4-7. What So Proudly We Hailed
この世界で最も素晴らしいことは、
自立の方法を知ることである。
哲学者 ミシェル・ド・モンテーニュ
オージーの「自由の実験」は、翌日から早速始まった。囚人たちは昨日の歓呼が決して夢でないことを、毎日彼らを朝五時きっかりに叩き起こしていたラッパの音がその日は響いてこなかったことで確信した。それでも、習慣とは恐ろしいもので、彼らのほぼ全員がその時刻に起き出し、独房内の二、三人で互いに目線を交わす。そして、一言、また一言とひそひそした囁きが漏れ、徐々に声量が大きくなっていった。
「おい、会話しても注意されないぞ!」
彼らが初めて獲得した自由は、起床時間の自由と騒音の自由だったわけである。擦り減って穴の開いた囚人服姿で皆抱き合い、この喜びを共有した。しまいには、誰からともなくのちのアメリカ国歌である「スター・スパングルド・バナー」の合唱が始まり、棟全体がこの涙声に濡れた。
「おお、星条旗は揺れているか
この自由の地、勇者の故郷に!」
その唱和を、ケイシーは棟の一番端の独房で聞いていた。
(何が自由だか。監獄だってのにお気楽な野郎どもだ)
中年といえる年齢のケイシーの体には、石造りの冷たい独房は堪えた。最後に見た時の父親の年齢を越え、彼にはテネメントの暮らしは子供の自分以上に辛かったことだろう、と身に染みて思われる。けれどもケイシーは、凝り固まった体をほぐすことも、温めることもなく、壁の方へ寝返りを打った。
(よく考えたら、出会った時から何か変だった。あいつと会話していても注意されなかった。あいつの囚人服は汚れ一つなかったし、おかしいことばかりだったんだ)
あのブラウンという男、改めオージー所長が、一週間だけ囚人のふりをしてケイシーと暮らしたのである。理由は知れないが、大方囚人の境遇を自分で体験するとか、そんなところだろう。
それは殊勝な心掛けかもしれないが、結局ケイシーは彼の手の平の上で踊らされたのである。人を騙したというのもそういうことだ。
(情けねえ。それにしても、なぜ俺だったんだ)
なるほど、あの所長は「自由」を与えると宣言した。ケイシー君、君もやりたいことをやってみろ、と言いたいらしい。だが、刑務所内での自由なんてたかが知れている。一体、これから何が起こるのか。所長は何を思っているのか。
そんな小言は尽きないが、ケイシーの中にも、何かが変わるという小さな期待が芽を出しているのであった。
(さて、俺はどうするべきか。何ができるのか)
奴と関わると、考えるべきことが増えてしまう。一度乗せられてしまったのなら、そのまま乗り切るしかない。
いつしか、囚人たちの歌声が終わっていた。気づくと同時に、ガチャガチャという金属音が鳴る。そちらに目を向けると、ブルーの制服を纏った看守が鉄格子の鍵を開けていた。手が震え、目をしばたかせている。手間取りながらもようやく開いて、ずかずかと内側に入り、今度はケイシーの足枷の鍵を開け始めた。リングにジャラジャラとぶら下げた鍵のうち、手際の悪いことに、どれがその足枷のものかと一つずつ差し込んでいく。
「おい、どうした、なぜ開ける」
十年近くここで暮らしてそんな経験はなかったから、ケイシーも体を起こして問うた。だが、聞いてから、「自由」にするとはこういうことか、と理解した。
「そうしろと言われたからさ」
看守は答えた。命令、注意、罵倒、拷問、喧嘩以外で、看守がケイシーと口をきくのは初めてのことだった。
「あの所長のお達しか。つってもお前、怖くねえのか。俺は殺人犯だぞ」
お前たちには晴らしたい恨みも山ほど積もってるんだが、と付け加えて、ケイシーはその太い腕で看守の首を絞める仕草をして見せた。看守の方は、それには目もくれず、膝をついて鍵をいじくりながら返す。
「確かに怖いね、職務怠慢で仕事を失うのが」
その言葉が虚勢であることは、手の震えを見れば明らかだった。自分が今まで何度も虐待まがいの拷問と罰を与えてきた殺人犯の枷を外すのだから、恐怖がないはずがない。しかし、仕事だから命じられればやるしかないのだ。それを見ると、ケイシーの敵愾心は急速に失せた。
「ああそうかい、お前も窮屈なんだな」
「囚人に言われるとはね」
ようやく鍵が開いて、二人は立ち上がった。
「さ、やりたかったらやってもいいぜ」
看守が両手を上げておどけると、ケイシーは左の口角を上げて、
「その勇気に免じて、何にもしないでやる」
と言い返した。こいつとは違う出会い方をしていれば仲良くなれたかもしれない、そんな思いがケイシーの胸に浮かんだ。だから、短い会話だったけれども、友を送り出すような感情で爽やかに発破をかける。
「これから何が起こるのか知らないが、せいぜい死ぬまで上手くやろうぜ」
そう言って、看守の尻を叩いた。




