4-10. ここから始める
この世界で最も素晴らしいことは、
自立の方法を知ることである。
哲学者 ミシェル・ド・モンテーニュ
「おい! 聞いてくれ!」
ケイシーが吠えると、騒がしかった食堂が水を打ったように静まり返った。みな一斉に声の主の方を向く。
「金の工面やなんやら、考えなきゃいけねえことは山ほどあるが、まずは置いておこう。一週間分ぐらいの食料は発注してあるはずだぜ」
これは四十二番の入れ知恵だ。囚人が日々強いられる作業はいくつかあるが、彼は給仕係の近くで働いたことがあったらしい。
「それでだ。決めごとをする前に、その決めごとの手順を決めて置かにゃあならん」
ケイシーからは見えないが、一群から外れたところで騒動を見守っていたオズが、深く頷いていた。
「私と彼は、生まれによっては反対の道を歩んでいたかもしれないな」
オズのその言葉に、助手のブライアンはまた首を傾げていた。オズは、経営者兼地元の市長という父親を持つ、正真正銘のエリートに生まれた。大学を卒業し、自身も政治の世界に入った。ケイシーの推察は当たっていたのである。ケイシーの生まれとは対照的だったが、スタートが違えば、結果も変わるはずだ、とオズは言うのである。
「決めごとの手順ってのはつまりだな。誰がどうやって決めるのか。全員一致したら決定なのか、それとも多数決なのか。俺たちの目的は何なのか」
囚人たちは冷静になって聞いているようだった。元より、突然刑務所の管理を自分でやれという異常事態に動転しているだけで、落ち着いて普通に考えれば分かる話なのだ。議論で大事なのは、何を言うかではなく、誰がいつ、どのように言うか、である。
ケイシーによる、四十二番からの受け売りの演説は順調だ。
「分かるよな? そういうのが決まってないと、本題も決まらねえ。つまり……」
そこまで言ったところで、
「ゲームを始める前に、まずはルールを確認しておく、ってことだろ?」
五百人が集まった食堂のどこかから、ハスキーな声が割り込んだ。だが、姿は見えない。
「どこだ?」
ケイシーの口から咄嗟にこぼれたのは、本来あるべき「誰だ?」ではなかった。そのケイシーだけでなく、囚人たちが首を回してその人物を探す。
「ここだここ!」
声は聞こえるが、やはり姿は見えない。
「ここだってば!」
ケイシーから見て人だかりの反対側、囚人たちが居並ぶ壁際に、精一杯振られる手だけが見えた。体は隠れていて、誰だかは分からない。
しかし、やはりケイシーは、その声を聞いたことがある気がした。正確に言えば、その声を聞いたことはないのだが、その人物を知っている気がしたのだ。
振られていた手が引っ込むと、囚人の山がもぞもぞと動いて、中から小柄な男が出てきた。一体誰が出てくるのかと訝しがっていた囚人たちは、肩透かしを食らった気分だったろう。小柄で多少ハンサムな、けれども他には何の変哲もない男が出てきたのである。
だから、ハッとしたのはケイシー一人だったのだ。
(やっぱり……、こいつは……!)
「ジョー! お前だったんだな!」
ケイシーに子供の頃の笑顔が戻っていた。あの屈託のない、嬉しくてしょうがないんだって気持ちが。ボロのバットを思いっ切り振って、白球をかっとばしていた時の高揚が。
「ああ、覚えてるようで何よりだぜ」
「忘れるわけがあるか! 友達だろ!」
今すぐにでも駆け寄って、感動のままに抱き合いたい気分だった。だって、自分の一番の、親友に再会できたんだから。
そう、最後に姿を見たのは確か、空き地のグラウンドでクリスやその兄と対戦した日だった。つまり、ケイシーの母が死んだ日。あの悪夢の始まりの日である。
あれは十二か十三歳のときだったから、それ以来の再会というと、三十年以上経っている。幼い少年だったケイシーとジョーは、もうその時の父親の年齢辺りだ。
「ケイシー、積もる話はあとだ。ルール作り、するんだろ?」
そう言われて周りを見てみると、囚人たちは凡庸なボードビルを見せられたようにあくびをしている。
「ああ、その通り。今から俺たちは、俺たち囚人の国を作るんだ」
四十二番に出会ったのが契機だった。ケイシー自身の人生は、ここから始まるのかもしれない。
第4章、これにて終了です!




