5-6. 再会
全ての人が弱みと悪徳を抱えている。
だからこそ、政治が必要なのだ。
政治家 ジェームズ・モンロー
「おわあっ、何だおめえ!」
ぬっと現れたのは、オズ所長だった。いつの間に、こんなところへやってきたのか。
「おめえとは何だ、おめえとは」
「そのおめえが驚かせるからだろうが」
「オズと呼びなさい、と言ったはずだが?」
呼び名には尋常でないこだわりがあるらしい。
「……わーかったよ、オズ」
ケイシーが屈すると、オズは満足げに頷いた。隣にはブライアン助手もいる。話を遮られた四十二番だが、特に気にする素振りもなく、所長らの様子を伺っていた。
「それで、俺たちに何の用だ」
その質問が来ることも、所長は予期していたようだ。というよりも、この所長の喋り方には、余裕ゆえか威厳ゆえか、独特の間合いがある。事前に用意された言葉を話しているようでもあれば、聞く者を説得する力も持ち合わせている。わざと斜に構えて評するなら、そう、「胡散臭い」。
「いやいや、むしろ、君の方こそ私に用があるんじゃないかと思ってね。こちらから出向いて差し上げたのだよ」
「用?」
「用。誰かを探そうとしていたんじゃないのかい?」
「誰かを探す……? そうだ! 確かに探そうとしてたぜ」
先に会ったのが四十二番だったので、他にも尋ね人がいたことをすっかり忘れていた。
その様子にやはり所長は満足げな笑みを浮かべた。
「よし、ブライアン君。彼らを呼んであげなさい」
指示されたブライアンが、長い廊下に小さな体をせかせか走らせた。廊下の端まで駆けていって、ケイシーの独房の一つ手前に入る。「彼ら」はどうやら隣人だったらしい。
「どなたです、『彼ら』って」
四十二番が当然の疑問を口にする。この男にも分からないことがあるんだな、とケイシーは変に感心した。
「ああ、ちょうどいい機会だな」
向こうの独房の扉が開き、ブライアンに続いて二人の姿が出てきた。ケイシーと対面するのはほとんど十年ぶりになるが、遠めに見る背格好はほとんど変わっていなかった。
「紹介するぜ。俺の職場の先輩、クーニーとフリンだ」
「ほお……」
四十二番は、合点がいったともいかないとも分からない感嘆を漏らした。
近くで見てみると、細身だったクーニーは更に細長く引き伸ばされたようだった。無理もないことだ。刑務所の食事では、当たり前に痩せてしまう。対してフリンの方は、大きく変わったところはなさそうだ。髪がぼさぼさに伸びているが、囚人たちは皆同じである。
「よお、久しぶりだな、ケイシー」
「元気そうで何よりだ」
二人とも、声が掠れていた。
「はい。お二人にまた会えて嬉しいです」
組織の構成員同士は家族にも近い親密さで結ばれているが、上下関係は絶対だ。十年ぶりでも、親しみ交じりの敬語は変わらない。
同じ罪を犯した三人が、マンハッタンから一番近いこのノトリアス刑務所に同居するのは自然なことだ。まして、彼らがケイシーの隣の独房にいたということは、おそらく二人とも死刑囚なのである。死刑を執行できる所は限られているから、どうしてもここに集められることになる。
いずれにせよ、ジョー、マシューと合わせて、この刑務所にはケイシーと縁のある者が四人もいたことになる。これが嬉しいことなのか、悲しむべきことなのかは、今のケイシーには判断がつかない。だが、ケイシーの運命がこの刑務所に収束しつつあり、人生の集大成を求められているということは、どうも疑いようがなくなってきたのであった。
「立ち話もなんですから、ちょっと入りましょう」
入るといっても、スピークイージーなんかがあるはずもない。目の前にある四十二番の独房に入ろうというのだ。
「ええ、汚いですが、皆さんどうぞ中へ」
四十二番が鉄格子の扉を開いた。ジョーのことがあったから、軽い気持ちで中に誘ったのはまずかったかな、とケイシーは思ったが、クーニーもフリンも眉を顰めることなく入っていくのを見て安心した。「黒人は人間ではない」という趣旨のことを二人とも言っていたのに、心変わりでもしたのだろうか。
「どっこらしょ」
フリンがどっしりと胡坐をかいた。独房が汚いのはどこも同じだ。床には苔が生え、壁にはヒビが入っている。四十二番はさっきまで本を読んでいて、掃除をした形跡はない。
慣れっこの不衛生さよりも、問題は窮屈さだ。男四人が車座を組むと、肩が触れ合いそうになる狭さである。
「ん? 男四人?」
ケイシーはその数に引っかかって、それぞれと顔を見合わせた。四十二番、クーニー、フリン、そして自分。確かに四人だ。
「あ、オズとブライアンがいつの間にかいなくなってやがらあ」
感動の再会を演出するために気を遣ったのか、それとも単に別の仕事があるのか。あの所長はまさに神出鬼没と評するのが似合う。
「まあいいか。それで、先輩二人はこれまで何をしていたんで?」
ケイシーが問いかけると、クーニーとフリンは顔を見合わせた。だが、何か言えないことがあるのではなく、むしろ言うべきことが見当たらない、といった雰囲気だ。
「うーん、まあ、想像通りだろうよ」
クーニーが首を傾げながら言った。その答えになっていない答えを受けて、フリンが口を開く。
「そうだな、ブルックリンでお前が捕まってすぐ、俺たちも捕まった。それからしばらく、ここに放り込まれてただけだ」
「罪状的に、二人も死刑なんでしょ?」
「ああ。だがボスが捕まらんことには、俺たちの刑は執行されない」
「俺たちは大事な証人だからな。お前もそうだろ?」
「はい。別に、何の情報も持ってないんですけどね」
「どうせ死ぬなら、早く殺してくれればいいものを」
「まあまあ、何だかこの刑務所も風向きが変わってきたようですし、もしかしたら生きて出られるんじゃ? なんちゃって」
ケイシーは久しぶりにお茶らけた。軽く笑っている二人は、ケイシーにとっては「家族」なのだ。罪を犯しておいて、反省のない不謹慎な笑い。この悲しい絆は、他人が口を挟めるものではない。
はずなのに、堂々と割り込める者がこの場にはいた。四十二番だ。
「生きて出たとて、どうするんです?」
その有無を言わせぬ口調は、何の感情も籠っていないように聞こえた。笑いが引き攣って、三人とも俯いてしまう。
「そんなこと、分かってんだよ」
フリンが呟いた。独房に差していたわずかな明かりが、潰えてしまった気がする。
「この社会に、俺たちの居場所はない」
二人とも四十二番に反論しなかった。反論のしようがないのだ。四十二番の言葉は、彼の意見ではなくて、現実である。囚人たち全員が心のどこかに抱えている、枷のような諦観。「自由」を喜んでいても、後ろ髪を引かれる思いがする。なぜこうも現実は重いのか。結局その答えは簡単で、ケイシーたちが向き合わなくてはならない現実の重さは、過去の自分が今の自分に課した十字架の重さだからである。




