3-8. 小細工
人間はみな月である。
誰にも見せない暗い顔を持っているのだ。
小説家 マーク・トウェイン
それからも試合は、ジャイアンツ優位で進んだ。黒い体が躍動し、熟練の技巧が光る。気迫を見せる彼らのユニフォームは、土に汚れていった。対するメトロポリタンズの方は、徐々に挑発をしている余裕を失い、追い詰められてきた。しかし、凝り固まったプライドが、相手のように必死にプレイすることを阻んだ。まして八百長試合に慣れ切った彼らは、勢いに飲まれていくばかりだった。
三―〇でジャイアンツがリードする四回、三塁側の大歓声と一塁側の怒声の中、ケイシーは逆に冷静だった。きっと、昔の自分だったら無邪気にジャイアンツを応援したことだろう。グラウンド上の自由と平等を信じ、それを体現しようという彼らを、ヒーローだと信じて疑わなかったことだろう。
しかし、十五歳のケイシーは達観していた。物事には全て裏があることを知っていたし、理想と現実の間には越えられない壁があることを実感していた。そうでないなら、ケイシーの一家が離散することはなかったし、自身がこの世界の深い闇に沈むこともなかったのだ。こと野球においても、「どっちが勝つか分からない」という言葉が建前に過ぎないことを、その闇が示そうとしているのだった。
「そろそろ限界じゃないっすか。何か手を打たなきゃ負けますよ」
だから、ケイシー自ら進言した。現実はそう甘くない、と突きつけることを望んでいるかのように、冷たい声で。
「ああ、俺もそう思ってたところだ」
フリンが大きな動作で振り向く。正直、ラフプレイと審判の贔屓判定だけでは、メトロポリタンズの敗北が見えていた。
「そうだな、こういうときは手順が決まってる」
クーニーが企ての算段を立てる。当然のことながら、賭けと八百長を常習的に行っている以上、相手を負かせる手段の先例は豊富にあった。ただし、そのやり方はどれもちまちましていて、手を打つ、と表現するほどのものではないのだが。
「まずはケイシー、相手ベンチに向かえ」
白羽の矢が立ったのはケイシーだった。進言したのは自分だし、下っ端だから当たり前だ。
まず目論むのは、相手ベンチの采配や作戦を盗み聞きし、メトロポリタンズベンチへ伝えることだ。これが成り立てば、一方的に情報を得られるため、有利に試合運びができる。
野球場には必ず、ファウルボールを回収したりバットを拾ったりするような係、すなわちボールボーイがいるが、これに成りすまして相手ベンチの脇で待機する。ボールボーイはその名の通り子供がやることが多かったから、多少屈強だがケイシーが一番怪しまれない。
相手選手と監督の会話を盗み聞きし、その内容をハンドサインでメトロポリタンズベンチへ伝えるのだ。右手を開いていればバント、握っていれば強攻、という具合である。
しかし、それから打順が一回りして、これだけではメトロポリタンズが逆転できるほどの優位を作れない、ということがはっきりした。作戦を盗まれても関係ない、それだけの実力差が浮き彫りになっただけだった。
次に試みるのは、ジャイアンツ選手のバットを、事前に細工をした通常より飛ばないバットに密かに入れ替えることだった。それでも、打球が内野の間を抜ければヒットになってしまう。
更にボールを入れ替え、メトロポリタンズの攻撃の際は飛ぶボールを、反対にジャイアンツの攻撃の際は飛ばないボールを使うように仕組んだ。加えて彼らのグローブに密かに傷をつけた。また、ベンチ裏に油を塗り、ジャイアンツ選手たちを転倒させた。これで二人が捻挫をし、試合から退いた。
こうした小細工の甲斐あって、ジャイアンツの攻勢は止まった。あとは、メトロポリタンズが同点に追いつけば良いのである。しかし、これが難しかった。
七回頃になってケイシーは観客席に移った。既に酒の回った観衆は、試合の興奮と合わせて騒がしくなっていたが、これに乗じるのだ。白人観衆の中に混じって黒人選手を適当に野次り、グラウンドに空瓶を投げ込むと、鬱憤の溜まっていた観衆も自然と乗ってくる。黒人選手に対して大量の瓶やゴミ、食べ物などが投げられると、流石に避けるので怪我こそしないものの、野手が観客席から離れて守ることになる。これでヒットゾーンが広がる。
更に、もはやケイシーが手を引かなくとも、観衆は試合を妨害し始めた。目の前の野手に打球が飛んだタイミングで物を投げ込み失策を誘ったり、ジャイアンツベンチに火炎瓶が投げ込まれたりした。こうしたことが全くないとは言い切れないのが、当時のプロ野球である。ケイシーは、本当の闇はこっちにあるのではないかとさえ感じた。
ここまでしてようやく、メトロポリタンズが二点を取り、三―二となった。
だが、どうしても最後の一点が取れないまま、試合はとうとう、最終回。




