうとかいう大言壮語はさておき、野球をしようと言えば大体がすんなり付いてきた。同じ広場には他のスポーツや遊びをしている集団がいくつかあるが、ケイシーたちが一番数が多い。刑務所にやってくるような社会のはみ出し者でも、この「国民的娯楽」に少しも触れたことのない者は珍しかったのである。南部に生まれてこの方逃亡生活を続けていた四十二番は、例外的な存在だ。


 だが、その四十二番が今やお手本のような動きを見せているのだから、皆目を見張るのも当然だ。はじめは「あの黒人の何を見ろって?」と侮っていた者も、我先にと教えを乞うのだった。

「昔どこかでやってたのか?」

 ある新入りが問うた。

「いえ、野球を目にしたのはここが初めてです」

 四十二番がそう答えると、いやあすごい、と歓声めいた声をあげる。

 そんな様子を見ながら、ケイシーは思った。

(ここの連中は、素直な奴が多いな。なぜだ)

 当然、比較対象としてケイシーの念頭にあるのは、あのエキシビションマッチの有り様だ。たかが野球が上手いだけで人種の垣根を越えられるならば、あの試合がああいう顛末を辿ることはなかったはずだ。相手の尊厳を踏みにじらなければ自らのそれを保てない、白人たちのプライド。それを思えば、グラウンド上の平等などというものは、夢物語に過ぎない、とあの時のケイシーは考えた。


 なぜ、ケイシー、あるいはクーニーやフリンは、四十二番を毛嫌いしないのか。それはといえば、ケイシーも自覚しているように、白人も黒人も同じ人間だと、悲しい仕事の過程で知ったからでもあろう。が、それ以上に、守るべき尊厳というものを、このどん底に落ちた囚人たちはほとんど持たないから、というのが大きい気がしてきた。


 外の世界でシュプレヒコールを叫ぶ大衆の中に埋もれていると、個人の良心は問題にならない。皆その波に乗り遅れまいと、声高になっていく。


 しかし、そこから一たび脱落した今、ケイシーをはじめ囚人たちは、体面を失った。絶望したと言い換えてもいい。とはいえそれだけでは、むしろ心を閉ざしたり、反発力を増したりする方面に行きかねない。だからこそ、自由なのだ。自分の罪に向き合わざるを得ず、自分の意思そのものが問われる。おかげで、皆四十二番にはフラットに接することができるのだろう。


 ケイシーはここまで考え至って、オズ所長の意図するところの深遠さに舌を巻いた。


 だが同時に、この環境は存立のための共通基盤を持たない。だから非常に危うくもある。つまり、このプリミティブな状況が毀損され、ただマンハッタンの一部を写し取って壁で囲っただけのレプリカに成り下がってしまう可能性は、常に秘められているのだ。マシュー一派のやり口は、まさしく破滅の予兆にも思われる。


 現に、こんなことを言う者もあった。

「結局この、四十二番?って奴はさ、黒人だから。アフリカから来たんだし、そりゃ体も強くて当たり前よ。才能ってやつだね」

 能力を認めているようでありながら、これは人種の違いを自明視して、正当化する論理だ。ケイシーは物言いをつけようとした。

 が、その前にジョーが代弁してくれた。

「いいや、それだけは絶対に違う。こいつは誰よりも努力してる。毎日一緒に練習してる俺が言うんだから間違いねえ」

 そう言いながら、ジョーは手の平を見せた。その手はマメが幾度も潰れてボロボロになっていた。


 ジョーのその言葉に安心したのは、四十二番本人よりも、ケイシーの方だった。ジョーが四十二番に抱いていた、生来の微妙な忌避感のようなものが、共に野球をするうちにだんだんと解消していたからだ。久しぶりにジョーと、心の底から通じ合った感じがした。


 前途は決して険しくない、今はそう見える。

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