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フェンス・オーバー ―刑務所からの場外ホームラン―  作者: kunikida-evans
第4章 罪と罰、そして自由

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4-2. 行きつく先は

この世界で最も素晴らしいことは、

自立の方法を知ることである。

哲学者 ミシェル・ド・モンテーニュ

 クーニーやフリンはどうしただろうか。あの怪物は自分だけ逃げおおせたのだろうか。そんなことを考えながら、顎に青髭を生やしたケイシーは移送車に揺られた。目的地は知らされていない。車の窓には暗幕が掛けられて、外の様子が見えないようになっている。


 その暗幕は、外から車内の様子が見えないためのものでもある。ニューヨークを裏から牛耳った組織の摘発は、フランス革命のギロチン台と同じように、人々の注目を集めた。エンジン音にかき消されながらも、集まった市民の声がケイシーの耳に届いていた。


(この波が来るのが四半世紀早ければ……)

 ケイシーは、自らを苦しめていた社会の悪が一向に正されなかったのに、自らを救った悪がこうして潰されることへの、不平を思った。十三歳で組織に入ったのち、そこで二十余年を過ごしたのだから、ケイシーの本分は今や組織の方にあった。

(結局、生き死にすら自分で選べないのか)

「誰にでもチャンスに恵まれない者はない」。いつだか新聞に載っていた、どこかでのカーネギーの言葉に反して、ケイシーは、自分はチャンスになど全く恵まれなかった、と嘆いた。一体いつ、何を選ぶことができたというのか。深いため息をついて、目を閉じた。


 しばらくうつらうつらとしていたところに、肩を揺すぶられて目を覚ます。手錠のかかった手を乱暴に引かれて車を降りると、目の前には見上げんばかりの白い石壁がそびえていた。刑務所である。左手には広い川が見えた。おそらくハドソン川だろう。ニューヨークの市街地から遡ってきたのだ。


「ここがお前の入るノトリアス刑務所だ」

 移送してきた刑吏が言う。

「なんだ、死刑だろ? 入るっつーほど世話にはなんねえよ」

 ケイシーの癖で、追い詰められるほど開き直って強がった。野球をしていれば、きっとマウンド向きの性格だっただろう。

 その言葉を言い終わるや否や、頬に拳が飛んできた。

「誰が口をきいていいと言った。いつまで大物気取りしてやがる」

 ケイシーは、口内に滲んだ血の味を感じながら、手錠さえなければすぐにでもこいつを縊ってやるのに、と苛立った。


 門が開き、所内に引かれる。建物はあるのに、辺りを見回しても人の気配がない。囚人たちは皆独房に押し込められているのだから当然だ。組織の人間には馴染み深い、冷たく無機質な匂いがする。


 ケイシーは、これから自分の死刑がどのように執行されるかを知っていた。罪や死やらには縁のある業界にいたのである。


 まず、罪状に矛盾がないか、冤罪の可能性がないかなどの最終確認のために、数日拘留される。その間の独房での生活の惨めさといったらこの上ない。狭く不潔で、石の冷たい床に寝て、食事はほんのわずか。その様子を思い浮かべながら、テネメントと全く変わりないな、と呆れた。違うことと言えば、独房では音を立ててはいけない、という点くらいか。音に限らず、不必要な動作は看守の警戒対象になる。


 そうしていつか執行の日がやってくると、一人別室に連れられ、電気椅子で焼き殺されるのだ。経過は悲惨である。新聞なんかで報じられる範囲で言えば、肉が焦げてただれ、頭から煙が上がり、黒い影のような死体が残るという。それでも、絞首より効率が良いとされ、当時のアメリカでは一般的な執行方法だった。薬物注射という比較的安楽な方法がまだ開発される以前の時代だ。


 この電気椅子での死刑を考案したのは、電気の魔術師トーマス・エジソンである。電灯をはじめ数々の発明品で人々の生活の向上に貢献した彼だが、その延長にはこうした悲惨な風景もあった。


 細長く独房が並んだ棟に入ると、暗い部屋から好奇の目が向けられた。囚人たちは皆髪が伸びきり、やつれた体を起こして、連れられるケイシーを見つめた。口角が上がるわけでもなく、疲れ切った無表情が並んでいた。


 しかも、広さを鑑みても独房に違いないのに、一部屋に複数人が押し込められていた。これもまた、ベンドのテネメントと同じだ。社会の暗部、すなわち犯罪の多さを示している。


 ケイシーの独房は棟の一番奥にあった。手錠を外され、足蹴にされるように押し込められて、鉄格子を閉ざされる。

「この過密状態だ、すぐにでも執行してやりたいくらいだが、お前はしばらく殺せない。これに着替えろ」

 そう言って看守が投げ込んできたのは、白黒の縞模様の囚人服だった。ともすれば、執行はまだ先らしい。

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