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フェンス・オーバー ―刑務所からの場外ホームラン―  作者: kunikida-evans
第3章 金メッキの裏側

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3-6. 賭け

人間はみな月である。

誰にも見せない暗い顔を持っているのだ。

小説家 マーク・トウェイン

 ボスは、メトロポリタンズと組織が賭けで繋がっている、と言った。その実態は、詳細を聞かずとも察しがつくことだ。すなわち、観客たちに試合の勝敗を賭けさせ、選手を操作して、組織に都合の良い結果になるように仕組むのだ。例えば、賭けが当たれば金額が二倍になって返ってくるが、外れればやはり二倍の金額を組織が回収する、というルールを設定する。メトロポリタンズの勝ちに賭け金が多く集まったなら、わざと負けてもらい、組織は儲かる。逆に、メトロポリタンズの負けが人気なら、彼らには全力で戦ってもらう。首尾よく勝ってくれれば賭け金を回収でき、負けたならそのまま組織の負けであり、このときだけは組織にマイナスが出る。つまり、かなり高い確率で組織が儲かるようになっているのだ。


 加えて、いくつかの試合でメトロポリタンズが勝ち、客にその印象を植え付け、明らかに実力の低いチームと対戦したときに賭けを開くことで、ほとんど全員がメトロポリタンズの勝ちに賭ける状況を作るといった工作をしていた。そうしてメトロポリタンズに負けさせれば、大きな儲けを得られるからだ。


 この時代、手口は様々あれど、野球の試合で犯罪組織が賭けを開くのはもはや常態化していた。それだけならまだしも、確実に儲けが出るように、選手やチーム全体と組んで、いわゆる八百長を行う場合も多かった。ケイシーの組織とメトロポリタンズも、その例に漏れなかった、というだけの話だ。

 普通に運べば、今度の賭けもちゃんと儲かるはずなのだ。


 初めて来て以来三年ほど経ったが、ポロ・グラウンズは少しも変わっていなかった。懐かしさがあるだけに、野球の試合が裏で仕組まれている、という事実にはやりきれなさを覚えたが、これもまた、仕方がないのであった。

あの時くぐったのは一塁側のゲートだった。前と同じく、試合開始直前ということで人が群がっている。しかし今回は、バックネットの方向にある球場内のオフィスが目的地だ。扉をノックすると、取り付けられた小窓から覗かれ、ケイシーだと確認が取れると扉が開いた。流石に警戒度は高い。

「お疲れっす。ボスに言われて来ました」

「おう、ケイシーか」

「今日はちと辛い仕事かもしれんぞ」

 クーニーとフリンがいた。いつものセットといった感じで、もう慣れたものだ。その脇に、チームの関係者らしきユニフォーム姿の人物もいる。三人で金網越しにグラウンドを見つめていたその空間が、グラウンドに立ち込める黒い霧の元凶だった。

「どうしたんすか。なんかいつもと違うんすか」

「ん、お前、何も知らされてないのか。この記事を見ろ」

 クーニーが見せたのは、ボスが渡してきたのと同じものだった。なんだと思って読んでいくにつれ、フリンの眉間の皺の意味が分かった。


 書いてあったことは、こうだ。メトロポリタンズの戦績の不自然さには疑問が浮かぶ。普段は一級のチームなのに、明らかな格下相手に負ける。野球は下剋上が起きやすいスポーツだが、それでは説明できないほどである。何か理由があるに違いない。


 要するに、八百長が露見しかけているのだ。

「なるほど。それで、賭け金の割合はどうなってるんです」

「うちが一、ジャイアンツが九の割合だ。しかも、今までにない総額だぞ。皆、八百長の噂を聞きつけたに違いない」

 普段ならメトロポリタンズが勝つことに賭けている者たちが、わざと負けることを予見し、相手のチームに賭けたのだ。組織にとって、チームにわざと負けさせることはできても、勝たせることは難しい。

「つまり、うちが勝たなきゃ大損、ってわけですね」

「ああ、そうなる」

「でも、勝てば問題ないじゃないですか。相手はもちろん格下なんでしょ」

「まあな」

「だからそれほど心配はしてないが、もしかすると、何か手を打つことになるかもしれん」

 細身のクーニーと大柄のフリンが揃って腕を組む。手を打つ、とはつまり、メトロポリタンズを勝たせるために、ということだ。

「ま、勝ってくれればいいんだよ、あんたたちがさ」

 そう言ってケイシーは、ユニフォーム姿の関係者の肩を叩く。顔から読み取れる年齢からして監督だったらしく、怯えて頷き、そのままダグアウトの方へ向かって行った。


 ケイシーは、金網の先のグラウンドに目をやった。対戦相手はどんな奴らなのか、と気になったのだ。

だがそのとき、三塁側のダグアウトから出てきた選手たちは、ケイシーの想像の範囲には全く存在しない姿をしていた。

「あ……え、黒人……?」

 驚いて声を出した。ケイシーの目が捉えたその選手たちは、白いユニフォームに黒い肌が映えていた。

「ああ、そこもいつもと違うんだ」

「人種間のエキシビションマッチなのさ」

「なるほど……」

 野球においても人種差別が当たり前だった一八八五年当時、白人のチームに黒人が混じることはほとんどなく、白人のチームと黒人のチームが対戦することも稀だった。ただし、メジャーリーグから完全に黒人選手が締め出されるのは、一八九〇年代後半ごろである。それから約五十年間は、黒人のメジャーリーガーは一人もいなかった。それ以前の一八八五年においても白人と黒人が同じグラウンドに立つというのは、極めて珍しかった。メトロポリタンズが所属するリーグ、ナショナル・アソシエーションも、黒人の選手はほとんどいなかった。


 だからこそ、エキシビションとして多くの観衆が集まるのだ。スタンドには、白人と隔離されている黒人を合わせてほぼ満員に近い数が詰めかけていた。賭け金がジャイアンツに偏っているのは、八百長の噂だけが原因でなく、黒人たちが彼らに賭けているのだ。

 

 だが、白人にとっては野球の試合というよりも、これは見世物に近かった。劣等な黒人が野球をするというから観てやろう、といった見方がほとんどだった。

この時代の人種差別の苛烈さは、先ほどケイシーが読んだ記事の隣の枠に載せられていた広告が物語っている。「リンチ団が結成され、来週黒人街に乗り込みリンチをする予定。白人の参加者募集」という内容の告知が、普通の光景として見られたのである。


 そうした人種主義を心に飼っているのは、クーニーやフリンも同じだった。

「万に一つも、奴らが俺たちに勝てるはずはない」

「ああ、心配いらんさ。普通にやってもうちが勝つ」

 余裕の笑みと共に、目にあの蔑みを宿す二人に対し、ケイシーは胸騒ぎを覚えた。

(この試合、何かが起こる)

 黒人選手たちの瞳と肉体が気迫に満ちているのを感じ取って、ケイシーはそう予感した。白人たちがこの試合に賭けているのはたかが金だけだったが、黒人たちは、自身の誇りと尊厳を懸けて望んでいたのだ。

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