3-4. 家族と仕事
人間はみな月である。
誰にも見せない暗い顔を持っているのだ。
小説家 マーク・トウェイン
組織が経営する賭場の裏に、秘密の拠点があった。ニューヨークの建物の密度は極めて高く、建築や都市計画に関する法が未熟であったため、警察や行政が把握していない建物というのが存在した。この拠点も、四方を全て集合住宅と店舗などで囲まれた袋地であり、賭場からしか入れなくなっていた。更に、その賭場は表向きには合法の居酒屋となっており、条件を満たした者だけが隠し扉から案内されるという形式だったから、秘密は厳しく守られていた。
怪物の居室から出て、別室に移る。金があるのが分かる、こぎれいな役所のようだ。
「では、まずは自己紹介をしよう」
ケイシーは、自分を攫ったカラスの男に付くことになった。
「私はクーニー。年は君の少し上、二十になる」
「私はフリンだ。先ほどは手荒な真似をして済まなかったな」
もう一人はケイシーを担いだ大柄の男だ。このときのケイシーは十三歳になっていたが、案外と年が近いことに驚いた。顔を見る限り、とても二十には見えないほどに皺が刻まれている。特に、あごひげを生やしたフリンは、四十代と言っても疑いないくらいだった。さんざん辛酸を舐めてきたのだろう。ケイシーもおそらく、十三には見えない風貌に違いない。
「早速、君に仕事を任せようかな」
クーニーが言った。マフィアというイメージに合わない丁寧さに、ケイシーは吹き出してしまった。
「何もおかしくないさ、俺たちはもう仲間なんだぞ」
「そうそう、命令は絶対だが、家族みたいなものと思っていい」
実際、共に危険を冒す同志なのだから、信用というのは欠かせない。裏切り者が出れば秘密が漏れる。それに、ここの人間は皆、本当の家族など持ち合わせていない者ばかりだから、帰る場所は組織しかないのだった。
「家族、ね……」
ケイシーはその言葉を繰り返した。
「そうだ。では、仕事の話に移ろうか」
告げられた最初の仕事は、盗みだった。もちろん、重要性の低い仕事が任せられたのだ。盗めたらよし、盗めなくとも捕まらずに帰ってくれば問題はない。
ターゲットは宝石店だった。いかにも貧しいという灰まみれのシャツを着替えさせられ、クーニーたちのような一見すると紳士らしいジャケットを着込む。前任者のおさがりで、多少サイズは合わなかった。ケイシーがこんな服を着るのは初めてだ。
「俺が秘密を売るとは思わないのか?」
しゃがんで白いソックスを履きながら、ケイシーが問う。当然の疑問だ。路上生活の子供をいきなり捕まえて、組織の一員にするというのは、リスクがありそうだった。
「思わない。君は私たちと同じだからね」
「……」
またその評価を聞いて、不本意だったが今度は認めざるを得なかった。宝石店に向かう道すがら、監視はなかったのに、誰にもこの犯罪組織の情報を告げられなかったのだ。身内を見殺しにした自分は彼らと同じ穴の狢、という罪の意識も働いたが、それ以上に、秘密を売る相手がいなかった。孤独なケイシーには、信頼できる人物どころか知り合いすらいない。適当な人物に告げても、事実と思ってもらえるかは分からないし、報奨金目当てにその情報を自分の手柄にしてしまうかもしれない。警察に直接言えば報奨金がケイシーのものになるだろうが、それで生活できるというほどの額ではないから、どの道行く当てのない路上生活に戻ることになる。
第一、ケイシーは貧民街で暮らして薄々感じていたが、こういう組織は警察と繋がっていた。金や力で裏から操っているのである。だから、警察に情報を売っても意味がない。
それに、寝る場所、食糧、そしてきちんとした服があるだけで、正直なところありがたかった。生への執着が心や体に残っているのだ。仕事があって、人と関われば、孤独を紛らわすこともできる。
宝石店の目の前に着き、向かいの路地に隠れてどう盗もうかと思案した。身なりは整えたとはいえ、子供が一人でそのような店に入るのは不審がられる。客が出てきたところを狙うのが一番だ。
ふう、とため息をつき、
「……仕方がない」
と呪文を唱えた。罪を犯すことに抵抗はあったが、そうしなくては泥を舐める生活に戻ることになる。
「生きるためだ」
良心というものを置いたケイシーは、貴婦人の背後に迫った。




